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9 完全勝利タクティクス初級編7

 復讐という名の賽は投げられました。

 そして三日が過ぎた正午。

 


 今まで泣くために使っていたトイレの個室は、作戦会議室へと様変わりしていました。

 ティッシュ配りの日以来、田中さん親身に相談に乗ってくれます。

 そして彼の合理的な発想に、いつも助けられています。

 鍵をかけ、スマホを取り出すと、LINEで田中さんへ状況を送ります。


 一新させた企画資料も添付をしました。

 


 クライアントは全国にFC展開をしている学習塾。

 店舗数は62。

 対する弊社の武器は、事務用品を中心とするOA機器及び関連のソフトウェア。

 仕入れて売る単純業務。つまりは御用聞きの便利屋。

 ライバルは有象無象といます。

 ちょっとネットで調べれば似たような商品はいくらでもあるのです。

 勝つには、それ相応の提案力が必要になってくると思います。

 私が30分くらいで仕上げた資料では、門前払いになって当然です。

 

  

 すぐに返信が来ました。


『なるほど。状況はよく分かったよ。ちょっと気になることがあるんだけど、今、電話できる?』


『ここだと聞かれる恐れがありますので移動します。5分後にこちらから電話をします』


『OK』



 屋上に行くと、スマホを取り出しました。



「もしもし、田中さん?」

「君のパワポ資料を見てもらったよ」


「ど、どうですか?」


「面白いと思うよ。

 良い着眼点だ。

 直接売り込むのではなく、ぶら下がっているFCに向けての商材を、助成金を活用しての提案。使用する助成金も働き方改革関連のものだから、今は旬だし、無視したくない情報ではある。つまるところ、客はノーリスクで武器と情報を手に入れることができる。悪い話ではないから、普通なら乗ってくるだろう」



 三日徹夜してひねり出した傑作ではあるのですが、もちろん不安もありました。

 田中さんに褒めて貰えて、自信が出てきました。



「助成金や働き方改革という台を使って、商材を手に取りやすい高さにちゃんと置けている。

 客にとってメリットも十分だ。

 いい線はいくだろう。

相手が普通なら。

 俺の直感で悪いが、この商談は失敗に終わる」

 

「え?? 何がいけないんですか? すぐ直します」


「待てよ。話は最後まで聞け。いくら直しても結果は同じだ。直せば直すほど、あんたのダメージがでかくなるだけだ」


「まったく分かりません。何が駄目だとおっしゃっているのですか? どうして通らないのですか?」


「この企画書が完璧だからだよ」

「完璧なのに、どうして?」


「これはあくまで俺の直感だ。だけど経験上、典型的なパターンになっているようなことだから、5割強は当たっていると思う」


「教えてください!」


「まず、あんたの部長。彼は紛れもなく優秀だ」


「そ、そんなことはありません。あの人はダメ人間です」


「あんたの気持ちは知っている。だからそのように見えていることも理解できる。だが冷静になって考えてみろよ。あんたの会社は社員15人の商社。その会社に利益をもたらしている営業のリーダーが彼なんだろ? そして60店舗のFCを持つ企業に入り込めた。水準以上の能力がなければ、この役目は務まらない」


「……で、ですが人間的には……」


「奴を倒すんだろ? それも完膚なきまでに」

「そのつもりです……」


 圧倒的に叩き潰す。

 その尺度については、田中さんに伝え、共有してもらっています。

 労働基準監督署に相談すれば、それなりの結果がでると思います。完全にブラックですし。弁護士を通じて裁判という流れで、法的な裁きが下されるでしょうけど、結局雀の涙程度の金銭と注意勧告程度です。それに至るまで膨大な時間がかかるでしょうし、私の復讐はそんな次元ではないわ。

 

 

 圧倒的破滅、再起不能な痛みを奴らにくれてやること。

 それこそ完全勝利。

 それが望み。

 故に今は牙を隠している。



 冷静になれ。私……

 


「確かに田中さんのおっしゃる通り、部長には営業力があります」


 私の声は震えていたと思います。

 田中さんはひとつ間を置いて、話を続けました。


「君が作った最初の提案書も見させて貰ったよ。悪くはないと思う。話がうまい人がやりくりすれば、即決まではいかなくとも会議のテーブルくらいには乗ったんじゃないかな? それが惨敗だったんだろ?」


「……はい」


「これを成約に持っていくには、君だけの力では難しいと思う。他の社員の協力が必要になってくるだろう。そのためにまず部長に力を貸してもらう必要がある」


「部長に協力をお願いしろと?? 無理に決まっています」


「どうして?」


「あの人が私なんかに協力するハズがありません」


「そう思っているのは君だよね?」


「部長も思っていますよ。あの時は場の空気に押され、首を縦に振りましたが、次はないと思います。部長はあの後、私が失敗するのを楽しみにしていると捨て台詞を吐いて部屋を出たくらいですから」


「君は俺を信用しているよね? それはどうして?」


 え?

 そ、それは……田中さんは、私を認めてくださったから……

 頑張ったら褒めてくれるから、うれしくて……



「人には承認欲求という本能がある。好き勝手、やりたい放題振舞っている人間なら――言い換えれば本能のまま動いている人間なら、一層それが強い」


「承認欲求をくすぐれ……つまり、部長を手玉に取れと? そうおっしゃっているのですか?」


「啖呵を切られた相手に認められたら、どんな奴でもドキッとするもんだぜ。落とすだけ落として、ちょっと上げる。悪女が男をたぶらかすときに良く使う手だ」



 部長を認める……

 例え形式だけであろうと、私にはそこまでの度量は……。


「だってあんた、そいつを血祭りにあげるんだろ?」



 感情を殺せ。

 そう言いたいのね。

 確かにそう。

 ……そうだったわ……。

 私はこれから奴らを八つ裂きにしなければならない。

 その為には、血反吐を吐いても前進する覚悟だった。



 ……分かったわ、田中さん。

 だからスマホ越しに、静かに頷いた。

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