ガラスの剣は美しく
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不幸――闇夜に響く義眼を付けた司祭の男その言葉は、強気な態度で悪態を吐いていたマリアの心を一瞬で凍らせ恐怖で縛った。
だが、逆にその言葉を聞き、動き出した者がいた。
銀髪の髪に紫苑色の瞳を微かに剣呑に光らせ、呑んだくれていた青年は酒が入ったグラスを手にしながら、その片手をカウンターに置き、丸いスツールに座っている身体ごと後ろに向ける。
そして、実に楽し気に義眼を付けた司祭の男の方へ顔を向け――嗤う。
「アンタ童貞だろ? 女の口説き方がなってないぜ? 確かハデスの司祭は女を抱いちゃいけない訳じゃなかったハズだから、司祭の立場を言い訳にもできない童貞司祭様か?」
青年の軽口にチェンバロを弾いていた幼女が不器用にクスリと笑う。
「そこの青年よ、ハデス様の罰が下らないうちに口を閉じなさい!」
「おおっと。当たっちまったみたいだな。それに気にしてることを言っちまったか? そいつは悪かったな?」
悪魔に囲まれたこの状態を、余裕の笑みを浮かべながら酒を楽しむ青年に向かい、一匹のアンクーが飛び掛かる。
青年は顔を少し横に向けることで大鎌の刃を躱すと、カウンターテーブルに大鎌の切っ先が突き刺さった。
それを見て、ふん、と鼻で笑うと青年はアンクーの顔――髑髏を、酒を持っていない左手で鷲掴みにした。
「別に童貞が男の価値を下げる訳じゃないさ」
アンクーの髑髏からミシミシと音がする。
「いい男と女に童貞も処女も関係ねぇ」
青年は余裕の笑みでアンクーの鷲掴みにしている指に、更に力をいれる。
その状況に鷲掴みにされているアンクーは、青い炎の瞳を怯えている様に揺らす。
「いい女は不幸を呼ぶぜ? そして、それも女の魅力の一つなのさ。アンタはそれを理解していない。だから童貞だわ、男の価値ってヤツも下がっちまってるのさ。わかるかい?」
グシャっとアンクーの髑髏が砕け散った。青年の余裕の笑みは不敵に変わる。
カインの言葉にマリアは驚きの表情をし、酒ではない暑さに頬を少し上気させた。
「何を意味のわからぬことを! アンクーども行け! あの銀髪の男を殺せ!」
「キース。俺にもニーズヘッグを」
「只今注ぎ終わりました。カイン様」
キースと呼ばれた酒場のマスターが、銀髪紫苑色の瞳をした青年の名を呼ぶ。
「シャロン。今から蹂躙の時間だ。奴等に鎮魂歌を」
カインは酒を片手に椅子から立ち上がると、チェンバロを弾いていた幼女に向かって曲をリクエストする。
「かしこまりました。ご主人様」
この状況に動じず、シャロンと呼ばれた幼女は鍵盤を弾き始めた。
チェンバロの切ない旋律が店内に響く中、カインの懐に潜り込み、横に大鎌を振り払おうとするアンクーの大鎌をカインは人差し指で止める。
「ここの刃の部分に指一本切り裂ける力ものっていない」
言いながらカインは大鎌を止めたアンクーの下顎を横から大きく上段に蹴る。
カインは蹴りで下顎を粉砕したアンクーの大鎌を奪う。
次の瞬間、別のアンクー二体が、左右から大鎌をカインに振り下ろそうとしていた。
カインはその二匹のアンクーに、奪った大鎌を身体に巻き付ける様に回転させ、横向きになった大鎌の長い柄を器用に背中側を通しながら回す。
遠心力がのった大鎌の刃に、頸椎を断つ鈍い感触がカインに伝わると左右のアンクーの首が刎ね上がる。
そして回転しきった所で身体を止め、下顎を無くし、正面に立っていたアンクーを上から大鎌を振り下ろす。
アンクーの大鎌は刃の質が良くない為か、骨がバキバキバキと鈍い音を立てながらアンクーの身体が縦に裂ける。
更にカインは先程刎ねて宙に舞っている二匹のアンクーの髑髏の一つを、ワインレッドの革のコートを舞わせながら、右足の甲で横蹴りした。
そして、その蹴った方向に逆らわない様、左足の踵で残った二つ目の髑髏を回し蹴りする。
二つの髑髏は後ろに控えていたアンクー二匹の顔に見事命中し、髑髏同士がぶつかった衝撃で顔が砕け散った。
そんな激しい動作をしても、手にしたグラスに注がれた酒を一滴も零さなかったカインは、その酒を一気に煽ると、空になったグラスを後ろにいるキースに投げ渡す。
実に楽しそうに笑みを浮かべ、カインの紫苑色の両目は蝋燭の火の灯りで無垢な子供の様に光っていた。
「貴方は本当に人間ですか?」
「あぁ、人間だが?」
静にカインに問いかける義眼を付けた司祭の男に、カインが大仰に両手を広げ不敵な笑みで答える。
「ふっ、人間ごときがツェペシュ様の邪魔をしているとは恐れ多いことです。それに貴方は何を守っているのか理解しているのですか? そのハイエルフの女はバンパイアの花嫁の刻印を押されているのですよ? 貴方は知らないかもしれませんが、その女に近づけばさ」
「災厄が降りかかるんだろ?」
義眼を付けた司祭の男の言葉を最後まで言わせずに、その先を口にしたカイン。
義眼を付けた司祭の男も、マリアも驚きに目を見開く。
そしてカインは肩を竦め、軽い調子で続きを喋り出す。
「隣国の公爵ヴラド=ツェペシュは、悪魔と取引をし人間からヴァンパイアになった。そしてヴァンパイアは自分の花嫁を娶り、花嫁の血を吸うことで更に力が増す」
カウンターに立て掛けてあった剣を鞘から抜き放つ。柄を握る右手に剥き出しの愛剣の刀身の重みを感じ、血が滾り始める。
だが抜き放たれた剣を見て義眼を付けた司祭の男の方は眉を寄せた。眉を寄せた理由は簡単だった。抜き放たれた剣の刃が透明なガラスで出来ている様に見えるからだ。
あれでは戦闘に使うには脆すぎると義眼を付けた司祭の男は思った。
が、マリアの方は、あれが噂のガラスの剣かと思考する。
「その花嫁の育て方が、これまた悪趣味極まりない。ヴァンパイアの花嫁を生む刻印の儀式をしたヴラドは、自身の花嫁の証が胸に刻まれている女を探し、熟すまで見守る。」
カインはガラスの剣を片手にカウンターテーブルにキースが用意していた、お代わりの酒を手に取り一気に煽る。
「ヴァンパイアの花嫁の刻印は呪印だ。一番の特徴は災厄を呼ぶということ。花嫁の周りに災厄をもたらし、お前等は周りが花嫁を疎み、憎悪を向ける様に仕向ける」
カインはもう一杯キースに酒を注がせる。
そのカインの右手にあるガラスの剣は、鍔は銀色で金の装飾と紅い宝玉にカインの瞳を連想させる紫色の長方形で輝く様にカットされた宝石が嵌っていた。
知らない者が見れば儀礼剣か何かの儀式に使う剣に見えるだろう。
「そして、負の感情を向けられた花嫁が抱いた憎みや絶望、そういった負の感情を栄養にヴァンパイアの花嫁の刻印は力を溜めてゆく」
実際に戦場で使われる剣にしては少しだけ飾り気がある様にも感じる。
実戦で使う物でも勿論、装飾や宝玉が付いている剣はある。が、ほとんどが魔剣の類だ。
「更にヴァンパイアどもは自身や使いを花嫁の前に現れさせ、言葉巧みに負の感情に呑まれる様導く。そして段々と不幸は自分のせいで起きていると、自分が悪いんだと自己嫌悪に陥らせる」
しかし、カインの剣の異色さは、そこではなく普通よりも鋭い諸刃で、刀身はガラスに見えるということだ。
切れ味はともかく固さが足りなさすぎて、とても実用的には見えないだろう。
「花嫁が高貴な種族であればなおいい。ハイエルフなんて最高だろうな。更に言えば自分の居場所は、そのヴァンパイアの元にしかないとすり込ませれれば、もう言うことは無いな」
「ほう? そこまで知っていながらそのハイエルフを守るのですか? 災いだけを呼び、貴方には何の価値もない女に命をかけると?」
カインの言葉を引き継いだ義眼を付けた司祭の男の言葉に、マリアは悲痛な表情を浮かべ俯く。
もう、マリアは強気な自分を保つことにガタが来はじめていた。
――あれ程芯が強い女をどうやれば、あんな表情にできるんだろうな。
目だけをマリアの方に一瞬向けると、カインは胸中で独り言ちた。
「はん。全部ヴラドやテメーらのせいだろうが? そんな簡単なことまでわからなくさせるとはな……下衆が」
義眼を付けた司祭の男言葉をひと笑いし、カインは再びウイスキーを一気に煽る。
喉に流し込まれた酒を飲み干し、空になったグラスをガンと勢いよくカウンターに置くと、義眼を付けた司祭の男の方へゆっくりと足を踏み出す。
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