ヴァンパイアクイーン
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シャンデリアや至る所に設置された、豪華で細やかな細工が施された燭台には、置かれた蝋燭に火が灯り、廃城の王の間の闇を、怪しく照らし続けていた。
そんな廃城の主であるヴラドは玉座に大仰に座し、その玉座の前にはカーミラの遠隔操作の魔術によって宙に浮かされた魔法陣がある。
その魔法陣には十字に磔に拘束され、力なく眠るマリアが居た。
玉座に座すヴラドが苛立たし気に眠るマリアを拘束する魔法陣に片手で触れると、自身の視界の邪魔だと言わんばかりに横にズラし、玉座から両開きの扉まで続く、長細く重厚な赤い色の絨毯が敷かれた王の間にて激闘する白と黒を眺める。
戦況はたった今、簡易転移魔術をカーミラが発動させ、シャロンの背後を再び取り、手にしたデスサイズの鎌をシャロンの首にかけたカーミラが、勝利を確信し、手前へと鎌を引いた所だった。
これでこの戦いは決着がつくかと思われた次の瞬間、シャロンが力ある言葉を王の間に微かに響かせる。
「転、移」
鎌が引かれる直前に、空間転移したシャロンの姿はその場から突如消え去り、カーミラの持つデスサイズの鎌は空を刈ることになった。
「な、なんですって!? たかが小娘が簡易版であれ転移魔術を! 古代魔術を使えるなんてありえないわ!」
カーミラから毒々しい紅色の笑みが消え、シャロンが転移魔術を使ったことに驚愕の表情で目を見開く。
焦りと共に自身の背後への転移を恐れ、一度振り返るカーミラだったが、シャロンが転移し出現したのは玉座とカーミラの間だった。
すぐに気配を感じ取り、シャロンの正面に向きなおったカーミラは、デスサイズを構え、互いに向かい合う形で紅い目を細める。
その時、カーミラはシャロンの顔に違和感を覚えた。
一時訪れた静かな王の間で向かい合う二人の間に、紫の布が舞い落ちてくる。
それを視界で捉えたカーミラが違和感の正体に気付く。
違和感の正体、それは先程までシャロンの目を隠していた紫の布が今はなく、瞼を閉じたままでもわかる程の、人形の様に美しい顔のつくりをした、幼いシャロンの素顔が露わになっていることだった。
「ふむ。鎌が掠っておったか……やれやれ、こんな小娘相手に手こずるとわ……わらわも焼きが回ったかのう。それとも相手を少々甘く見ておったかの? 赦せカーミラよ」
両目を閉じたまま尊大な口を利く漆黒のドレスを纏った幼女シャロン。
瞼を閉じて美しい顔で薄く微笑む幼女は、先程までのたどたどしい口調とは大きく異なり、古い言葉使いに変わり、膨大で異質な波動の魔力が身体から零れだす。
「さて、主様が来るまでに、この小蠅は叩き潰しておかんとのう」
「ふふ、いきなり口調が変わったからお姉さん驚いちゃったわ。そちらの喋り方が本性なのかしら? それとさっきまでとは桁違いの魔力ね? でもね、古代魔術一つ使えるからといって始祖ヴァンパイアである私を叩き潰すとは傲りが過ぎるわよ?」
異質波動に気付けず、僅かに身体から零れ出た魔力がシャロンが持つ力の全てだと見誤ったカーミラは、シャロンの変化を歯牙にもかけず、王の間の闇を蝋燭の火が照らす中、デスサイズを片手に、もう一方の手の掌をシャロンの方へと掲げ、カーミラは無詠唱で掌の前の空間に赤い魔法陣を描き、力ある言葉を口にした。
「ゆきなさい我が下僕達よ。シャドウスレイヴ!」
カーミラの掌の前に浮かぶ赤い魔法陣から、次々と魔術で造られた黒い蝙蝠達が目を紅く光らせて、翼を羽ばたかせながらシャロンへと向かっていった。
魔術で造られた蝙蝠達はシャロンへ群がると、牙を突き立て、吸血を始める。
「オモチャにすると言った私の言葉で、自分は殺されないとでも高を括っていたのかしら? 残念ね、オモチャの命は私の気分次第なのよ?」
わらわらと黒い蝙蝠達に群がられるシャロンに向かって声高に嗤い、今度こそ勝利を確信してカーミラは掌に浮かぶ赤い魔法陣を握り潰した。
だが、勝負は終わっていなかった。
「何じゃたかのう? ああ、此方の喋り方が本性かじゃったか? 本性もなにも、どちらもわらわじゃよ。普段はとある理由で目隠しで力を封印していての、その魔具の副作用で口が上手く回らん様になるだけじゃ」
蝙蝠が群がり、黒い塊になってシャロンの至る所に噛み付いているのにもかかわらず、大して気にせず余裕の声音で続きを喋り始めたシャロンは、手にした蛇腹剣の分割させた刃を、鞭の様に縦横無尽に振るわせると、自身に群がるおびただしい数の蝙蝠達を、鋭い風切り音と共に次々とこの世から斬り払ってみせた。
そんなシャロンの余裕を表すかの様に、ぷくりとした桃色の唇は三日月を描く。
「ば、馬鹿な! 始祖が放つシャドウスレイヴをたかが武器で斬り払うだなんて!」
ヴァンパイアの高位魔術、しかも始祖が放つシャドウスレイヴが効かないなどとは露程も思っていなかったカーミラは、この事態に狼狽え、妖艶で勝ち誇った笑みを浮かべていた顔が険しく歪み、歯嚙みした。
「それにしても封印が解かれたわらわのこの波動の魔力を感じても、わらわが誰かわからぬとは……始祖ヴァンパイアも後半に産まれた者は大したことがない様じゃのう? お嬢ちゃん」
幼いながらも美しいシャロンの顔立ちの目は、今迄頑なに閉じられていたが、言葉を言い終えると共に、瞼をゆっくりと開け始める。
するとシャロンの開き切った瞼から現れたのは、ガラス玉の様に美しい紅い瞳。
口元には悪戯めいた桃色の唇がつくる笑み。
更にその口から覗かせるのは、鋭く小さな二本の牙だった。
カーミラはシャロンの瞳と牙を見た瞬間、信じられないといった目を向ける。
「……貴方ヴァンパイアなの?」
「わらわがヴァンパイアかどうかお主は問うておるのか? ははははははは! これは傑作じゃ!」
シャロンはカーミラが同族の波動の魔力に今迄気付かぬばかりか、間抜け面を晒し、カーミラと自分の決定的な存在の違いにまだ気付かず、更に愚かな問いかけをしてきたことが、堪らなく可笑しくなり、シャロンは腹を抱えて笑いだす。
「不快だわ。さっきから小娘だの、お嬢ちゃんなどと! 貴方もヴァンパイアなら、始祖を恐れ、敬いなさい! シャドウハンド」
余裕を見せていた表情は消え去り、カーミラは怒りに美しい顔を歪ませながら無詠唱で古代魔術を行使する。
力ある言葉が放たれるとカーミラの目の前に赤い魔法陣が描かれ、そこに手を入れた。
すると、腹を抱えて笑っていたシャロンの首近くの空間に赤い魔法陣が現れ、そこからカーミラの手が次元を跳躍し飛び出し、シャロンの首を掴み締めあげた。
「ぐっ、クククククク。確かに、ヴァンパイア、の、力は人間の、何倍もあるが、の。これごときでは、死なんよ? わ、かって、おろう?」
首を絞められながらも苦しそうに喋るが、まだ笑いが止まらぬシャロンは、面白いことをしてやろうとニヤリと笑みを増さすと、カーミラの手が出てきた自身の前に展開された魔法陣に介入する為、自らも魔法陣に腕を突っ込み返すと、カーミラが構築した術式を書き換え所有権を乗っ取る。
赤く輝いていた二つの魔法陣が紫色の輝きに変わり、シャロンの新しい魔術式が展開されていく。
「そ、そんな! わ、私の魔術に介入して乗っ取るなんて!?」
シャロンによって書き換えられた新たな魔術式は自身に入り込んだ異物を許さず、魔法陣内にあったカーミラの肘から先は異物として術式に排除された。
「ぎゃあああああ!」
カーミラの排除された肘から先は、時空から存在を消されてなくなってしまい、この世から切断される。
腕を襲う激痛に叫び、カーミラの肘の傷口からは赤い血が噴出する。
「まだまだ、術の式が粗いのう。さて……地獄の業火に焼かれてみよ。サザンクロス!」
シャロンもまた無詠唱で力ある言葉を紡ぐと、カーミラ側にあるシャロンによって書き換えられた紫に輝く魔法陣から、十字の闇色の炎の古代魔術が放たれる。
「待ちなさい! 待って!! あ゛ぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
カーミラの必死の制止の言葉も虚しく、紫の魔法陣からは禍々しく暗い、闇色の猛り狂う十字の地獄の業火がカーミラを襲った。
シャロンが放ったサザンクロスの闇の炎に、肘の傷口は身体ごと焼き切られる。
凄まじい暗闇の炎が過ぎ去った後には、白いドレスが所々焼け、身体中に酷い火傷を負ったカーミラが酷い火傷の痛みに苦しみ、大理石の床を転がる。
「ふん。生き残りよったか」
火傷の痛みに激しくのたうちまわるカーミラを、苦い顔で見るシャロンは、魔法陣内に入れた腕を出して、魔法陣を消す。
カーミラは、のたうちまわるのを止め、痛みに耐えながら思う。
すでに展開された、しかも他人が行使している魔術式を乗っ取るなどとは、信じがたい技術の高さだった。
酷い火傷の痛みを味わいカーミラは、今更ながら自身が敵対しているシャロンに畏怖を覚えた。
「ぐぅううう……な、何よその技は……始祖ヴァンパイアである私の再生能力をもってしても、回復が追い付かないなんて!? それに、始祖に対してこれ程の威力。貴様どんな古代魔術を放ったぁあ!?」
全身を襲う酷い火傷の痛みに狂いそうになり、白に近かった美しい銀髪は焼け落ち、人形の様な美しい顔立ちも、豊満な身体を覆う透き通る様な白い肌も、今は醜く焼け爛れ、痛みが怒りを増幅させ、シャロンに向かって焼けた喉で叫ぶ。
更にそんな身体で「転移」と大声で言い放ったカーミラは、シャロンが死角や背後に自分が空間転移したと思っているだろうと嗤い。
その虚を突くた為にシャロンの正面に突如姿を現せると、狂った様に嗤いながらデスサイズでシャロンに対し横に薙いだ。
だが出現場所を予測していたシャロンは、実につまらなさそうに蛇腹剣でデスサイズの柄と刃を交差させて受け止める。
「はぁ、確かにその空間転移は人の死角を突くのがセオリーじゃのう。実際お主もわらわの後ろに二度転移し、それを陽動に不意打ちを今放とうとした」
難なくカーミラのデスサイズの奇襲を受け止め、そのうえ講義をするかの様に冷たく喋るシャロンに、カーミラは爛れた瞼の奥から覗く紅い瞳を恐怖に染める。
「な、なぜぇええ!?」
「二度続けて後ろに転移すれば、それは大きな布石となる。やられた者は、当たり前の様にまた後ろか、はたまた他の死角かと思わされる。が、それ自体が罠じゃ、わざわざ転移するのに正面から正面に現れるなど意味がないと考えてしまうからな。だがこの場合、大穴を引き出す為にすべきことは賭けに出ることじゃ。そう、先程意味がないと言った正面から正面への転移が最も効果的じゃ」
淡々と説明するシャロンの声音は冷たく、紅い瞳は射る様だった。
「だがの、そんな駆け引きは遥か昔にやりつくしたわい。もうその攻撃もセオリーじゃよ」
「は、遥か昔にやりつくしたですって?」
「そうじゃが? しかし、そのデスサイズを見ると更に昔を思い出させる……懐かしいのう……その大鎌の初代の使い手を知っておるか?」
まるで自分より長くヴァンパイアと戦ってきたかの様なシャロンの口ぶりと、デスサイズの話に、カーミラは嫌な予感が頭をよぎる。
しかしカーミラはそれを必死に脳内で否定する。
「この武器を所持する者は、最強の始祖ヴァンパイアである証になるわ。何故なら、始祖が誕生し、強力な前期の始祖ヴァンパイア達ですら太刀打ちできなかった、始祖中の始祖。全てのヴァンパイアが恐れ、敬った始祖ヴァンパイアの女王……私達後期の始祖ヴァンパイアの間では名前すら言うことを禁じられたヴァンパイアクイーン。それがこのデスサイズの初代の使い手! ……でも、彼女は滅びたハズだわ!」
予想が確信に変わりそうで、聞きたくないと耳を塞ぐかの様に必死に多くを語るカーミラは、その焼け爛れた唇が恐れで微かに震えている。
そんなカーミラを面白そうに見つめるシャロンは、瞳に力を込め紅く瞳を光らせた。
その瞳を見てしまったカーミラは、しまったと思いながら顔を逸らそうとした。
だが気付いた時にはもう遅く、身体は自分の意に反し動こうとはしなかった。
「ククククク、正解じゃ。だがそうか……そんなことになっておるのか、ククク、では、そのデスサイズを持つお主が、今は最強だということなのかの? そんな出来損ないの大鎌がのう……それにヴァンパイアクイーンの名前は禁じられたのか……ふむ。まぁ、そんなことをする奴等には心当たりはあるが……」
首を傾げ、記憶の海を泳ぐシャロンは、ヴァンパイアがよく使う魔術の一つである、傀儡の魔眼を発動させていた。
この魔術を発動したヴァンパイアの紅く光る目を見てしまった者は、文字通り傀儡にされてしまうという魔術だ。
最も、自分より精神力か力が強い者には、全く効かず意味が無い魔術なのだが。
「それよりもいいのか? 人間の王よ」
カーミラとの戦いの間、シャロンはヴラドのことをずっと警戒していたが、ヴラドは静かに玉座に座したまま動く気配を見せなかった。
そんな人間の王がやっと口を開く。
「何故我に訊く? 始祖ヴァンパイアの女王よ」
シャロンが始祖ヴァンパイアの女王であることが当たり前の様に言い放つヴラドは、どっしりと玉座に座したまま聞き返す。
「なかなか肝の据わった人間じゃのう。いや、今はカーミラに噛まれ、ヴァンパイア化したのじゃったのう。お主、ただの人間ではあるまい? おそらく神の子じゃの。生まれながらの英雄。普通の人間とはかけ離れた強さを持つ者。今で言う剣聖アベルじゃの」
「それがどうした。先程の質問と内容が違っておる様だが?」
ヴラドは再び冷静に聞き返す。
先程のカーミラとの戦いが嘘の様に静かになった夜の王の間に、低いヴラドの声はよく響き、彼から放たれる雰囲気は、覇王と呼ばれるに相応しいものだった。
「ふむ。先程の続きじゃったのう。お主が何故ヴァンパイアの力を欲したかはわからぬが、こうしてお主はヴァンパイアになっておる。とするとじゃ、お主はヴァンパイアの力を欲し、カーミラに噛まれ、眷属になった。カーミラは神の子の力を欲し、お主の血を吸った。更にヴァンパイアの花嫁の儀をおこなえば、お主は更に高みへのぼろう? その血をカーミラがまた吸い力を得る。そういった協力関係を結んでおるのじゃろ? じゃが、おそらく今でもお主が本気になれば始祖ヴァンパイアであるカーミラの眷属の呪縛なぞ、いとも簡単に解けよう。いや、もう解いておるのじゃろう?」
ヴラドは静かにシャロンの推測を聞き続けた。
傀儡の術にかかっているカーミラは自らの企みと、ヴラドとの関係を言い当てられ目が動揺している。
「それで? だから何だと言う?」
ヴラドの言葉にシャロンは首を傾げ問い返す。
「主様のお妃様だけ手に入れてもお主には意味が無いのじゃろ? カーミラが自分を守る保険として、ヴァンパイアの花嫁の儀の仕方をお主には教えてはいまいて。そうでなくてはこの小娘をお主が自分の周りをうろちょろさすはずがない。故に、わらわがカーミラを殺してしまっては不味いのではないのかの? と言う話じゃ」
シャロンの言葉を聞き、シャロンの言いたいことを理解したヴラドは不敵な笑みを浮かべる。
「確かに我は知らぬ。だが先程の会話から察するに、貴様なら知っていよう? 貴様はカーミラと、このヴァンパイアの花嫁のマリアとを人質交換したい様だが、無駄だ。貴様ら二人のどちらか生き残った方に花嫁の義をさせればよい」
自身の目論見がバレていることと、先程から玉座に座す王、ヴラドが放つプレッシャーに冷や汗が流れるシャロン。
「わらわがお主に協力するとでも?」
挑発的にヴラドに告げたが、内心シャロンは無駄な足搔きだと悟っていた。
この、王は危険だと今迄の長い歳月により培った勘がそう告げている。
ヴラドが危険な存在でなければ、こんな交渉の真似事などせずに、シャロンはとっくにカーミラを殺し、力ずくでヴラドからマリアを奪い去っている。
「協力させる様にすればよい。死ぬのが怖ければ我がお前に死の恐怖を、大切な者が居るならば、その者を我が奪い利用すればよい。それにマリアは我が手にある……死んで困るのは貴様も同じだろう?」
ヴラドからシャロンにかかるプレッシャーはどんどんと増していた。
これはカーミラとは役者が違うとシャロンは悟る。
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シャロンさん!パネェっす!主人公とヒロイン?知らない子ですねぇ(笑)
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