助けてくれた人
誰かがそばにいる。そんな夜を過ごしたのは初めてかもしれない。最初の記憶から今日まで誰かと同じ部屋で寝たことなんてなかった。記憶がある中で母親がいた記憶はない。かといって父親がそばにいてくれたかというとそうでもない。暗い部屋でただ一人涙をこらえて布団に入っていた。何をするにももずっと一人だった。
「蒼空?起きてる?」
「うん...」
「今更だけどさ。蒼空の上の名前なんて言うの?ネオン...じゃないよね?」
「うん。グロリアスではない...俺生まれたばかりのころ教会に預けられて...だから、その...苗字知らないんだ...」
「あぁ...そうだったんだ...なんかごめん」
蒼空について知っていることなんて名前ぐらいしかなかったから話してくれてうれしかった反面、触れてはいけないところに触れてしまった気がして複雑な気持ちになった。
「ううん。海音の苗字は?」
「俺は白波」
「白波...珍しい苗字だね」
「そうかな?まぁ同じ苗字の人に会ったことはないけど...」
「それ、十分珍しいよ」
布団の中で二人は笑いあっていた。今思えば、蒼空の笑った顔を見るのは初めてだったかもしれない。いつまで続くかわからないこの状態をずっと、出来ることなら永遠に味わっていたい。そう海音は思っていた。それは蒼空も同じだったかもしれない。
「蒼空はこれからどうしたいの?」
「俺は...普通の生活がしたい...学校に行って、友達を作って...変かな?」
「全然変じゃないよ!その普通に、俺はいてもいいのかな?」
「え?なんでそんなこと?」
「だって、俺が蒼空と出会ってしまったことで、蒼空の人生を狂わせてしまったのかもしれないし...」
海音がずっと気にしていたことだった。蒼空は海音と出会ったことにより、父親に見捨てられてしまうことになった。海音と出会わなければ、形はどうあれ親子で過ごすことができた。親子を割いてしまったことにかなりの罪悪感が海音の心の中にはあった。
「そんなことない!あの人の支配から逃れたかったのは事実だし、それに海音と会ったから...買われると思った。自分から何かできるんじゃないかと思った。俺を救ってくれたのは海音なんだよ?」
「そこまで言われると、照れるよ...」
「まぎれもない事実だよ」
蒼空からすれば海音は家族にも等しい人物なのだろう。まだ話すようになってから数時間しかたっていないのに、まるで兄弟の様に色々打ち明けて行った。
「蒼空は何が好きなの?」
「こうやって、誰かと一緒に話したり、笑ったりしているときが一番好き。海音は?」
「俺は初めてを知ったときとか、やったときとか、知らなかったことを知るのが好きかな」
どうでもいい話や、互いを知り合えるような話、短い時間だったが海音たちからしたらかけがえのないとても、とても大切な時間だった。
「明日は学校?」
「あぁ...そうだ、もう寝なきゃ...だね」
「大丈夫、明日も明後日も俺は海音のそばにいるから」
「なんだよれ...そんなのわかってるし...」
こらえていた涙が堤防を越えて流れ出した。悲しくて流れてきた涙ではない、初めて蒼空にあったあの日、宵闇の書を託されたあの日。たまたまかもしれないけど俺は蒼空と出会った。その時から、心のどこかにずっと引っかかっていた悲しい目。そんな目をしていた蒼空が、今、自分の横で笑っている。昔助けられなった親友がいた。蒼空の様に悲しい目をしていた。助けを求めていた、でも助けることはおろか手を伸ばすことすらできなかった。だから、次誰かが自分にSOSを出してきたなら必ず救ってあげたい、助けたい、手を伸ばしたい。ずっとそう思っていた。
「(形は違くても、俺は役に立てたかな?宗次)」
「もう寝ようか海音」
「そうだな、おやすみ。蒼空」
「どうしますか?ネオン様」
「なに、焦ることではない。我々は与えられた仕事を遂行するまでだ」
「しかし蒼空を失ったいま...」
「代わりは居る」
グロリアス・ネオン。魔道書ハンターとして一世を風靡したのはまだ遠くない過去の話、しかし今は雇われで仕事を行っている。噂によれば犯罪者組織を結成し、そのリーダーとしても活動しているとか。とにかくグロリアス・ネオンは世界指名手配犯として魔導士協会に追われている。
「しかし、あの人も良くわからないことをする方だ。いったい何が目的なんだか」
「そのあの方とはいったい何者なのですか?」
「君に話す必要はないよ。ベル君」
グロリアス・ネオンを陰で操る謎の男の正体、その正体を知るものはネオンのほかに誰もいない。ネオンも誰にも話そうとしないため、知るすべがない。これがのちに仇となることを知るものは誰もいない。
「次の依頼だ。魔導士協会地球支部を攻撃し、宵闇の書を回収しろ」
「報酬は?」
「囚われの身なった蒼空の解放だ」
「引き受けた」
 




