地獄の大公爵
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二夜の月をまるで闇が隠すかの様に暗雲が立ち込め、廃村には生物が死を連想させる程の瘴気が広がる。
急激に目を襲う閃光の後に轟音を発したのは稲妻だった。
その稲妻が、幾つも廃村の至る所に落ち出す。
そして、そんな負の瘴気が満ちる中、地面に赤々と輝く魔法陣からは、まるで天を貫くかの様な高さを誇る、地獄の門が段々と浮き上がって来る。
「ヒュー。三つ首ワンちゃんでも呼び出してくれれば助かるんだがな」
「はぁ。僕達が地獄の門を通ろうとしない限りは大丈夫だと思いたいね」
カインは軽い調子を取り戻し、口笛を吹いておどけてみせた。
それに対し、アベルは溜息を吐き、迅速にキャサリン達聖騎士を自分の元へ集めると聖剣エクスカリバーを構える。
「さぁ! 我が呼び声に従い現れ、私に忠誠を誓いなさい! バアル!」
スカーレットが声高に召喚する者の名を口にすると、カイン以外の者はその名に驚き、焦りを覚えながら地獄の門を見据える。
それも当たり前だろう、今スカーレットが呼び出そうとしている者は、地獄の大公爵である悪魔、バアルだったのだから。
地獄の門は天を貫き、魔法陣から完全に出現する。
その姿は黒く、おどろおどろしい彫刻がされ、様々な生き物の骨で造られていた。
ゆっくりと地獄の門の両開きの扉が開きだす。
が、門が開き切る前に、早く地獄の門から出たいのか、突如、鋭い爪が生えた巨大な獣の様な両手が扉を掴み、強引に地獄の門を開ける。
低い唸り声を発し、地獄の門から現れたその者は、空に居るスカーレット程の背丈をもつ巨大な悪魔、バアルだった。
背に生えた大きな羽は漆黒に染まり、顔と上半身は二本の角が生えたオーガの様にごつごつとし、肌は紫色で足は蜘蛛のような形をしていた。
手に持った大きな槍は、とても人間が争えそうな大きさではない。
暗雲で月が隠れた夜空からは雷が何度も落ち、廃村にはその衝撃と暴風が吹き荒れる。
「フフフフフフ……ハハハハハハハ!」
悪魔バアルを召喚する事に成功したスカーレットは、自身の両手で身体を抱きしめ、喜びに打ち震えていた。
『我を召喚したのは貴様か?』
恐ろしい程尖った歯が並ぶ口を開け、低く獣の様な声音でバアルが問いかける。
「そうよ! 今日からこのスカーレット様が貴方の主よ!」
スカーレットは自身を抱きしめていた両手を大きく広げ、轟雷の中で醜く嗤う。
『貴様は我を呼び出して何を望む?』
抑揚なく喋るバアルはニヤリと笑い、鋭く獣の様な黄金色の眼光をギロリと動かし、スカーレットへ問いかける。
「あそこに居る蛆虫共! あの人間達を痛めつけて痛めつけて、生きていることを後悔させてから殺しなさい!」
醜い欲望を口にしたスカーレットはカイン達を指差し望みを言った。
『いいだろう……その願い、叶えてやろう。だが我に願いを口にするということは、わかっていよう? 生贄を捧げろ』
「生贄ですって? そんなものカーミラお姉さまは一言も……」
バアルに生贄が必要などとは聞いていなかったスカーレットは訝し気に眉を寄せる。
『まさか贄を用意せず我を呼び出す愚か者が居ようとはな……』
「誰が愚かですって!? 私は高貴なヴァンパイアなのよ! 私が主で貴方が下僕なの! 理解しているのかしら? いいからさっさとあの人間共を殺しなさい! この愚図が! 生贄ならその後にご褒美として考えてあげなくもないわ」
どこまでも自身が高貴だと思い込み、この召喚の儀で呼び出した者が主であると勝手に思い込んでいるスカーレットは、バアルの言葉が許せず、見下し罵声した。
『ほう? 我が貴様の下僕とは面白いことを言う蝙蝠だ』
獣の様な黄金色の瞳に危険な光をはらませて、蝙蝠の羽を生やして宙に浮くスカーレットをバアルが、ごつごつとした紫色の獣の手で握りしめる。
「な、何なの!? ちょっと放しなさい! これは命令よ!」
まさか自分の言うことに従わないなどとは、夢にも思っていなかったスカーレットは、突然バアルの大きな手に掴まれる。
凶悪な笑みを浮かべたバアルがスカーレットを握る手の力を少し増させると、身体を襲う痛みに叫び、バアルの手から逃れようとスカーレットは必死に足掻く。
「や、やめなさい! 生贄が要るなんて聞いてないわ! カーミラお姉さま助けて! 嫌、嫌……いやぁああああああああああ!」
迫りくる死の恐怖に怯え、必死に足搔きカーミラに助けを求めるが、カーミラが助けに来る気配はしない。
狂った様に大きな悲鳴を上げるスカーレットは、バアルが開けた大きな口に放り込まれ、ギザギザに尖った歯で噛み砕かれた。
そのバアルの口からは生々しくゴキゴキと骨が折れる音や、肉を噛む咀嚼音が発せられる。
「お前等散れっ!」
スカーレットがバアルに食われるのを青い顔で見ていた聖騎士達に、突然カインが叫ぶと、大きな槍の穂先がカイン達に向かって迫ってきている所だった。
それをいち早く察知したカインが、アベルや聖騎士達に叫んだのだ。
神速の速さで自分達に迫る鈍色に光る穂先に向かい、カインがガラスの剣を前へ鋭く突き出す。
直後、もの凄い衝撃音が辺りに響く。
「振り向くな! マリアの元まで走って逃げろ! アベル悪いがマリアを頼む。万が一俺が負ければ、シャロンだけだとまずい」
それはバアルの槍の穂先を、カインがガラスの剣の切っ先を当てて止めるという神業をやってのけた為の衝撃音だった。
「なら! 僕も一緒に戦えば!」
カインの言葉を聞くも槍の迫る迫力に、その場に座り込んでしまった聖騎士達とは違い、バックステップの跳躍のみで、バアルの穂先の攻撃範囲から逃れたアベルは、油断なくバアルに対しエクスカリバーを構える。
「いや、お前達は廃城に先に向かってヴラドの野郎を殺しちまえ。ヴァンパイアの花嫁の儀も問題だが、お前達ミズガルズ王国にとってはそれだけじゃないだろう? だから、お前はヴラドの野郎を暗殺する任務を遂行しに行け」
真剣な顔と三白眼ぎみのカインの目は更に険しく細められバアルを睨み、まるで力比べをしているかの様に、互いの得物の切っ先と切っ先を片手で押し合う。
カインの言う正論に納得してしまう自分をアベルは悔しく思いながら、聖騎士達の一人に手を差し伸べ、それを見たキャサリンが隊員達を立たせて纏め、アベルの指示に従いマリアの元へと走っていく。
「先に行って待っているからな! カイン!」
走りながら肩越しに振り向くアベル。
「お前等がさっさと殺してくれるなら、こっちは楽できて依頼達成さ」
それに対し、空いている左手の親指を立てて答えるカイン。
「なかなか、感極まる男の友情ですわね?」
突如、廃村の村に響く美声に、バアル以外の人間が皆そちらを向く。
そこにはさっきまで馬に跨ったマリアとシャロンが居たはずだが、その馬は絶命し、血を流して地面に倒れていた。
その死んだ馬の横には白に近い銀髪の美女が立っていた。
マリアの腰と脇下を後ろから抱きしめる様にしながら。
そのマリアはというと、何らかの魔術によってか眠る様に瞼を閉じており、力が完全に抜けてしまっているのか、身体がダラリとしていた。
更にその足元にはシャロンが地面にうつ伏せに倒れている。
長く透き通る様な白い銀髪に、紅の瞳、胸が大きく開いた真っ白なドレスは、豊満な身体を包んでいる。
そしてマリアを抱きしめているその美女は、見る者が寒気がするほど冷たく微笑む。
「計画通りといったところかしら? スカーレットがちゃんと役に立ってくれてよかったわ。あの子のお蔭でこうしてヴァンパイアの花嫁をカインから遠ざけて連れ去れるんですもの」
美女は、ぺろりと妖艶にマリアの首筋に舌を這わすと、口元から鋭い牙を覗かせた。
紅い瞳に二本の牙、そして美女の言葉を聞いた瞬間、カインはスカーレットもヴァイスも半ヴァンパイアの村人達も、この悪魔バアルの召喚すらも、シャロンを無力化しマリアを後ろから抱き寄せて愉快気に立っている美女が――始祖ヴァンパイアのそこの女が、マリアを攫う為に全て仕組んだことだと理解し、獣の様な獰猛な顔で思い当たる名を叫ぶ。
「カーミラァアアアアアアア!」
そう、始祖ヴァンパイアの一人であるカーミラは、自身の名前を叫ぶカインを見て、カインが考えた推測も、自身の名も正解だと告げる様に、妖艶に、それでいて悪戯な微笑を浮かべる。
笑みを消さずにカーミラが、何かを詠唱し始めると自身を含むマリアとシャロンの足元に、黒く光る魔法陣が描かれていく。
「いいわぁ。その顔、その声……もし次に会えるとしたら、どんな絶望に染まった顔と言葉を私に向けてくれるのかしらね。ボウヤ? フフフフフ」
カーミラの妖艶さと邪悪さが混じった嘲笑は、足元の魔法陣から放たれる闇色の黒い光がカーミラ達三人を包み、その黒い光と共にその場から三人が消えるまで闇夜に響いた。
「クソッ! 転移魔法か」
マリア達が消えた方を見ながら状況を把握するカイン。
カインはマリアが連れ去られた焦りを抑え、バアルの槍の穂先と剣の切っ先で力比べをしていた状態から、一度剣を手前に引き、剣を手に宙へ飛ぶと、足元を凄い速さで過ぎていく槍の柄を見る。
槍は地響きの様な大きな音を廃村に立てながら、地面を裂く様に割って深く刺さり、やっと止まった。
それを待っていたとばかりにカインはバアルの槍の柄に着地すると、バアルの顔目掛けて一気に槍を駆け上がっていく。
バアルはそれを阻止しようと、槍を引き抜こうとするが、深く地面に刺さってしまっていた為、引き抜くのにもたついてしまう。
その隙を突き、カインは足場にしている柄から低く跳躍し、バアルの顔までの距離を一気に潰す。
そしてカインはそのまま右足を踏み込み、低姿勢の状態から斜め上にあるバアルの顔目掛けて剣を横一文字に一閃する。
ガチンっと大きな音を立て、カインの斬撃をバアルは凶悪な歯で刃を噛むという方法で止める。
「ヒュー。虫歯に強そうな歯だな」
斬撃を歯で止めたバアルに、内心の焦りを誤魔化す様に口笛を吹いて軽口を叩くカインに、バアルはそのままニヤリと笑うと、地面から槍を引き抜き自身の手前に柄を引くと、凶悪に尖った歯がギザギザに並ぶ口を大きく開けた。
バアルの口が開いた瞬間、剣が自由になったカインだが、そのまま次の攻撃には移らなかった。
自身の足場に使っていた槍の柄が動くのと、バアルの口内に強力な魔力収集を察知したからだ。
素早くカインは真上に跳躍し、バアルの口から放たれる炎を躱す。
そこを勝機と判断するバアル。
何故ならば空中に居るカインでは攻撃を躱せないと踏んだからだ。
『馬鹿め!』
バアルは炎を吹くのを止め、真上のカイン目掛けて鋭い槍の突きを放つ。
が、その行動を読んでいたカインは、自身に迫りくる穂先を剣の腹で受け止め、押上られる力を利用し、剣を支点に足を空に向ける。
「はん。口から火を吹く曲芸の後は何を見せてくれるんだ?」
カインは少しの間宙に浮いていると上に上がる力と重力が相殺し合う瞬間、空中に壁でもあるかの様に何もない空間を蹴り、勢いよく降下してバアルの頭上から剣を左斜め下から右斜め上へ斬る。
その攻撃に一瞬驚くバアルだったが、冷静に槍の穂先の逆を頭上へ横から半円を描く様に振るいカインの斬撃に合す。
甲高い金属音同士がぶつかる様な音が響き、バアルが上を見上げる中、その少し上でカインは宙に押しとどめられバアルの槍の柄とカインの剣が交差し、両者の動きが止まる。
『ハハハハハ! 人間の分際で我と渡り合うとは驚いたぞ? 小僧』
両者が得物同士を通じ、力を押し合う最中に実に嬉しそうにバアルが笑う。
「そりゃどうも。普段ならお前にもう少し付き合ってやってもいいんだが、悪いがさっさとぶった斬らせてもらうぜ?」
何処までもマリアを攫われた焦りを表面から底へ押し込み、カインはバアルに挑発的に笑う。
『ほう? その前に一つ貴様に問おう。そのガラスの剣、覚醒はしていない様だが神々が斬ることだけを追求し作られた銘無き剣――断罪の剣は……レイ=ガーランドが振っるっていた剣か? 神々が作り魔に堕ちた魔剣。だということは貴様はあの男の息子か?』
「はん? 義父に何か苦情でも? だとしたら本人に言ってくれ」
宙で拮抗している力が重力に負け、カインは地面に着地して問い返す。
『やはりそうか! フフフフフ、フハハハハハハ!』
バアルは地面に降りたカインを見下ろし歓喜の笑い声を上げる。
『この数多の神々が集まったせいで調律が狂い、歪んでしまったこの世界の理を斬り裂く男の剣を受け継いだ息子よ! 貴様を放って置いておく訳にはいかん。ここで我が地獄に案内してくれよう!』
「ふん。一人で地獄に帰れないなら、俺が優しくエスコートしてやるよ? クソ大公爵様」
バアルの言葉にカインが挑発的に返すと、人がかつて住んでいた廃村は一触即発の剣呑な雰囲気が充満し、互いに鋭く目を細め、睨みあう二人は、凶悪な笑みを顔に浮かべる。
互いに動かない二人は、暗雲に隠れていた二夜の月が再び顔を出し、夜の闇に光が差した瞬間、再び戦いの幕が上がったのだった。
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俺……一章終わったら、今迄の話の誤字脱字修正とか、おかしい文章や表現直すんだ……
ストーリーを変える気はないので読み直さなくて大丈夫にはする予定です!!
_(:3」∠)_