青柳文彦
文彦
「青柳さん、この郵便物お願いします」
両親の死から十六年。俺は今、私立高校の事務員として働いていた。
家族は子が一人。妻はガンで亡くなった。シングルファーザーとして慎ましく生活している。
これが世間一般でいう普通の生活。現役時代ほど豪遊したり、高級車を乗り回したりできないけれど、楽しい生活を送っている。
「分かりました」
教師から封筒を受け取ると、廊下を生徒が通りかかった。生徒の名前はよく知らない。彼は俺と教師を見ると青柳さんと手を振ってくれた。
「なんで俺の名前を」
思わず顔を隠すようにうつむく。封筒に視線を落とすようにわざと。
「この前、弁当くれたじゃん。だから覚えてるんだよ。あいがとう」
数日前、お腹をグーグー鳴らしながらひたすら水道水を飲んでいる生徒の姿を思い出した。お弁当も家に忘れ小遣いも使いきったというので、お弁当をあげたのだ。
「ああ、あの時の。とんでもない」
「奥さんの作ったやつ?」
男子生徒がからかうように言う。事情をしる教師がその生徒をたしなめるが、俺は構わず続ける。
「作ったのは息子だよ、妻はいない」
「でもその指輪…」
「リコンじゃない、死別だよ」
「シベツ?」
外国語でも聞いたという反応で首を傾げる。
「また作ったら食べるかい?」
男子生徒は嬉しそうに笑うと大きく頷いた。
また。と左右に振る手にはマメが出来ていて、野球をしているのだと察した。