串刺し公
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m(__)m
――何だ? 頭が……ぼうっとしやがる……アタシ……何で此処にいるんだっけ?
紅く光るヴラドの目を見てしまったマリアは、その禍々しさに本能的に一歩足が勝手に下がろうとしたのだが、時すでに遅く、マリアは既に傀儡の魔眼の術にかかってしまっており、身体は自分の命令を受け付けず、自分の意思では指一本動かせなくなってしまっていた。
更に思考は混濁し、うまく定まらなくなってしまっており、意識がぼうっとしてしまう。
「これはヴァンパイアの魔術、傀儡の魔眼……この紅き目に囚われた者は全て我の自由となる。さぁ、我が愛しの花嫁よ……ここで愚かなあの男が殺されるところを黙って見ているがいい」
――花嫁……誰が? アタシだ……黙って見ているがいい? 何を?
紅いマントを靡かせながら、玉座の階段を降りていく漆黒の覇王は愉快気に自身の刃から逃げたカインの元まで歩いていく。
――紅い……レザーコート……の男? と黒い騎士? 違う、あれはヴラドだ! 殺される? 誰が?
傀儡の魔眼に支配され、言葉を発することさえ許されないマリア。
彼女の意思を失った虚ろな碧い瞳が映す、蝋燭の火で照らされた王の間の光景は、惨憺たるものだった。
王の間に暴れた跡を残すカインを喰らった不死の竜は、無残な姿で血塗れで絶命し、今はオブジェと化し、始祖ヴァンパイアのカーミラは、断たれた首はなんとか繋がった様だが、シャロンにより胸に刺された蛇腹剣は抜くことが叶わず、刺された場所から黒の魔術に侵食され、身体が腐敗し崩壊していく。
しかし、不死の竜の様にそのまま楽には死なせてもらえず、始祖ヴァンパイの驚異的な回復力により、腐敗し崩壊した身体は再生しだす。
カーミラは不死の竜の様に王の間のオブジェとはなれずに、生き地獄の様に繰り返される腐敗と再生の痛みに、もがき苦しんでいた。
そんな死が満ちる地獄さながらの王の間で、互いに笑みを浮かべ、対峙する黒と紅の二人の剣士。
一人は禍々しい漆黒の鎧に背に血の様に赤いマントを靡かせて、手にした漆黒の剣を一度斜め下に振り払い、そのまま剣を構えることなく泰然と王の間の床に立つドラクレシュティ公国の王ヴラド。
もう一人はワインレッドのレザーコートを羽織り、右足を引き身体を右斜めに向けて、月光を反射するガラスの剣の剣先を、右脇の後ろに持っていき剣を右脇に取るカイン。
そんなカインの背中を見守る使い魔であるシャロンは、ヴラドに斬り裂かれた腕と身体はすっかりと結合され、落とされた手首は自身の血肉を使い再生――新しく手首から先を生えさせて、王の間で自身の動くべき時の為に周囲を警戒している。
王の間中央。
重厚な赤い絨毯の上で、剣を手に向かい合う紅と漆黒。
蝋燭の火と月光により、二人の剣呑な紅き瞳と紫苑色の瞳がギラリと光る。
ヴラドとカインは互いに見えない攻防を繰り広げていた。
片方は剣を構えず、もう片方は剣を構え、少しでも身体や筋肉を動かし、又は殺気を相手に当てて、見えない虚実の剣の攻防を繰り広げる。
円を描くように反時計回りに互いに足運びをするカインとヴラドは、決定的な動く機会を待っていた。
先程までとは打って変わって、静寂に包まれた王の間だが、二人が放つ尋常ではない気迫は恐ろしいくらいに激しくぶつかり合う。
その静けさを破ったのは、不死の竜――ドラゴンゾンビの侵入により廃城の外壁を破壊し、王の間に空いた穴から吹いた一陣の風だった。
その風が、天井に吊るされたシャンデリアの数本の蝋燭の火を消し、王の間の闇が微かに深くなった瞬間、二人は動いた。
下段から右斜め下から左斜め上へとガラスの刃を一閃させ、ヴラドに向かって斬り上げるカイン。
動くその時を王の風格で剣を構えず泰然と待っていたヴラドは、右斜め上から左斜め下へと漆黒の刃を一閃させ斬り下ろす。
互いの剣と剣が一瞬交差し、素早く次の斬撃を放つ両者。
剣が交差した瞬間に、そのまま右回転し片手で水平斬りを放つカインに対し、一度後ろへ跳躍しカインの水平の剣閃を躱したヴラドは、王の間の床をけり、カインが横に振り切った刃のせいでガラ空きになった身体の喉目掛けて鋭い漆黒の突きを放つ。
その漆黒の突きを、カインは剣の柄で横殴りをする様に、自身の喉に迫りくる漆黒の剣先を弾き、そのまま左斜め上から右斜め下へとガラスの剣を一閃させ、逆袈裟斬りを放ったが、ヴラドは突きの為に床を蹴った勢いを殺さず、そのままカインへと突っ込むと、漆黒の剣の柄で喉を鋭く突く。
その痛みにたまらずカインは後ろへ跳躍し、剣を正眼に構えながら激しく咳き込む。
「ふむ。なかなかやるではないか? ここまで我の剣と打ち合える者と相対するのは久方ぶりだ……帝国が造りし殺戮兵器。そしてそれを育てた伝説の剣士レイ=ガーランドに剣を仕込まれし者。戦場で敵に恐れられた戦場のアーティスト……又は紫苑の銀狼とまで謳われただけのことはある」
もう稀になってしまった自身と対等に打ち合える者に出会い、狂気に満ちた歓喜の表情で、カインを褒め称えるヴラド。
「ゴホッ、ゲホッ! ん、ん。そりゃどうも。かの有名な英雄から覇王までに至った男に褒められるとは光栄だな。アンタも実戦から離れ、冷酷とまで言われた戦略で公国を長きに渡って守ってきた策略家のわりに、剣は鈍ってないみたいだな?」
剣の柄で喉に激しく打撃され、咳き込みながらヴラドの称賛に答えるカインの顔は、まだ不敵さが消えていなかった。
「我の剣が鈍る? ありえん。して、冷酷とは民や腐った貴族共を串刺しの刑で裁いたことか? それとも捕虜の兵を串刺しにし、城塞の外に並べ相手の戦意を挫いたことか? どちらにせよ我は多くの民を守る為にやったこと! あの時にああしていなければ我が国は滅びたやもしれんのだぞ!? それが何故わからん!!」
カインの冷酷な戦略と言った指的に、今迄とは違い、憤怒の感情を溢れさせカインに向かって凄まじいまでの一閃で再び袈裟斬りを放ってくる。
その一撃をカインは足裁きで躱すが、ヴラドの黒き刃はその一太刀だけでは終わらず、幾線もの漆黒の剣閃がカインを襲う。
斜め下からカインに迫る漆黒の刃を、上から振り下ろした刃で受け止め、更にヴラドが紅いマントを舞わせながら、身体を反転させて胴を断とうとする水平斬りを、カインはバックステップで躱す。
そして互いに空いた距離を床を蹴ることで潰した両者は、同時に凄まじい袈裟斬りを放つが、両者の間で刃は交差して止まる。
「貴様に何がわかる!? 多くの民を守る為! 我が国を守る為に数多の戦場で数え切れぬ程振るってきた剣が! 騎士が! 英雄が! 戦争が終わればただの人殺しと蔑まれることが、どれ程の絶望か貴様にわかるか!?」
激しい鍔迫り合いをする両者だったが、抑えきれぬ怒りにヴラドの紅き目の瞳孔が大きく開く。
ヴァンパイアになったヴラドの尋常ではない力に押し負け、カインは剣を後方へ弾かれ、体勢が崩れた。
その隙を逃すヴラドではなく、カインの左肩に深々と漆黒の剣を突き刺さした。
――カイン!
ヴラドの漆黒の剣が、カインの肩を深々と貫くところを、虚ろな蒼い瞳で捉えたマリアの思考が弾ける。
「ぐっあ!」
愉快気に口角をつり上げたヴラドが、カインの肩に刺した漆黒の剣を勢いよく引き抜くと、激しい痛みに襲われたカインが顔を顰め、口から苦悶の声をこぼす。
――止めてくれ! ヴラド。何でだ? 何でこんなに苦しいんだ? 自分でもわからねぇけど……傷付くカインを見ると……胸が……心が……苦しい。
人形の様に意思の失った虚ろな瞳で、玉座の横に立つマリアの瞳が揺れる。
漆黒の剣にカインの血が付着し、両者の間に血が舞ったまま、ヴラドは肩をカインの胸の下辺りに入れて体当たりを喰らわす。
胸下辺りを襲う衝撃にカインはたまらず体勢をくずし、重厚な赤い絨毯の上に仰向けに倒れる。
瞬間、仰向けになったカインの瞳が捉えたものは、自身の顔目掛けて漆黒の剣の切っ先が鋭く降ってくる所だった。
それを舌打ちしながらカインは横に転がって躱し、再度降ってきたヴラドの漆黒の剣による突きを躱す。
漆黒の鋭い雨を何度か横に転がることで躱すと、カインは転がりながら膝を床につき、もう片方は王の間の床を足の裏でしっかりと踏んで身体を起こし、その体勢のままヴラドの足を、すね当ての鎧――グリーブごとガラスの剣で斬ろうと横に一閃して薙ぐが、ヴラドに真上に跳躍されて躱される。
しかし、ヴラドが上へ飛んだことにより、空中では動けないという隙が出来たのをカインも逃さず瞬時に立ち上がり、片手で右斜め上から左斜め下へと凄まじい斬撃を、着地する寸前のヴラドへと一閃させる。
ヴラドは漆黒の剣でカインの鋭い袈裟斬りを、とっさに受け止めるが、ガラスの剣の威力にたたらを踏む。
ここが追撃のチャンスだと、カインは更に攻める為、左斜め下から右斜め上へと漆黒の鎧もろとも世界ごと凄まじく斬り上げた。
カインの秘技にヴラドの上半身を覆う漆黒の鎧—―ブレストプレートが斜めにバターの様に斬られ、ヴラドの身体まで深々と届いたガラスの剣の刃が血に染まる。
だが、漆黒の鎧のせいか、ヴァンパイの強靭な肉体のせいかはわからないが、ヴラドの背後の空間まで斬ることは叶わず、ヴラドの鎧と身しか空間ごとは斬れなかった。
それでも凄まじい威力の斬撃に裂かれたヴラドの漆黒の鎧の切れ目と下から、赤い血が噴き出す。
ここで初めてヴラドが、カインの剣の間合いの外へと逃げる。
息つく暇もない程激しい攻防を繰り広げるカインとヴラド。
そんな二人を見ているシャロンは、何とかマリアだけでも救出しようと企んでいるが、鋭い紅い瞳と紫苑の瞳、そして互いに不敵な笑みをぶつけ合う人の領域を超えた二人に、迂闊に入ることができず、下手をすれば自身の主の邪魔をしてしまうと考え、今は何もできない自分に歯嚙みした。
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