悪魔の涙で割ってくれ
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女王フレイヤが治めるミズガルズ王国、王都アース。その北にあるスラム街の酒場ノースオブエデンに。今夜、一人のハイエルフの女海賊が訪れた。
「いらっしゃいませ。エルフのお嬢様……何かお飲みになりますか?」
チェンバロの調べが漂い、まるで世界から切り離された様な空間に圧倒されているマリア。
酒場の白髪の壮年マスターがグラスを磨いていた手を止め、低く落ち着いた雰囲気を纏う声で尋ねる。
マリアはその声で我に返りペンダントトップの羅針盤を見る。すると彼女が羅針盤の針の動きに驚き、美しい切れ長の目を見開く。
「こ、ここ……が、ノースオブエデンか? あ、あぁ、とびきりのウイスキーを一杯……って、そうじゃねぇ! それどころじゃねえんだ! 悪い! マスター! アタシ今クソ悪魔どもに追われててよ。アタシがこの店に入っちまったせいで、店に奴らが入ってきちまう!」
くるくると壊れた様に針が回る、手の中の小さな羅針盤を握りしめながら、マリアは慌てて自分の状況を説明する。
「それは、アルビダ様の……ふむ、落ち着いてください。お嬢様……悪魔どもは暫くこの店を見つけることはできないでしょう。それより、とびきりのウイスキーでしたね? かしこまりました。飲み方はストレートで?」
しかし、そんなことを聞かされても酒場のマスターは慌てた様子を見せず、マリアが握りしめている羅針盤を見て、元の持ち主の名を出す。
そして大体の事態が把握できたマスターは、背後にある棚から一本の酒瓶を手にし、飲み方を訊いた。
マリアが言った危機的な状況はチェンバロを弾いている幼女にだって聞こえていたはずだ。
なのに、幼女は慌てもせず、チェンバロを弾く指を止めない。
「はぁ!? 見つけられねぇって、そりゃあどういう意味だよ……まさか本当にあの情報屋の言う通りなのか?」
情報屋のチェンバロの音が人を迷わすという言葉をマリアは思い出す。
「だからさ。落ち着きなって、お嬢さん? いや、お姉さんか? 歳は俺と同じか少し下ぐらいに見えるけど……アンタ、エルフだから見かけ通りの年齢じゃねえんだろうしなぁ」
さっきまでピクリとも反応を示さなかった銀髪の青年が、テーブルから顔を起こし、軽い口調でマリアの言葉を遮る。
――ワインレッドの革のコート……まさかこのマヌケ面が情報屋の言っていた男か?
マリアは情報屋から聞き出した情報を思い出す。だが、今はその情報の真偽を確認している場合じゃないと青年の方をギロリと睨む。
青年の珍しい紫苑色の瞳と目が合う。
数秒し、青年は面倒臭そうに顔を背け、欠伸を一つすると、テーブルに置いてあった琥珀色の酒が入っているグラスを手に取り酒を一口飲む。
青年は整った顔立ちをしているが、三白眼ぎみの目と、漂わせているやさぐれ感が、それを台無しにしていた。
「黙ってろよボウヤ! ガキはこんな所で酒なんて飲まずに、帰ってママのおっぱいでも吸ってな」
「ハハハッ。アンタ上品な顔した美人のエルフのくせに、言葉遣いが悪いんだな? まぁ、そこも魅力的ではあるがな」
「育ちが悪くて悪かったな。アタシは黙ってろって忠告したはずだぜボウヤ? そうか……わかったぜ。テメェはどうやら死にてぇらしいな? いーぜ、いーぜ。自分で死ぬ根性もねぇガキだ。優しくアタシが天国へ連れてってやるよ。」
焦りと怒りと苛立ちで、沸点が低くなっているマリアは、凶悪な笑みを浮かべながらフリントロック式の銃を青年の額に当て、撃鉄を親指で起こす。
弾は装填してないが、こうすれば青年がビビって黙るだろうと思ったのだ。
だが、青年は怖がるどころか、不敵な笑みを浮かべながら、手を銃の形にして挑発的に人差し指を銃口に突っ込んでくる。
「いいねぇ。強気な女はタイプだぜ? 征服した時がたまらない。アンタと一緒になら天国に行ったって構わない」
お互い凶悪な笑みを浮かべながら、言葉の綱渡りをする。
が、そんな事態もチェンバロを弾く指を止めた幼女の凛とした声で終わりを告げる。
「お姉さんが店内に入って、来て。だいぶ、時間、経ったと思います。が? 悪魔……来ない。ですね? マスターが言っていること、は、本当だと、もう理解できるはずです。マスター……二人のやりとり、が終わるのを待って、いますよ? 飲み方。だそうです。エルフのお姉さん」
そう言い終ると、幼女は再びチェンバロを弾き始める。
確かにもう悪魔がこの店に押し寄せて来ていてもおかしくないのに、未だに悪魔共が店内に現れず、静かなこの状況に眉を寄せ不思議がるマリア。
幼女の発言で場がしらけたので、とりあえずレイピアを鞘に納め。銃を革の短パンと自身の身体の臍辺りに挟む。
まだ気を抜かずに、マリアはマスターに鋭い目付きで問いかける。
「本当に見つけられねぇのか?」
「はい。もう暫くは大丈夫かと思います」
「だってよ? ほら、さっさと飲み方を言ってやれよ」
柔らかい物腰だが強い芯があるマスターの言葉と、どこまでも真剣味のない青年に、マリアは溜息を一つ吐き、義母アルビダの言葉通り注文を言う。
「悪魔の涙で割ってくれ」
合言葉を聞くと青年がヒューっと口笛を吹く。
「かしこまりました」
マスターは軽く頭を下げ、王族お抱え錬金術師が作った様な透明度の高いグラスをカウンターテーブルに出す。
そのグラスに琥珀色の酒を注いだ。
更にマスターはウイスキーが入っていた瓶とは別の瓶を、自分側に置かれていた場所から取る。
その瓶の中身をウイスキーを注いだグラスに、シュワシュワっと泡が弾ける音がする何かの魔力が込められたソーダ水を注ぎこんでウイスキーを割る。
「どうぞ。マリア様がご注文になった、ニーズヘッグです。お楽しみください」
カウンターのスツールに座り、マリアは出された酒を一気に煽り、ガンっとグラスをテーブルに置く。
「アタシはアンタに名乗った覚えはないんだけどな?」
「確かに、今迄に合言葉を知って此処に訪れるお客様達とは、マリア様は違っておりますからね」
マリアは一応念の為に目で自分の左隣に座っている青年が、この話の場に居てもいいのかとマスターに合図をおくる。
「大丈夫ですよ。お隣のカイン様も、あそこでチェンバロを弾いているお嬢様も、この場に居て問題ありません。それに、ノースオブエデンでの出来事は酒に酔った者の夢なのですよ。時には酒に頼って悩みを忘れてみるのもいいものですよ? 酔いが醒めれば案外解決しているかもしれませんからね」
「そうかい……それじゃあアタシのこの悪夢も、酒に酔って醒めれば解決してるのかい?ハッ! そいつはいい! そいつは笑えるなマスター? その酒はさぞかし高い酒に違いないんだろうよ!」
マリアはマスターの言葉に、凶悪な笑みで皮肉な言葉を返す。
「かしこまりました。マリア様の悪夢を夢にするお酒ですね? 確かに少々値が張りますが、お代は結構です。すでにアルビダ様から頂いているので」
「おいおい、そいつは流石に笑えねぇ冗だ」
細めた目に剣呑な雰囲気を纏わせて、マスターに言葉を返しきる前に、マリアの言葉を遮る様に、酒場の木のドアと窓ガラスが大きな音を立てて割れた。
その次にぞろぞろとアンクー達が店内に流れ込んでくる。
そしてチェンバロの音が止んだ。
「見つけましたよ? ハイエルフの花嫁。なかなかの力で隠蔽された所へ逃げ込みましたね?」
アンクー達が道を開け、店内へとゆっくりと歩いてくる義眼を付けた司祭の男は、大仰に手を広げ笑う。
それにマリアは舌打ちをすると、腰に下げていたレイピアを再び引き抜いた。
「おい! そこのボウヤ! 酔い潰れて寝てると、そのままあの世行きだぜ? いっちょまえに剣を持ってんだ。男なら自分の命ぐらい自分で守れよ?」
「ん~? 今日は大繁盛だな? マスター」
酔いが回り過ぎているのか、銀髪の青年はカウンターでぐったりとしている。
「ちっ! 使い物になりそうもねぇな」
「ハイエルフの花嫁よ……また、ですか? また他人を巻き込み、不幸をもたらすのですか? いい加減もう懲りたでしょう? 貴方が誰も不幸にしたくないのなら、おとなしくツェペシュ公の元へ来る他ないのです」
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