6 完全勝利タクティクス初級編4
烈火のごとく捲し立ててくる萩原部長を目の前にして、これほど余裕でいられるのも修行の賜物だと思います。
修行当日。
それは今から4日前夕暮れの話です。
伊藤さんの言葉でやる気にはなりましたが、まったくうまくいきませんでした。
元気よく声をかけても、誰一人ティッシュを受け取ってくれないのです。
時間は刻々と過ぎていくのです。
1分、1分が本気な私にとって、それは常時過酷な試練以外の何物でもなかったのです。
半べそをかいていたような気もします。
それでも「お願いします!」と大声で呼び止めようとしました。
みんな迷惑そうな顔をしています。
時折、私を哀れに思ってか、手を差し伸べてくれる人もいました。
「ありがとうございます!」とにっこり笑って渡します。
ティッシュの表面を見て、顔をしかめる人も少なくなかったです。
まぁキャバクラの案内が書かれているのですから、用がない方にしてみたら受け取りたくないと思います。広告を抜いて使えばそれなりに活用法もありそうですが、そんなことも言えず。そもそもこんなことをしていてもお店にとって逆効果ではないのかなと思うようになってきました。
上手くいっていない人ほど言い訳をよくするというWebサイトを見たことがあります。
それって、きっと私のことなんだろうなと薄々感じながらも、できない理由が次から次へと沸き起こってきます。
だって。
段ボールの中身は、ほぼMAX状態。
それこそ3時間以上かけて、この有様。
向かいの交差点を見ると、もうあの子はいなくなっています。
田中さんなんて、始まって30分程度ですべてやっつけたみたいで、空の段ボールをもってどこかに行かれました。
自分だけうまくいっていない。
形振り構わず必死に頑張っているというのに何でよ!
ちくしょー。
そりゃ、私は可愛くないし、暗いし、初めてだし……、それに、こんなの私の仕事じゃない!
脳内劇場では。
胸に『出来ない理由』というネームプレートをつけた私で大盛況。
それでも劇場内に、胸に『出来ない理由』というネームプレートをつけた新たな私がどんどん入ってきています。遂には座席がなくなり、立ち見席からオリジナルの私に向かってヤジを飛ばしています。
こんなことをして、何の意味があるんだよ?
こんなに頑張っても、うまくいかないかもしれないよ?
それでもいいの?
だから、もうやめようよ。
こんなのやっても意味ないし。
できない理由なんていくら考えても無駄って分かっているのに、何故だかできない理由がでしゃばってくるのです。
遅くなれば客足が少なくなり、それだけ不利になってきます。
なのに。
もう何時間やっているのか分からなくなりました。
賑やかだった繁華街も、終わりの時を迎えようしています。
明かりがポツリポツリと消え、人足が少なくなってきました。
その時です。
私の鼻梁には、何かがポツリと落ちてきました。
どうやら雨のようです。
とうとう、天までが私の邪魔を始めたのです。
同時に、溜まりに溜まった言い訳達が、まるで堤防が切れた川のごとく物凄い勢いで脳内に氾濫してきます。
こんなことをやっても無駄だ!
お前には向いていないんだよ!
そもそも、これをやる意味ってなに!?
所詮、伊藤に言われてやっているだけなんだろ?
伊藤って奴、本当に信用できるのかよ!?
「うるさい!」
なにがうるさいだ!
バカか!
お前は伊藤に騙されたんだ。
なんでこんなことをしている?
お前には才能のかけらもないんだ。だから、もうやめとめよ!
部長や社長、社のみんなにバカにされているのは、お前が本当にバカだからさ。
まだ分からないの? お前はマジで無能なんだよ!
バーカ。クズ!
「うるさい! うるさい! 黙れ! 言うな! 私は変わるって決めたんだ!」
私の中で何かが弾け、とうとう耐え切れなくなり、手に持っていたティッシュを道端に投げ捨ててしましました。
完全に泣きが入っていました。
「おいおい、どした?」
誰かが声をかけてきました。
それは、きっと通りすがりの親切な人なのでしょう。
傍から見たら、私は危ない人だと思います。
「おい、大丈夫か?」
親切な人。ごめんなさい。涙であなたの顔が見えません。
あなたは私の事情なんて知らないだろうけど、でも、わたし……
「……だって……私、こんなこと、するつもりなんてなかったんだよ……、でも頑張ったら良くなれるかなって……、だけど……こんなに頑張っているのにひとつもうまくいかない!」
「そっか、悪いことをしちまったな……」
え?
目を擦ってよく見ると、それは田中さんでした。
私を怒るでもなく笑うでもなく、真剣な顔つきでマジマジと見つめているのです。
「……す、すいません。私……」
「よく頑張ったな」
「頑張るも何も、ほとんど終わっていませんよ?」
「いやいや、すまん、すまん。実は俺、あんたを経験者だと思っていたんだ。昨日、あんたの彼氏から電話があった時、初めてだったらやり方を教えようかと言ったら、大丈夫みてぇな返事だったから、いきなり現場に出してしまったんだ……。その方が効率がいいし、その分たくさん給与も払えるしな」
い、伊藤さん……
「てか、あんたは才能があるぜ、マジで!!」
「才能もなにも、全然減っていないんですよ。頑張っているのに、ほとんど受け取ってくれません」
「まぁ、この仕事、単純そうに見えて、結構コツがあるからな。俺が言った才能ってのは、うまくいかないのに逃げなかったってことだ。この業界は、嫌になったら連絡もせず勝手に帰る奴もたくさんいるんだぜ? そしてLINEで、もう辞めます、そこまでの給与を振り込んでくださいといった一方的な連絡をよこしやがる。信じられるか? せめて電話くらいしてこいってんだ!」
「さすがにそれは、社会人としてどうかと」
「そう! それが分かるってのが、大きな才能だ」
唖然と目をぱちくりさせていた私に、田中さんは鼻の下をこすって話を続けた。
「どんなに嫌になっても絶対に逃げない奴は偉ぇ! 頑張っていれば、いつか成功する。逃げる奴に、明日なんて来ない。だからあんたには才能がある。長時間無視され続けてもへこたれないなんて、たいしたものだ。あんたは普段、何をしている人なの?」
「しがないOLです」
「そうか。しがないOLの足立さん、ちょっくら俺がコツを教えてやるよ」