目覚め
お前は本当にダメな奴だな。お前なんかがいるからうまくいかないんだ。頭の中で怒鳴る声が響いている。蒼空は毎日この声を聴いていた。時に自分に向け言われ、時には周りにいる人に...そして母さんは出て行った。まだ幼い蒼空は黙って父親についていくしかなかった。それかというもの感情を殺し、自分を捨て、愛を
失い、今を生きている。
「力になれそうなら力を貸すから」
海音に言われたその言葉が今も頭の中でこだまする。何年も感じる事のなかった、優しさ。それに触れた時久しぶりに涙がこぼれた。そんな優しさを思い出させてくれた海音を傷つけたくない傷つけてはいけない。しかし蒼空には父親の言うことを聞くことしかできない。ウイルスコードに縛られている以上、海音に触れることはできない...
何かが頬を伝うのが分かった。あの時と同じ感覚がする。久しぶりに触れた優しさに触れたあの時と同じだ。
俺は今、泣いている...
「ここは...」
目を開けるとそこはベットの上だった。窓から月が見える。どうやら夜らしい。ひどく体痛い、まぶた以外は全く動こうとはしない。最後の記憶を思い返してい見る。確か、海音と戦っていて...闇の大魔法、ハクアをくらい、倒れた。そこでぷっつりと記憶が途切れている。
「あぁ!よかった...目が覚めたんだね!!」
「君は...」
部屋が暗いせいか顔がよく見えない。しかしその声に聞き覚えがあった。初めて会った時も優しさをくれた時も、必ずこの声がした。
「俺の名前、覚えてくれてる?」
「海音...」
「覚えてて...くれたんだ!」
蒼空は近づいてきた海音に抱きついていた。さっきまで一切動かなかった体が考えるより先に動いていてどうやってベットから出たかなんて覚えていない。気づいた時には海音の胸の中で幼い子供の様に声をあげて泣いていた。
「忘れることなんててできなかった...初めて俺に...声をかけてくれた。優しさをくれた...そんな海音を傷つけた...本当にごめんなさい...」
「わわッ、どうしたの急に?大丈夫だよ?そんなこと全然気にしてないから」
「謝っても謝りきれない...」
「感動の再会かな?まあとにかくいいところを邪魔して悪いけど、蒼空君ちょっと来てくれるかな?」
涙が乾かないうちに二人を離したのはアギトだった。アギトが蒼空を呼ぶ理由は分かっていた。理由はどうあれ蒼空は犯罪者組織の一員だったことに変わりはない。裏切りや組織のスパイかどうかの取り調べ、その他身体的調査など行うべきことは山のようにあった。
「アギトさん...僕も同行していいですか?」
「あぁ、大丈夫だよ。蒼空君も君がいれば安心するだろうしね」
「ありがとうございます」
「じゃあ行こうか」
海音と蒼空が最初に連れていかれたのは身体的異常がないかを確認するための部屋いわばレントゲン室だ。蒼空にはウイルスコード、つまり身体的支配の魔法がかけられていたため、ほかの魔法もかけれている可能性が高かった。服を脱ぎドーナツ型の機械の前に立つと一瞬だけ視界がオレンジ色に変わった。視界がオレンジから元の色に戻るとだいたいの検査は終わっている。これも魔法の力を使っているからだそうだ。
「う~ん、特に異常はないけど...魔法以外で何か支配的や改造的なことをされたことは?」
「記憶があるうちは特にないですけど...」
「そっか...じゃあ大丈夫かな」
「そうですか。ありがとうございました」
「次は取り調べだって、海音君は別室で待機ね」
取り調べといってもそう大きなものではない。しかし蒼空の言葉はどれも犯罪者組織につながる重要な証言になるため、嘘をつけばかなり重い罪になる可能性が高い。それに機密情報もあるため協会の中でも重役しか部屋に入ることはできない。
「お待たせ~。終わったよ」
「蒼空。大丈夫?」
「そんな心配されちゃ僕が悪いことをしたみたいになるじゃないか」
「大丈夫だよ。海音...」
「いろいろいっぺんにやったかあら疲れたみたいだね。今日はゆっくり休むといいよ」
確かに蒼空の顔からは疲れ切った様子がうかがえた。しかしここの部屋を借りて休むのは蒼空からしたら不安でしかないはずだ。いわば敵地でしかもまるごしで眠りにつくなんてできるはずがない。
「アギトさん、蒼空を家に連れて行ってもいいですか?それか僕が蒼空と一緒にいるとか」
「え?いやぁ連れて行くのはまずいけど...ここで一緒に過ごすくらいはいいんじゃないかな?」
「ほんとですか?」
「あぁ、でも彼は一様事件の重要参考人だから監視はつくよ」
監視がつくのは当然のことだから予想がついていた。監視がいたって関係ない。今はようやく許された蒼空と過ごすという時間を一秒でも長く過ごしたい。何も知らないから何でも知っているに一日も早くなりたい。ただそれだけだった。
「本当によかったんですか?」
「海音君たちのことかい?あぁいいんだよ」
「珍しいですね。局長が総局の目を欺くなんて」
「彼らは何か強い運命で結ばれている。そんなの羨ましいことじゃないか」
「変な人」