マリアの剣
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「不快だな……貴様はまだ我の前で笑うというのか? 愚かな」
誰が見ても瀕死の状態であるカイン、そんな男が虚勢を張り、ヴラドに対峙し、挑発しているのだ。
王の間に現れてから今迄、目の前に立つカイン=ガーランドという男は不敵な笑みを浮かべ続けていた。
その事がここにきてヴラドを苛立たせ、癇に障らせる。
「ガキの頃に出逢った、とびっきりいい女と約束したもんでね。『どんな危機も笑って切り抜けれる、そんな強い男になってみせな』ってな。だから俺はどんな時でも笑うことを止めねぇ。その女に惚れてもらえるいい男になる為にな……そんな訳なんで悪いな王様」
不敵な笑みで自身の笑みの理由を語ったカインの言葉を聞き、マリアは幼いカインと出逢った時に自身が口にしたその言葉を思い出し、キューっと胸が切なくなった。
そうカインは、マリアと昔にした約束を守る為に、どんな状況でも不敵な笑みを絶やさない男に育ったのだ。
「ふん。そんな虚勢を張っていても無意味だと何故理解できぬ? 我に傷を負わせる程の男が、そんなことも理解できぬ程弱い訳ではあるまい」
久方ぶりに強敵と剣を交えたことで歓喜に染まったヴラドの狂気の表情に、失望の影が差す。
カインはそんな漆黒の王の落胆などまったく意に介さず、不敵な笑みを浮かべたまま肩に担いだガラスの剣の刃を自身の胸の前で真横になる様持ってくる。
そしてヴラドによって刺された左肩の痛みを無視し、無理矢理痛む左腕を動かすと、胸の前で刃が真横になる様掲げたガラスの剣の鍔付近まで開いた掌を持っていき、ガラスの剣の鋭い刃に掌を触れさせる。
「アンタは強い。本気を出さないまま勝とうなんて思っちまってたのは悪かったよ」
血塗れで満身創痍の姿でガラスの剣を真横に構え、刃に掌を当てたまま不敵にヴラドへ言い放つカインの言葉に、ヴラドは片方の眉を上げカインに失望した紅い瞳を向ける。
「負け惜しみとは……くだらぬな」
ヴラドの失望に染まるぞんざいな言葉に、ニヤリと悪ガキの笑みを増させたカインは自身の身体中に張り巡らされた魔魂炉を起動させる。
するとカインの足元に、紫の魔法陣が浮かび上がった。
「ほう? まだ何か切り札があるのは確かな様だな? 面白い。我に通じるかやってみるがよい」
カインの身体から発せられる力と、足元に浮かんだ強力な魔力を感じさせる魔法陣を見たヴラドは、漆黒の剣を王の間に敷かれた赤い絨毯ごと床に突き刺し、大仰に両手を広げ余裕を見せる。
その言葉を聞きながら、カインは自身の心臓に魔魂炉を組み込み、新たに心臓を再構築すると、自身に宿されたフェンリルの因子を魔魂炉で起動させる為、魔力という名の火をくべる。
浅く、激しい息を吐き始めたカインは、身体中の血管が浮き出し、鼓動が早く激しく打ち始める。
「このガラスの剣は……俺のフェンリルの因子をほとんど封じる魔具のかわりでもある。言わば俺が扱いきれない力が暴走しない様に親父が持たせた安全装置みたいなもんだ」
足元の紫の魔法陣は一層輝き、カインの心臓という名の魔魂炉で牙を剥き暴れ狂うフェンリルの因子が、壮絶な痛みを伴って覚醒し始めた。
カインの紫苑色の瞳が夜の王の間で光り出し、心臓という名の魔魂炉が臨界点を超え暴走しようとし始めると、カインの喉が低い獣の唸り声を上げだす。
――いい加減飼い主の言うことを聞きやがれ! くそワンコがっ!
暴れ狂うフェンリルの因子をカインは瀕死の身体で無理矢理抑え込み、身体中の組織が組み換わるかの如く目覚め出す。
フェンリルの因子の細胞が覚醒し始めると、治癒を促す組織達が通常の人間の何倍もの力で活性化し、身体に負った傷が全て再生され綺麗に塞がり出す。
フェンリルの因子がカインの中で完全に覚醒すると、カインの口からまるで目覚めたフェンリルが遠吠えを上げるかの様に、喉が枯れんばかりに叫び出す。
暫くすると、カインの足元に描かれていた魔法陣は消え去り、瞼を閉じ、剣を真横に構え左手の掌を刃に当てたままの姿から、恐ろしいまでの覇気がカインから発せられる。
身体から力が零れ、王の間で荒れ狂う覇気とは裏腹に、ゆっくりと両の瞼を開けていくカインは凛とし静かだった。
「我は誓う。このガラスの剣に、死に至るまで戦い抜くことを」
カインの口から紡がれる言葉と共に刃に当てていた掌を剣先のある外側へと、ゆっくりとズラしていく。
「我は誓う。このガラスの剣に、信念を、誇りを、命を貫くことを」
そんな掌からはズラしていくことでガラスの剣の刃に斬り裂かれ、カインの赤い血が透明なガラスの刃に滴っていく。
「我は捧げる。この銘無きガラスの剣を、永遠にハイエルフのマリアへと」
誓いの言葉を言い終え、刃に当てた掌の腕を完全に横へ開き切ると、透明なガラスの剣の刃はカインの血で真っ赤に染まっていた。
ガラスの剣の覚醒の儀式は今成され、鍔に施された紅い宝玉とその上部にはめ込まれたカインの瞳と同じ紫苑色の長い六角形の宝石が輝き出す。
「マリア。お前に俺の一生をくれてやる。俺が捧ぐお前への剣を受け取ってくれるか?」
玉座の横に立つマリアへ向かってガラスの剣の切っ先を向けると、カインはいつもと違う、優しさのある不敵な笑みでマリアへと問いかけた。
「――は、はい」
ヴラドの傀儡の魔眼に必死に逆らい返事をするマリア。
そのマリアの碧い瞳から零れ落ち続ける涙は、先程までの悲しみのせいではなく、今は愛する者に告げられた愛の言葉による嬉しさが、心から溢れたせいだった。
「おら。さっさと目覚めやがれ! マリアの剣」
カインの声に呼応するかの様に、ガラスの剣の刃が紅く光り出し、無色透明だった刃は紅い色をした透明なガラスの様な刃へ変わる。
宝玉も宝石も紅いガラスの刃も輝きが鎮まると、カインの表情は再び悪ガキの様な不敵な笑みで口角がつり上がり、世界に告げる。
「我が剣の名マリアに懸けて、ヴラド=ツェペシュを討ち滅ぼし、ハイエルフのマリアをヴァンパイアの花嫁の呪いから解き放つ」
此処までの切り札がカインに用意されているとは露程も思っていなかったヴラドは、驚愕し目を見開き言葉を失ったままだったが、先程のカインの宣言の言葉と共に自身に向けられた殺気にあてられ、自分の意思とは関係なく本能がザワつき、床に刺した漆黒の剣を引き抜く。
「へぇ。アンタの身体がビビるなんざ。面白いものが見れたなぁ」
漆黒の剣を引き抜いたヴラドは、急に自身の背後から聞こえた声に恐怖を覚え、振り向く。
するとそこには紫苑色の目を細め、紅いガラスの剣を両手で振りかぶったカインが居た。
「な、何だと!?」
つい先程まで自身の目の前に居たカインが、まるで転移魔術を使ったかの様に自身の背後に居ることにヴラドは再び驚愕し、カインから放たれる右斜め上から左斜め下へと一閃させた、紅く鋭い斬撃を何とかバックステップで躱す。
「ヒュー。今のタイミングの斬撃を躱せるとは、流石は英雄王ヴラドだな」
「くっ! き、貴様、その身から零れ出る覇気はいったい何だ!?」
自身の死角からの斬撃を躱したヴラドに口笛を吹き称えるカインは、再び肩に紅いガラスの剣を担ぎ、不敵に笑うカインと距離を取る漆黒の王は、唇を震わせながらも問いかけずにはいられなかった。
「はん。別に本来の力を開放しただけだが?」
何でもない様にひと笑いし肩を竦めて軽い口調で答えるカインに、ヴラドがここまで動揺し驚愕しているのは、カインと対峙してから初めてのことだった。
「そうか……これが帝国が造りし殺戮人形の真の姿という訳だな……人が神に弓引く為に造られた殺戮兵器は伊達ではないと言うことか」
流石は英雄王ヴラド、瞬時に状況を把握し理解すると、短時間で焦る自身の心を落ち着かせ、カインの懐まで王の間の床を蹴り、間を詰めると、本能的に漆黒の剣をこれまで以上の速さと鋭さで右斜め上から左斜め下へと一閃させ、袈裟斬りを放った。
それに対し、カインはそれを真っ向から受けて立つつもりなのか、右斜め上から左斜め下へと紅いガラスの剣を一閃させて、同じ袈裟斬りを放つ。
漆黒の斬撃と紅い斬撃が互いの間で刃が交わり拮抗するか、ヴラドの剣が速く斬り始めた分押すかと思われたが、先に袈裟斬りを放ったヴラドよりも速くカインは刃を一閃し、ヴラドの方が押される結果に、ヴラドは今日何度目かの驚愕に目を見開かせる。
「ば、馬鹿な! 我よりも斬撃が速いだと!?」
目の前で起こった現実に対しヴラドは、信じられないと口から唾を飛ばしながら否定しようとする。
だが、そんな言葉を無視しカインは、不敵な笑みに獰猛さを増し犬歯を剥き出しに笑い、交差する刃を力で押し返し、体勢を崩しながら後ろへ下がらされたヴラドへ左斜め上から右斜め下へと紅いガラスの剣を素早く一閃させ、逆袈裟斬りを放った。
漆黒の鎧に守られていたヴラドの身体は鎧ごと肩から腹の半ばまで斬られ、血飛沫が王の間を舞う。
燭台の蝋燭が照らす王の間で起こる怪奇。
それはヴラドの肩から上半身半ばまでが斜めに斬られ、腹部辺りの身が支えになり、斬られた部位が斜め横へと落ち様としていたが、すぐにヴラドの身体の組織や肉が傷口に伸び、再生し始めた。
「ん? 再生するとはな……少し浅かったか? なら次はもっと深く世界ごと斬るか」
空間――世界すら斬る斬撃でも再生したヴラドを見て、カインは首を傾げ、軽い調子の声で呟く。
カインのその言葉通り、ヴラドの漆黒の鎧ごと身体を見事に斬ったカインの先程の斬撃は、斬ったヴラドの背後の空間まで斬り、世界がズレてしまっている。
普通ならこれで死んでいるところだが、強靭なヴァンパイアの身体は死ぬことなく再生される。
そんな斬撃を味わったヴラド本人は、今迄体験した事の無い恐怖に襲われ、それに抗いながらもカインへと向かって漆黒の剣を上から下へと垂直に放ち、唐竹の斬撃を放つ。
だが、それを読んでいたカインは、刃を肩に担ぐ様にし、剣の柄を上に跳ね上げてヴラドの剣を受け止める。
「そろそろ夢を見るのは終わりの時間だ王様……次は再生できない程、深く世界ごと本気で斬るぞ?」
そうカインが不敵な笑みで宣言すると、柄で受け止めたヴラドの剣を柄で押し上げると、片手で右斜め上から左斜め下へと一閃させ、袈裟斬りにする。
するとまたもやヴラドの身体ごと、背後の世界も斬れてズレる。
それだけで斬撃は終わらず、カインは両手で真下から真上へと斬り上げ、又下から脳天まで真っ二つにヴラドの身体を斬ると、再び左斜め上から右斜め下へと刃を一閃させ、逆袈裟斬りを放つ。
それでもまだカインの動きは止まらず、そのまま腰を落とし捻る様にして、身体を回転させてヴラドの身体を右から左へと腹を横一文字に斬り裂く。
次々と繰り出されるカインの鋭くも速い斬撃にヴラドはついてこれず、世界を斬る斬撃を身体で全て受けてしまう。
「まだだ……我はまだ終われぬ……もっと、もっと力を!」
身体に幾重もの太刀筋が残るヴラドは虚空を見つめ、天に手を伸ばす。
「アンタはよく戦った……だからもう眠りな」
カインの言葉と共に剣閃が止み、幾重も太刀筋が残り、人としての形をまだ保っていたヴラドだったが、身体がもう既に斬られていることを遅れて認識すると、斬り裂かれた時から数秒時間に誤差を生みながら、廃城の漆黒の王ヴラドは王の間に崩れ落ちていった。
そして、大きな丸いガラスから覗く二夜の月の明かりと、シャンデリアや燭台の蝋燭の火の灯りで照らされた夜の王の間の空間は、幾筋もの剣閃の跡ができ、空間――世界ごとカインの紅きガラスの剣の斬撃によって斬られズレてしまっていた。
カインはヴラドの身体がバラけて分断されて床に崩れ落ちるのを見届けると、紅いガラスの剣に付いた血を払う為に、上から斜め下へと剣を振るった。
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(`・ω・´)ゞ
やっとここまで来たぜ……。
_(:3」∠)_




