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不都合な真実  作者: 豆青
7/8

友人の悩み

五限目が終わった休憩時間に俺はぼんやり外を見ながら、今日の夕飯は何にしようか考えた。

 昨日は無性にオムライスが食べたかった。一日我慢すれば、肉屋の中谷の鶏むね肉が安くなる。それを待っていたのに。思い出される空の卵ポケット。

 プロ野球選手だったという父はどこか抜けているというか、常識知らずなところがある。買い物に行けば美味しそう、お買い得だからと牛肉やメロンなど高級な食材を買おうとする。お買い得はあくまでいつもの値段より安くなっているくらいで、ワンパック千円近くするのだ。そんなものを毎日食べていたら家計は火の車になる。

「卵だって、美味く割れなかったら殻を除ければいいじゃないか。まさか十個全部割れなくて処分したのか」

「卵がなんだって?」

 驚いて黒板の方を見れば友人の中谷剣が居た。近所にある商店街の肉屋の息子だ。大人からはよくヤンチャ坊主と呼ばれていて、小学生のときもよくいたずらをして先生に怒られていた。だが人懐っこく、どこか憎めないやつで友達は多い。先生からも問題児というより少し手のかかる子くらいに思われ、可愛がられていた。

「別に。ただの独り言にツッコミをいれないでくれるか?」

「ごめんごめん。それよりさ、朋彦に頼みがあってきたんだけどさ」

 頼みと聞いて野球の文字が浮かんだ。剣からの頼みにロクなものはない。野球が絡むと特に。

「却下」

「まだ何も言ってないだろ」

「野球のことだって分かる。感じる。だって中間テストはまだ始まってもない」

「確かに野球のことなんだけどさ。話くらい聞いてくれよ」

「聞かない」

「今週の土曜に練習試合があってそれに参加してほしいんだ」

「聞かないって言ってるだろう」

 少し声を張り上げると教室がシンと静まり返り、俺たちに注目が集まった。気まずそうに愛想笑いする俺に、剣は話続ける。

「金曜から二年は修学旅行で居ないんだ。それで困ってるんだ」

「知らない、知らない」

 耳を塞ぐが、剣は話を辞めない。

「うちは二年が主力なんだよ。でも絶対的エースは三年の東條さんで、二年の聖澤さんとバッテリーを組んでるんだ。この東條さんがかなりの曲者で、聖澤さんじゃないと投げないって言ってるんだ」

「練習試合だろ。それにわがままなその先輩も高校試験が近づけばおさらばだ」

「うちもそこそこの強豪だ、プライドってもんがあるんだよ」

「行ってもベストエイト」

「それ先輩の前では絶対言うなよ」

 はいはいと適当に返事をしながら俺は数学の教科書を取り出す。

「東條さんも投げないってことはレギュラーは居なくなる。二軍メンバーばっかりになっちまう」

「だからって野球部でもない俺がパッと出で行っても、メンバーに入れてもらえることなんてないだろう。なんでそんなに俺を誘おうとするんだ?」

「俺は今年のレギュラーなら甲子園に行けると思ってる」

「甲子園は高校だろ」

「…全国に行けると思ってる」

「つまり二年のいない練習試合で結果を残したいと。試合に勝たなくても攻守で活躍すれば問題ない。俺の力も必要ない」

「俺のポジション、キャッチャーなんだよ」

 その一言で全てを悟った。絶対的エースは東條さんで女房役は聖澤さんとバッテリーが決まってしまっている。つまり、ポジションがキャッチャーの剣は実質レギュラーにはなれない。東條さんが聖澤さんのことをバッテリーとして認めているのだから。練習試合でさえ、聖澤さん以外には投げないというのだから相当だろう。

 だから修学旅行に行っている今が唯一のチャンスだと剣は思っている。だが、

「ひとつだけ分からないんだけど、剣がレギュラーになるためにどうして俺も試合に出る必要があるんだ?ピッチャーの経験がないことは知ってるだろう?」

「東條さんが聖澤さんのどこを気に入ってるのか聞いたら、聖澤さんは圧倒的にリードが上手いらしい。そこを東條さんは信頼しているんだって。もし俺が聖澤さんくらいリードが出来たら」

「勉強しろよ。コースだけじゃなく、もっと立体的に捉えて」

「二、三日じゃ無理だ。だから」

 俺を見つめる剣の目がギラリと光った。あの目はしょうもないいたずらを思いついたときにする目だった。

 嫌な予感がする。否、嫌な予感しかしない。

「セカンドに居てサインを送ってほしい」

「はぁ?」

 丁度チャイムが鳴る。クラスの違う剣は、もう俺が試合に出ることが決まっているかのように、よろしくと言って教室を出て行った。

 呆れて物も言えないとはまさにこのことかと実感した。


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