いい女の掌の上
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「冗談じゃねぇ! ヴラド=ツェペシュのクソ野郎はアタシがこの手で殺してやるんだ!」
居住スペースから酒場のカウンター裏へ通じるドアを蹴り開け、肩で息をし、凶暴な顔で怒鳴り込んできたのは、今回の話の中心に置かれている一人である、ハイエルフの女海賊マリアだった。
彼女の登場にカインは片手で目を覆い天を仰ぐ。
アベルは出てきてしまったかと、溜息を吐いてしまう。
マリアは海賊の三角帽は被っていないものの、エルフの証ともいえる長く尖った耳が見えていた。
此処ミズガルズ王国だけでなく、エルフは希少だ。
しかもノースオブエデンに居るエルフの女だ。アベル達、聖騎士には、自分達が捕えに来た女海賊マリアだとすぐに理解される。
カウンター奥のドアから急に現れたマリアに、キャサリンは暫く驚きで思考と身体が停止していたが、すぐに我に返ると腰に帯びている聖騎士の剣の柄に手をかけ、腰を落としながら、カウンタースツールに座ったままのアベルに大きく声を発した。
「――アベル騎士長様! 女海賊マリアです!」
「そうだろうねぇ」
キャサリンがいつでも腰に帯びた剣を抜ける様に構える中、この状況下で動じず温かな珈琲を空になったカップに注ぐキース。
アベルは悠長にキースに礼を言い、新たに珈琲カップに注がれた美味い豆の香りを楽しんでから、珈琲に口をつける。
「何を悠長に珈琲など飲んでいるのですか!? アベル聖騎士長様! このエルフを確保します!」
「まぁ、待つんだキャサリン副隊長」
アベルは珈琲カップから口を離すと、カウンターのスツールから動こうとせず、のんびりした雰囲気と笑顔でキャサリンを制する。
「キャサリンもさっきのカインとの話を聞いていただろ? きっとフレイヤ女王陛下は、此処で彼女を引き渡してもらえると考えていない。というより、此処でさっき辿り着いた思惑に気付くと踏んでいるはずだ」
「しかし! 我々に下された任務は女海賊マリアの確保です!」
自身を制してくるアベルはもう一口珈琲を楽しむ。
そんなアベルに、キャサリンは険しい表情で食い下がった。
そんな二人のやり取りを剣呑な瞳と声で、まるで獣の様に犬歯を剥き出して笑い、威嚇するマリア。
「はっ! 小娘がアタシを捕まえるって? いいぜ? やれるもんならやってみな?」
生真面目なキャサリンは、上からの命令を忠実に遂行しようとする。
それをマリアは短パンから引き抜いた銃の撃鉄を親指で起こし、キャサリンに銃口を向けて挑発した。
アベルは殺気立った店内の状況の中、わざとらしく顎に指を当て、のんきな雰囲気で思考を更に深く巡らす。
「それで? 君の立ち位置は決めたのかい?」
この舞台の役者だというのに、舞台に上がって来る気配がなかったカインを、アベルは悪戯っぽい口調で誘う。
「俺の立ち位置ねぇ……」
誘われたカインはカウンターテーブルの上に腰をかけ、先程キャサリンとやり合った食事用のナイフを指に絡めて回す。
問われた答えを口にする為、カインはマリアもキャサリンもアベルすらも見ずに、面倒そうに目線を正面斜め上あたりの虚空を見つめ、指でナイフを回し続ける。
アベルはそれを見ながら、カインの言葉から仕草まで、何が嘘で何が真実なのかわからないままだが、一つだけマリアの件だけはとっくに決めているだろうにと内心で呟く。
「ところで、エルフのお嬢さん。私はこのミズガルズ王国の聖騎士アベルという者なのですが、お嬢さんのお名前を聞かせて頂いても?」
考えるのを止め、指を顎から離したアベルは、スツールから立ち上がり自己紹介をし礼儀正しく一礼をするとマリアに名前を訊く。
「…………」
「マリアンヌだ。彼女の名前はマリアンヌ」
アベルからの問いかけに、無言で銃の引き金に指をかけ、力を入れかけたマリアに代わって、さらりとカインが嘯いた。
「という訳で人違いらしいよ? キャサリン。だから剣の柄から手を放しなさい。そしてマリアンヌさん、部下の非礼をお詫びします。なので、銃をしまって頂けませんか?」
虚空を見つめナイフを回しながら、ぬけぬけとマリアの名前をマリアンヌだと言ってのけたカインの口元は実に楽し気だ。
しかも、偽名に何の捻りもないことでキャサリンを余計に挑発していることに、アベルは流石に頭が痛くなりそうだった。
「しかし! 騎士長様!」
当然納得がいかないと食い下がろうとするキャサリンに、カインは瞳だけを虚空から「何か問題でもあるか?」と言いたげに視線を向け、更にアベルは自身の行動を鋭い目で制止を促してくる。
その二人の視線は、背筋がゾクリとする程の威圧が込められていた。
キャサリンは言葉と行動を止まらせられる。
騎士の誇りにかけてキャサリンは上司への異議とマリアを捕えるべきだと進言しようとしたが、二人の威圧にあてられた身体は全く動かなかった。
勿論、敬愛するアベルの剣の実力など、キャサリンは嫌という程知っている。
それに加え、カインに先程、圧倒的な実力差を突きつけられた脳は自分が動いても無駄だと告げてくる。
一度、自分自身に冷静になれと言い聞かせるキャサリン。
アベルが制止を促してくる理由は、先程二人が話していた女王達の企ての為だと必死に思い出させる。
その話がもし仮に本当ならば、ここは上司であるアベルに従うべきだと、刷り込まれたカインへの恐怖心を誤魔化すかの様に、無理矢理自分を納得させ、悔しさを顔から滲ませながらも戦闘態勢の構えを解き、剣の柄から手を離した。
「マリアンヌさん、どうか怒りを収めて頂きたい。そして銃も」
状況を理解したキャサリンを見届け安堵したアベルは、次に銃を突き付けてきているマリアに対し、深くお辞儀をし自分達の非礼を詫びる。
それが呆れるくらいのカインの嘘だとわかっていても。
普通ならば王国騎士の質問の受け答えで銃を向けるなど、自ら牢屋に入れてくれと言っている様なものなのだが……。
聖騎士長のアベルにここまでされてしまうと、海賊稼業で法律違反上等のマリアであっても、これで引かなければ自分の義に反してしまう。
マリアは舌打ちをし、苦い表情を浮かべ、親指で銃の撃鉄を強く抑えながら、ゆっくりと引き金を引いていき、起こした撃鉄を元に戻した。
「はん! 命拾いしたな! 国家のワンコ! そこの上司に感謝しときな」
誇り高き聖騎士が、罪人である海賊のマリアに与えられる屈辱を、身体を震わせて銀の甲冑同士が重なる部分をガシャガシャと音を立てさせて耐えるキャサリン。
そんな彼女の姿を、心配そうに見るアベルは、一度大きくフーっと長く息を吐くと、腰に下げてある小さな袋から銀貨を二枚カウンターテーブルに置いた。
キースはそれに一礼で答える。
そしてお釣りを渡そうとするキースに、カインは「お釣りは不要だよ。美味しい珈琲をありがとう」と告げた。
「じゃあ、そろそろ僕は失礼するよ。城に帰ってフレイヤ女王陛下に報告をしなきゃいけないしね」
「フレイヤのヤツには何て報告するんだ?」
後ろにいるキースにもう不要になったナイフを手で肩越しに渡すと、カウンターテーブルに置かれた珈琲代の銀貨を一枚カインは手に取る。
手に取った銀貨を今度は指で真上に弾いて、宙に舞わし落ちて来た銀貨を掴み、また弾くという遊びを始めた。
「ん~、ノースオブエデンにはマリアンヌというハイエルフの女性は確認できたものの、女海賊マリアの姿は確認できず。報告に上がってきた女海賊マリアとマリアンヌを間違えたと思われる。暗殺の任務に関しては魔神ロキがこの件の裏に居ることが推測される為、カインは了承。よって当日、任務は速やかに達成されるだろう。私達が任務を遂行するまでに女海賊マリアがツェペシュ公側に捕らわれることは天に運を委ねる他ない。って感じかな?」
「なんだそりゃ? 確かにロキの野郎が関わってたら俺は出張るだろし、任務は引き受けてやるが……そんなんで通じるのか?」
フレイヤに報告する内容を伝えるアベルに、愉快気な口調で問いかけたカイン。
アベルは、その言葉に肩を竦めるとキャサリンを連れノースオブエデンの出入り口のドアへ向かい歩み出す。
そして先にドアにまわったキャサリンがドアを開け、アベルは店外へ出る。
キャサリンがドアを開けたまま立ち。ドアからアベルは顔だけをカインの方へ振り返らせて今度はアベルが悪戯小僧の様な笑みを浮かべる。
「相手はフレイヤ女王陛下だよ? カイン。陛下の掌の上で踊らされているんだから問題ないでしょ?」
「なるほど。そりゃ納得だ。いい男はいい女の掌の上で踊ってろって訳だ?」
カウンターテーブルに腰をかけ、銀貨を弾いて宙に舞わせて遊ぶカインはアベルと皮肉を言い合い楽し気な表情を向け合う。
「そういうことさ。じゃあ今日の夜に迎えにくるよ」
「は? おいおい、式に合わせてなんだろ? いくら馬で数日かかるといっても俺に対して急すぎないか?」
アベルの言葉にカインは驚きで宙に舞って落ちて来た銀貨を掴みそこね、木の床に落としてしまう。
それを見たアベルは諦めきった爽やかな笑みを向け、キャサリンにドアを閉める様言う。更にその態度を見たカインも諦めきった顔で溜息を吐く。
「「綺麗な女はわがままを着飾ってるものさ」」
二人の重なった声の余韻はドアが閉まる音に掻き消された。
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