フェンリルの因子
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暗雲に隠れていた二夜の月が再び闇夜を照らし、瘴気を切り裂きながら激しい金属音を立てて戦う者達が居た。
一人は二夜の月に照らされて、闇の中で光る紫苑色の瞳を持った銀髪の剣士カイン。
その人間の剣士カインと戦う者は、巨大な紫の体に黒い羽根を生やし、足は蜘蛛の様に何本もあり、頭からは二本の角を生やした地獄の大公爵バアルである。
バアルの持つ巨大な槍が空気を切り裂きながら、下に居るカインへと放たれる。
槍の穂先が激しい風音を立ててカインに迫る。
が、カインは迫りくる槍の穂先を、剣の刃で外側へと逃がすと長い柄がカインの剣の刃を擦り続け、甲高い音と共に火花が散った。
カインは凄まじい槍の力に歯を食いしばると、槍が伸び切る少し前を見極め、バアルと自分の間にある空間を地面を蹴った勢いで一気に潰し、蜘蛛の様な足を横一文字に一閃し斬り裂く。
すると、またもや刃が当たった足だけではなく、カインの斬撃によりまたもや発生した真空波が、直接斬った足の横と更にその奥の足をも斬り裂き血が噴き出す。
「悪いが、一秒でも早く死んでもらうぜ? うちのワガママ姫を待たせると五月蠅そうなんでな」
返り血を浴びながらカインの三白眼ぎみの目が鋭く細められ、口調はいつもの軽い調子なものの、反対に声音は酷く冷たかった。
そして放たれる彼の攻撃は、冷静に自身より巨大な敵を葬る為の手順をこなしている様にも見える。
バアルの斬られた足からは赤い血が噴き出、蜘蛛の様な足が三本も一気になくなったせいで、バアル自身のバランスが崩れた。
巨大な身体が地面に向かい斜めに倒れてくると、バアルの上半身がカインの剣の間合いに入る。
そこで、カインは先程横一文字に斬った剣を振り上げると、右斜め上から左斜め下へと斬撃を繰り出す。
しかし、バアルの身体がカインの剣の刃が触れる直前で、カインの斬撃は体勢を崩しながらバアルに操られる槍の柄によって刃を受け止められてしまう。
互いの得物が交差した瞬間、甲高い音と共に暴風が吹き荒れる。
バアルはすかさず、交差させた穂先側の柄でカインの剣の刃を外側から内側へと絡め、剣の軌道を自身の穂先と共に天へと向けさす。
剣を天に向けさせた位置から瞬時にバアルは、降り上がった槍の穂先をカインの頭目掛けて振り落とす。
カイン自身の顔よりも太くて大きな槍の穂先を使い、上から下へ重力を乗せて叩き潰そうとしてくるバアルに、カインは左横に転がる様にして槍を避けて躱した。
『やるではないか』
体勢を完全に立て直したバアルは凶悪な笑みを浮かべ、カインの起き上がる隙を狙い鋭い突きを放った。
しかし、それを又もカインは突きを放ち、尖った穂先を剣の切っ先に当てて止めてみせる。
「アンタの槍じゃ、的がデカ過ぎて止めるのが楽で助かるよ」
地面から素早く起き剣と槍の押し合いをしながら、カインは片方の口の端をつり上げて笑う。
『よくぞほざいた! ならば我の槍撃、全て受け止めてみせよ!』
鼓膜を激しく震わせるバアルの声と共に、互いに拮抗する剣先と穂先に先程までより強く力を互いに込め合うと、切っ先同士に集まる力が爆発した様に、両者の得物が後方へと弾かれた。
そこでできた隙を互いに逃すまいと相手に向かって目まぐるしく突きを放ち合う。
「ヒュー! スリル満点なゲームだな!」
カインは口笛を吹き、はしゃぐ子供の様に連続して突きを放つ。
バアルから自身に向けて放たれる槍の突きは、連続で的確に人体の急所を狙ってくるが、カインはそれを全て見極め、身体を半身にし、右手だけで握ったガラスの剣の剣先で次々と突きを相殺し合う。
いくらバアルの槍が大きいと言っても穂先は鋭く尖っており、急所を突かれれば致命傷になる。
更に突き切られれば急所の場所など関係なく身体自体に大きな槍で風穴を空けられるであろうことは想像に難くないが。
『馬鹿にしおってぇ! 小僧がぁああああ!』
人間の片手の力で放たれる突きの剣先で、自らの槍の突きを全て止められたバアルは苛立ち、怒鳴り声を上げ、瞬時に突きから、横に半円を描く様に、穂先とは逆の柄をカインに向けて打撃技として放つ。
「ぐっ!」
迫りくるバアルの槍の柄をカインは剣の腹で受け止めたが、バアルの馬鹿力に遠心力が乗ったこの攻撃には、流石のカインも耐え切れず、そのまま横に吹っ飛び廃村に残っていた数少ない原型を保っていた崩れた石造りの建物の壁へと突っ込まされた。
受けきれないと判断し、とっさに衝撃がくる方向へ自ら飛び、威力を多少は軽減させたカインだったが、衝撃を殺しきれずに、槍の柄と壁に挟まれる様に強く頭に衝撃をくらってしまう。
視界が揺らぐ。
「ちっ。馬鹿力が」
更に脳を揺らされ意識が混濁し遠のくのを感じたカインは、自ら舌を強く噛み、痛みで意識を無理矢理保たせる。
舌の痛みと口の中に広がる鉄と血の味が、カインは自身が生きている実感をする。
後頭部がぶつかったダメージで頭がガンガンし、額は切れ、そのまま血が顔を流れていき片方の視界を赤く染めた。
バアルはカインが飛んで行った方にある瓦礫の山を睨み、死んだかどうか様子を窺い続けていると、頭から赤い血を流したカインが瓦礫を押し退けて立ち上がった。
瓦礫を押し退け、その上に立つカインは切れた額から流れ続ける血のせいで、片方の目の瞼を閉じており、距離間や片方しか視界がきかないことで不利になってしまう。
だが、そんな危機的状況下でもカインは不敵な笑みは絶やさずに、口内に溜まった血を挑発的に足元の瓦礫に吐き捨てる。
「はん。今のはなかなか効いたぜ? そのお返しに飛ぶ斬撃をプレゼントしてやるよ」
一度鼻で笑い、カインは自身が負ったダメージなど全く問題無いと知らしめる様に、自身から離れた場所に立つバアルへと、片手に持った剣を掌で回して逆手持ちに変えるとガラスの剣を神速の速さで右斜め下から左斜め上へとその場で空間を斬り上げた。
すると斬撃から発生した紫苑色の魔力の籠った真空波が弧を描きバアルに向かい飛んでいったのである。
更に剣先を振り切った所で逆手を順手に持ち直し、今度は両手でそのまま左斜め上から右斜め下へと、又もや神速で剣を振り下ろし、その場で空間に袈裟斬りを放つ。
するともう一撃、紫苑色の魔力の籠った真空波が生まれ、弧を描きながら二発目の斬撃を飛翔さす。
バアルは一撃目の紫苑色の真空波の飛ぶ斬撃を避け様とするが足が足りない為、動きが鈍いと判断し、背の翼を使い飛んできた斬撃を空へ躱すが、それを狙っていたかの様に、飛び上がった位置で二撃目の紫苑色の真空波の飛ぶ斬撃を身体に受けてしまう。
カインの放ったその紫苑色の斬撃の切れ味は凄まじく、硬い肌に覆われたバアルの上半身と下半身を斜めに切断させる程だった。
自身の身体を容易く斬った斬撃が信じられず驚愕の表情を浮かべると、その斬撃がどれ程の威力だったのかと、ついバアルは後ろを見てしまう。
そんなバアルの視線の先には更に信じ難い光景が広がっており、驚愕に目を見開いてしまった。
何故ならば二夜の月の夜の世界が二か所、斜めに切れ、時空――空間がズレて景色も斬られ、本当にまるで世界が斬られたかの様であったからである。
そう、この剣術こそ、かつて古の伝説に謳われた竜の因子を宿しし剣士、レイ=ガーランドが放ったという世界をも斬る斬撃なのだとバアルは戦慄した。
「はん。よそ見しててもいいのか?」
バアルが驚愕している間に、離れた位置に居たカインがバアルとの距離を地面を蹴り一瞬で潰し、更にバアルの顔まで跳躍したカインが笑いかける。
バアルは声がする方へ向くと、そこには片目に入った血のせいで片方の目の瞼を閉じたカインが、笑みを浮かべる顔があった。
そう、獣の様に獰猛で不敵な笑みを浮かべた顔が。
カインは跳躍し今度はバアルの首を刎ねようと、空中で横一文字に凄まじい速さで剣を振ろうとするが、バアルがとっさに口から炎を吐きそれを邪魔した。
「はん。関係ないね」
だがバアルの吐いた炎を一笑し、カインは身体も振る剣も止めることなくその炎ごとバアルの首を横一文字に斬った。
『グフッ! ば、馬鹿な……我が人間の小僧に……敗北するなどとは……』
下半身が横たわる地面に、今度は上半身まで地面に落ちるバアル。
そのバアルは、あまりの鋭い斬撃に、斬首した首の細胞がまだ斬られたことに気付かず繋がったままだった。
バアルは目を見開き呟く。
少しずつ首に横線が入っていき、細胞が斬られた事に気付き出す。
首に横線の傷が浮かび上がると、徐々にそこから赤い血が流れ落ちていく。
「地獄はあちらだぜ?」
意識を失いそうになっていたバアルに、握った手の親指だけを立ててカインは地獄の門を指し示し、まるでそちらに行けと言うかの様に不敵にニヤリと笑って口にする。
次の瞬間、カインがいつも浮かべている軽い調子の笑みが一瞬にして消え去ると、今迄で一番鋭く、そして速い斬撃をバアルに連続で放ちだす。
袈裟斬り、左斬り上げ、逆袈裟斬り、右斬り上げ、右薙ぎ、逆風、唐竹、最後に胸にガラスの剣を深く突き刺した。
『グハッ!』
バアルは苦悶の表情と、口からおびただしい量の血を吐くと、カインが斬った全ての斬撃が闇夜の中で月光に反射し幾重も剣閃を残す。
そしてその斬撃はバアルの身体もろとも、空間――世界までをも斬る。
バアルの周りの風景が次々にズレていく。
その攻撃で遂に意識が途絶えたバアルを見て、カインは腹へ深々と刺したガラスの剣を引き抜き、バアルに背を向けた。
そして一度、刃に着いた血を剣を斜め下に振って振り落とすと、剣の刃を肩に担ぎながら不死の森へと向かって歩き出した。
カインが去る背に広がる風景は廃村にあった何とか形を残していた建物は全て砕け散り、瓦礫へと変わり果てていた。
カインと大公爵バアルの戦いは時間こそ短かったが、世界にとって苛烈だった。
森の大木は何本も折れ、地面はひび割れ、大きな窪みが出来上がっており、廃村には二人の攻撃の風圧等から免れた半ヴァンパイアの屍があるだけだった。
『……貴様、本当に人間か?』
突如闇夜に絶命したはずのバアルの口が開かれる。
バアルの首と身体の細胞達は、まだ崩れ去ってはいなかった。
さすが上位悪魔、身体が頑丈だということだろうか、だがそうだとしても、バアルの細胞や肉はもう斬られたことを理解し始め、身体はズレ出し、どんどんと崩壊が始まっている、意識があり喋れるのは尋常ではなかった。
その為カインは驚き、振り向いてバアルを指差しながら口笛を吹いた。
流石地獄の大公爵、悪魔バアルと言った所だろうか、まだ身体を保ち喋れるとは。
だが、カインもそういった点では負けてはいない。
これだけ戦った後だというのに息一つ乱さず、大した傷も負わずに勝利したのだ。
「失礼な奴だな。人間以外に産まれた覚えはないが? 今、お前の目には俺がお前のお袋に映ってるんなら俺がこれ以上斬らなくても、もうじき死ねるから安心しろ」
両手を広げカインは質問された内容に抗議の声を上げ、ワインレッドのレザーコートを靡かせると最後には再びバアルに指を指し皮肉を言い軽く数度頷いた。
この戦闘が始まってから終わるまで見せ続けた凶悪で不敵な笑みで。
『フハハハハハハハハハ。なるほど貴様はやはり危険だ……ここで我と共に死んでもらうぞ!』
愉快気にバアルは笑うと、今も止まることなく崩れていく身体を無理矢理動かし、崩壊していく身体を使って槍を地面から拾いあげると『獄炎』と叫びながら轟音を立てさせてバアルは地面に槍を突き刺す。
その瞬間余裕を見せていたカインは背中がゾクリとし、身体中に鳥肌が立つ。
バアルが纏う魔力の濃さに今から放とうとしている技は危険だと、カインは本能で理解する。
流石、地獄の大公爵バアルと言った所か、命はとうに尽きているはずなのに、まだ動き、更に切り札まで切ろうとしているのだから。
槍の穂先からバアルの身体の外側へと、地獄の炎の波が円状に広がり向き合うカインに迫って来る。
カインは舌打ちすると、身体中に神経の様に張り巡る術式を起動させる。
その術式が身体の中に魔魂炉を構築させると、自身の魂に宿りしフェンリルの因子を魔魂炉内で起動させる為に自身の魔力で火をくべる。
迫りくる炎を睨み、剣を片手に手首を交差させ、身を屈ませて足元に自分を囲う様に紫色の光を放つ魔法陣を素早く描く。
魔魂炉が起動したことによりドクンっとカインの心臓が大きく跳ねる。
身体と魂に負荷をかけ続け、魔魂炉によってひたすら上昇する魔力に伴い、自身に埋め込まれた暴れる因子をカインは必死に制御する。
すると魔法陣内の自身の身体に重なる様に大きな透けた銀色の狼が浮かび出した。
ここで行使する術の式を詠唱し、更に魔法陣を細かく組み込む。
この技は自身の魂を具現化する特殊な魔法だ。
自身の魂を体外に魔力で構築・又は具現化し、実体がない大きな銀狼がカインに重なり二夜の月を見上げて遠吠えをした。
その銀狼が鋭い牙を口から覗かせながら、口内に紫色の魔力が集まり始める。
「我が魂に宿りしフェンリルの因子よ、終焉の咆哮を!」
カインの言霊が発射キーになり、自身の魂の形の大きな銀狼が紫の魔力波を口から放つ。
轟音を轟かせながら、地面を抉り、目の前に迫ったバアルの獄炎をあっさり貫くと、そのままバアルに魔力波が直撃する。
二夜の月が浮かぶ夜が紫苑色の朝焼けの様に明るくなる中、カインが放った魔力波はバアルの塵すら残さずに世界から消滅させた。
そして、紫の魔力波と共に消えた明るさがなくなると、二夜の月が再び照らす廃村は、カインが放った位置から一直線に地面が魔力派で抉られており、それが地平線まで続いていた。
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ふふふふふ、最近病んでる作者です……ふふふ♪
_(:3」∠)_