好物
仕事を終え家に帰ると鍵を開ける息子の背が目に入った。ただいまと声をかけるとびくりと体を震わせ振り返る。声をかけたのが父だと分かるとホッとしたように息を吐いた。
「お帰り、父さん」
「ただいま。朋彦もおかえり」
「ただいま」
朋彦の後について家の中に入る。朋彦の手にはエコバックが持たれていた。踵を擦り合わせるように靴を脱ぎ、ダイニングキッチンに入っていく。そしてすぐ出てきたかと思えば手を洗いに洗面所に行く。忙しない息子を追うように俺も洗面所へ入った。
「夕飯、父さんも手伝うよ」
「いいよ、ただでさえキッチン狭いのに。でかい父さんがいたら邪魔」
「ひどいな」
「だってそうじゃん。久しぶりに早く帰って来られたんだから今日くらいゆっくりしたら」
「お母さんみたいだな」
「これは建前。本音は、父さんは料理も出来ないし段取りも悪いから、一人で作ったほうが早い」
「もっとひどいな」
「だから本音を言わなかった」
バタバタ足音をたてて朋彦は二階の自室に向かった。
手を洗うと仏壇のある居間に向かった。遺影には微笑む妻、朋記が写っている。
今日は朋記の月命日だ。彼女のためにと職場近くの果物屋で片言の日本語を話すインド人から勧められるまま購入したものだ。
「本当は朋記の好きだったお菓子を供えたかったけど」
けど、故郷に帰る勇気がどうしてもつかない。もし、もしもあの人が居たら。
「ブドウ、この時期のやつ高いんだよ。もっと安くて美味しいのあるじゃん」
エコバック片手に朋彦が入ってくる。自室に入ったはずなのに制服姿のままだ。
「イマ、ブドゥヤスイヨ。ヨソ、タカイヨ。ウチ、オカイドク」
「その人高校近くの果物屋のインド人でしょ。商店街で買いなよ」
「よく知ってるなぁ」
「古本屋の郡山さん。あの人が教えてくれたんだよ。春川さんとこの八百屋も安くて美味くていいけど、贈り物するなら高校近くの果物屋だって」
エコバックから豆大福を出した。商店街の和菓子屋さんのものだ。仏壇に四個供える。
「俺、好きなんだよね。これ」
誰にいうわけでもなく朋彦が呟く。
妻の好きなものを供える俺と、自分が好きなものを供える朋彦。「正反対ね」と笑朋記の顔が浮かんだ。