入部届
皿洗いを終え、ダイニングテーブルを見ると中学校からの手紙が置かれていた。一通り目を通していると、はらりとB6サイズの小さな紙が落ちる。見ると、入部届だった。記入欄は空白。しかも届の締め切りは今日だった。
丁度扉が開いて風呂上がりの朋彦が顔を覗かせる。
「お先」
「あー、朋彦。部活のことなんだけど」
自室に向かおうとした朋彦を呼び止めると、明らかに不機嫌な表情を浮かべる。
数秒俺を睨んだ後、ハアとため息を吐いて帰宅部とだけ答える。
「帰宅部?体験入部はしてみたのか?バスケ部とかサッカー部とか、野球部とか」
「僕は父さんみたいにスポーツの才能はないんだよ。野球の面白さだって分かんない」
「運動部である必要はないだろ。この学校部活多いし、ひとつくらい興味がある部活に」
「ない。絵の才能はないし。音楽も音痴で音感もない。家に帰って勉強と家事で精一杯」
「才能の有無じゃなくて。家事は俺がやるから朋彦は中学生らしいことをしていいんだぞ。シングルファーザーだからって無理して自分のやりたいこと我慢する必要ないんだ」
「我慢?」
息を荒くさせながら、眉根を寄せる。怒っていることは一目瞭然だった。
「家事と勉強をするために他に向ける熱量や時間を削ってるだろ?」
「僕は僕の意思で生きてるんだ。部活にはただ興味がないだけ。土日を部活でつぶすくらいなら図書館に行って本を読んだり、雲一つない青空の日に洗濯物を干したり、商店街の人と話す方がずっと楽しいんだ」
怒りのまま朋彦は入部届をひっつかむとビリビリと破ってしまった。鼻息を荒くさせ、口早にいう。
「家事と勉強のために他に向ける熱量を削ってるだって?ちゃんと僕はしたいことの優先順位を決めてる。勉強だって嫌いじゃない。部活よりもずっと好きなことなんだ。熱量を削ってるってまるで…」
言葉が詰まる。母に似た朋彦の大きな目にはみるみる涙が溜まっていく。
俺から顔を隠すように踵を返すと、ダイニングを出て行った。階段をバタバタと上る足音が響く。そして数秒後には家が揺れるほど乱暴に扉を閉める音が響いた。