凍らせた心を温めないで
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日が昇りきってもミズガルズ王国のスラム街は、あまり太陽の日差しが届かず、何処かジメジメとし陰鬱な雰囲気を醸し出していた。
スラムの細く、あまり整備されてるとは言えない道をマリアは走り続け、今、自分の心の中で起きている異常事態に困惑し、恐怖していた。
こんな自分が自分でなくなる様な感覚は、生まれて初めての経験で、マリアはひたすら自問自答を胸中で繰り返していた。
――なんだよ! なんなんだよ! どうしちまったんだアタシは! 今迄アタシは自分の存在を否定されてばかりだった……かかわった奴等は皆……皆不幸になっていった。だけどアイツは義眼のクソ野郎の言葉に、今迄のアタシの人生に、アイツは……カインはアタシの存在を否定しなかった。それどころか肯定した。いや、それなら義母さんだって、船の仲間達だって、アタシを責めずに肯定してくれてたじゃねーか。
必死で何かから逃げる様に走るマリアの視界が滲む。
――故郷の森でも、村でも、流れ着いた港町でも、周りのガキ達が当たり前の様に親や他人から与えられてる優しさが羨ましかったさ! 妬ましかったさ! アタシは何もしてないのに、アタシのせいで悪いことが起こる……何でだよ!? 何でアタシがヴァンパイアの花嫁なんだよ! ふざけんなよ! 何でだよ!! アタシが望んだ訳じゃねぇだろ!? 誰か代わってくれよ!! そうだ……ホントはアタシはいつもそう思ってた。
マリアの自身の慟哭に、目から頬へと涙が伝う。
――ひと時ならあった……ひと時なら優しさを、温かさを、アタシに与えてくれる人達が現れた。嬉しかった! 夢みたいだった! でも、手に入ったと思ったらすぐに指の隙間から、いつも零れ落ちちまう……きっとアタシにとって故郷の森でされたことや、言われたことなんざ、大したことじゃなかったんだ。優しさを! 温かさを知らなかったから! 認識できてなかったから、テメェ自身でわかってなかったんだ! でも、一度でも知ったら、一度でも知ったらよ……もう知らなかった自分には戻れなかった!! 失うことに耐えられなくなっちまった!! だからアタシは自分の心を凍らせた!!
何かにつまずいて、マリアは地面にこけた。
ズキズキと膝が痛み、擦り傷から血が滲む。
――こえぇんだよ!! 怖くて仕方がねぇんだよ!! 優しさがよ!! 温かさってヤツがよ!! 死んだアルビダ義母さんにだって、殺されちまった船の仲間達にだって……どこかアタシは心を開いてなかった……だって、そうだろ? また失うかも知れねぇんだぜ? また、お前のせいで不幸になったって言われちまうかもしれねぇんだぜ? もう嫌なんだよ……もう無理なんだよ! もうあの失った時の感情には耐えられねぇんだよ!!
うつ伏せに倒れた体勢を少し起こすと、今度は地面に蹲り、傷ついた膝を抱えながらマリアは泣いていた。
――なのにアイツは言った……全部アタシのことを知ってるのにアタシは悪くないと! 生きるために捻くれて、歪んじまって、世界を斜めから見ることで保ってた心を知って、褒めてくれた……そうまでして最後まで守ってきたものをアイツは知ってるんだ……カインはアタシを知ったうえで、アタシを見て、アタシがこの世に居ていいことを肯定してくれた!! 全部知って、本当のアタシを見透かして、いい女だって、綺麗だって言ってくれた。
そしてマリアは立ち上がり、再び走り出す。カインが居る場所より少しでも遠くへと。
――ハハハハハハハ、ちょれぇーアタシ超チョロい。カインがアタシに対して言う冗談に、いちいちドキドキさせられて、いちいち反応しちまって、他の女を褒めたり見たりしただけで苛々して、これじゃまるで恋する小娘だ。
王都の人波をかき分けて走り続け、もう肩で息をしていたマリアが足を止めた場所は、大きな地母神が持った瓶から水が出る、ミズガルズ王国の住民達が穏やかに休む噴水広場だった。
円状に広がる広場の縁に置いてある、石造りの長椅子に腰をかけ、マリアは広場で過ごす人々や通り過ぎていく人をぼんやりと眺める。
――せっかく何も感じない様に凍らせた心を、あったかいもんで包むんじゃねぇよ……割れちまうだろうが。
それからマリアは王都の日が暮れ始め、夕日が街並みや公園を茜色に照らすまで王国に住む人々を眺め続けた。
自分の目に映った人々の人生を想像しながら。
ふと、公園の噴水前を見ると、小さな男の子がちょうど母親に呼ばれ、母親の元へ元気に駆けて行くところだった。
その子供の姿をマリアは、いつもの濁った目ではなく微笑まし気に優しく見る。が、その時ふと脳裏に一人の男の子の姿が浮かぶ。
――あのガキもアレくらいの歳だったか? 確か十年くらい前、雪が降る港町の夜のことだ。アルビダ義母さんの旧友の男が、ミズガルズ王国がある大陸へ行きたいから、船に乗せて欲しいと頼んできたことがあった。その剣士の男に連れられて来たヤツが女みてーな線の細いヤツで綺麗な銀髪に、整った顔立ちをしてたんだが、まるで死んでやがるみたいな精気を感じさせない、虚ろな紫苑色の目のガキだった。そういや、髪の色も目の色もカインと同じだな、まぁ性格は真反対なガキだったが……アイツ今頃何してんのかねぇ。確か、帝国で人体実験の被験者に無理やりされてたガキで、その研究施設をあの男がぶっ壊して攫ってきたとかなんとか言ってたっけ。追われてる所をアタシ等が船に乗せたんだが……あん時は追っ手を振り切るのに大変だったなぁ。
マリアは目に映る母親と少年を眺め、自身が昔出会った少年のことを思い出していた。
その親子から目を放すと、マリアの視界に唐突に黒いドレス姿に細長い紫の布で目を隠している幼女が現れた。
彼女の陶器の様に白い肌と、腰まで届く艶のある長い髪の前髪は綺麗に切り揃えられ、何処かのお姫様の様なレースとフリルが施された豪華ワンピースに黒革のブーツ、更にドレスの胸元には黒いリボンに紫の大きな宝石が付いている。
そんな顔も身体も服装さえ人形の様に美しいシャロンを、茜色の日差しが照らす。
「ご気分はどうです、か? もう、落ち着かれました? か?」
ノースオブエデンでチェンバロを弾いていた幼女シャロンは、たどたどしい独特な口調でマリアを気遣う様に尋ねた。
「もう、大丈夫、な、ご様子です。ね?」
夕日を背にシャロンが、マリアに向かって外見とは違った大人っぽい表情で口元を僅かに微笑ませる。
「お前、確かノースオブエデンの? いや、それより一人でどうやって此処まで来たんだよ?」
「私は、この王国、一人でも問題無く、歩けます。そうです。自己紹介がまだでした。私はカイン様の、使い魔の、シャロン。以後お見知りおきを」
たどたどしい言葉使いでレースとフリルが施された漆黒のドレスのスカートの両端を軽く持ち上げ、片足を斜め後ろの内側へ引き、もう片足の膝を軽く落としたシャロンは、やはり何処かのお姫様の様に気品があり、そして可憐だった。
「やめろよ。アタシにそんな上品に挨拶する必要なんかねぇよ。それよりわざわざアタシを探しに来てくれたのか?」
「はい。そろそろ日、暮れます……それに、マリア様、ハイエルフで、美人。こんな広場で一人でいるの危険。鬱陶しい男性方? 蠅共? に目を付けられてしまう。危ないですよ?」
シャロンの言葉で自身が当たり前に認識していた茜色の日差しが、それは日暮れまで考えに耽っていた事だと認識せずにいた自身に驚き気付く。
「アタシに声をかける男なんて居やしなかったがな」
そう、マリアはシャロンに声をかけられるまで、考えに耽ることができたということは、今迄誰にも声をかけられなかったということである。
その事実をシャロンに伝えるが、シャロンは何故かおかしそうに首を横に捻り思案している。
やがて、シャロンは謎に気が付いた様に手を打つ。
「マリア様、気付いてない? 後ろ、をご覧ください」
シャロンに言われ後ろに振り向くと、そこには仏頂面をしたカインが腕を組んで立っていた。
マリアはカインを見て、心臓が跳ねるのと同時に椅子から立ち上がり、驚きの声を上げる。
「お前、いつからそこに!?」
「私がマリア様、見つけた時には、ご主人様の存在は近くに感じてた。それ、は多分、マリア様が、此処、に来て、すぐ見つけ、られたんだと、思います。よほどマリア様のこと、ご主人様は大切。だから心配。だった。ご主人様なら離れていて、も、一般人? 蠅に威圧を放てば、蠅共の本能が恐怖します。結果、マリア様。に、声をかけれない」
マリアに気付かれぬ様にしていたカインの行動を、シャロンは見えていないはずだが、まるで見えていたかの様に、マリアに伝えるシャロンは、顔に頑張って微笑みを浮かべながら説明し終えた。
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