青葉大樹の物語 1-1
「拝啓、18歳の僕へ」
遺書の表紙には0.5ミリのボールペンいまにも消えそうな薄さで書き記されていた。
母は視界が滲みながら、一枚、紙を震えている右手でめくった。
「僕は、とても幸せ者です。いままでもこれからもこの刹那も、いろいろな人に巡り合え、いろいろな思い出を育み、後悔のない人生できた。この手紙が見つかってしまう時にはもうこの世にはいません。母や父を現世に残して旅立ってしまうことはダメなことなのですがどうかお許し下さい、神様。」
母は読んでいる途中で膝をつき、この世の終わりとでも思わせる程の声で号泣をしてしまった。それを見た父が優しく赤ん坊を泣きやますようにブランケットを肩から掛け、背中を摩ってあげる。夜は永遠とも思えるぐらいに続き、月は雲に顔を隠し、息子のカタストロフィに同情しているようにも感じていた。
青葉大樹は、父ー青葉弘と母ー青葉直子との間に生まれた直樹の三年後にこの世に誕生した。大樹は直樹より四百グラム大きく、乳離も直樹よりも十五日も早かった。父と母はこの子はきっと元気で健やかに育つと二人で微笑みながら思案をしていた。
大樹が四歳になりかけた頃だった、兄と二段ベッドの下段でうとうとしかけていた時、ふと、頭にドカーンと稲妻が走ったような頭痛が響き渡った。恐くなり辺りを見渡すが何も起こっておらず、兄ー直樹の大きな怪獣のような鼾が部屋の音を支配していた。先程の頭痛は何事だったが思い出せない。それどころかあの脳内に響き渡った痛みが思い出せなくなっていた。大樹は自分自身が怖くなり、ふたたび毛布を頭まで被り深く呼吸を整えていた。このまま安眠出来るように願いながら目をゆっくりと瞑る。
次に目を開けると、目の前には、結婚祝いに高校の同級生から貰ったと言っていたエプロンを着た母が立っていた。大樹はまだ夢と現実の境目がわからず、二回程目を擦り霞んでいた母を再度見つめて、
「おはよう」
と一言。
母はこちらを見ながらにこりと頬を緩ませながら、「おはよう、いい夢は見れたかな」
と大樹に質問した。
大樹は昨日あった、あの不可解な現象が母にも起こっていると思い、
「昨日ね、ドカーンって音が夜に聞こえたんだけどお母さんも聞こえた」
と質問に質問というすこしおかしな会話をした。
すると母が首を傾げながら
「え、聞こえなかったかな、お母さんが聞こえなかったからもしかしたら夢かもね」
だけど大樹は納得がいかなかった。なぜなら夢だとしたらあんなに鮮明に記憶が残っているはずがないからだ。母が僕のことを不思議そうに見ているので念を押すように
「本当に聞こえたんだって!」
すると母がいきなり大声で言った僕に咆驚仰天し、一つ深呼吸をつき僕に問いかける、
「何時頃にその音がしたの」
大樹は昨日の記憶を蘇らせようと頭をフル回転させて想起する。
「えっとね、確か二時くらいだっかな」
と曖昧な口調で喋ると、母が少し頭を抱えながら、
「その時間は何も聞こえなかったけどなあ」
大樹は落胆しつつ、
「そんなあ」
と一言。
「たぶん、夢だよ、さっご飯だから下に降りてきて皆んな大樹の事待ってるんだから。今日のご飯は、大樹の大好物の卵焼きだよ」
「やった、卵焼きだあ」
と言い、さっきまであれだけ悩んでいたことを後でいいやと放り投げて二段ベッドから勢いよく飛び出した。