格の違い
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「考えるのはいいけど、そろそろいいかい? カイン」
アベルの声で思考の海底から急激に浮上させられたカインは、フル回転させた脳にどっと疲れが押し寄せたかの様に気怠げに答えた。
「ん? ああ、話しの途中で悪かったな。招待状が来たのはわかったが、それが俺に何の関係があるんだ?」
「フレイヤ女王陛下がね、ヴァンパイアの花嫁であるマリアをツェペシュ公に渡らない様に拘束し、僕とカインで廃城に居るツェペシュ公を暗殺してこいってさ」
わがままなお姫様に、無茶な事をねだられている様な困った顔のアベルは、自身の重大事項を言い終ると珈琲カップに口をつける。
アベルの飲んでいる美味いはずの珈琲の苦味が何故か急に味に増し、カインの舌にも伝わった様な気がした。
「は? フレイヤは前からイカれていたが、とうとう行ってはいけない領域に達したのか? あの女はドラクレシュティ公国との休戦協定を破り、戦争をおっぱじめる気なのか?」
フレイヤの命令に、流石のカインも驚きを隠せないのか、飲んでいたウイスキーを誤飲し、咳き込んでしまう。
「カイン……流石にその言い方は不敬が過ぎるぞ? 僕も黙っていると怒られそうだから一応は注意させてもらうけどね。それと戦争に発展しない様にするのが僕達の任務だ。勿論フレイヤ女王陛下は戦争になることも覚悟のうえだろうけど」
「はん! 勝手にそんなことの頭数に入れてんじゃねぇよ! 確かにノースオブエデンの出資や後ろ盾はフレイヤだ。だが俺はフレイヤの飼い犬になる気はねぇと言ったはずだが? あくまでも目的が一致している時に仕事は受けるって契約だ。この店は俺の趣味と実益と気分で決める!」
カインは一気に酒を煽り、キースにもう一杯注いでもらう。その時カイン達の後ろで殺気が放たれた。
「貴様! いい加減にしろ! アベル聖騎士長様が許せと仰るから私は我慢しおとなしくしていたものを! もう我慢の限界だ! アベル聖騎士長様への態度もそうだが、女王陛下を愚弄するとは! 貴様を王族不敬罪でひっとらえてやる! 覚悟しろ!」
キャサリンは殺気の次に怒声を放つと、腰に帯びていた聖騎士の剣の刀身を鞘に擦らせ、鈍い金属音を立てさせながら鞘から刃を解き放つ。
先程からキャサリンはカインが気に入らなかった。自国の女王の命で来たというのに、アベルにやる気のない態度と軽い調子で応じ。
昼前から酒を煽るカインは、キャサリンにはダメ人間にしか見えなかったのだ。
そして、そんな男が自身が仕える女王を愚弄し、自分が敬愛してやまない剣聖に舐めた態度で接し続けている。
更には剣聖自らが、わざわざ足を運んで話を聞いているというのに協力的ではないカインの態度や言葉。
ミズガルズ王国の聖騎士であることに誇りを持ち、アベルに狂信的な感情を持つ彼女にとっては我慢がならなかった。
「どうしました!? 副隊長!」
自分達の部隊の副隊長の怒鳴り声がドア越しからでも聞こえたのだろう。
二十人程の鎧を纏った男女の聖騎士がノースオブエデンの店内に雪崩れ込んできた。
アベルは今の状況に、やっぱりかと片手でこめかみを抑えて頭痛を堪えるフリをする。
「お前達! この赤いコートの男を今直ぐ職務執行妨害と王族不敬罪で拘束しろ! 最初からこうして捕え、城で情報を吐かせればアベル聖騎士長様のお手を煩わせることもなかったんだ!」
カインはスツールに座ったまま、後ろに身体を回転させると殺気と剣の刃を解き放ったキャサリンとその後ろに立っている聖騎士達を見る。
剣を抜き、烈火の如く怒る聖騎士を前にしても、カインは酒を片手から離さず余裕の表情を崩さない。
この状況に不敵表情と危険をはらんだ紫苑色の瞳がわずかにギラつく。
アベルは配属されたばかりと言っても副隊長であるキャサリンにはカインのミズガルズ王国での役目を伝えてあるし、カインの人物像を教え迂闊に手を出さない様にも言い含めてあった。
だがしかし、彼女の優秀だが生真面目過ぎで、自身でも気付かない程に驕りを持ち過ぎている彼女には、口頭での説明など意味がないことはわかっていた。
だからこうしてキャサリンが我慢の限界を超え、カインに牙を剥くであろうこともアベルには予想済みだ。
危うい彼女がこれから成長する為と、実際にこれから一緒に任務で関わるカインを知る為には、身を持って味わった方が良いとアベルは彼女を此処へ連れて来たのだ。
カインが今回の女王の命に腹を立て、怒ったキャサリンがつっかかり、戦闘になればカインの怒りも少しは晴れ、キャサリンにとっては良い薬となる。
アベルにはそんな思惑があったのだが、少し計算を間違っていた様だと気付く。
カインのロキに対しての思いや、自分を体よく利用する者への怒りだけではなく、何か他の要素の怒りが、いつもは紫苑色の瞳を眠そうにさせ、気怠げな態度をとるカインにはあると気付いたのだ。
きっとそれは女海賊マリアのことだとアベルの勘が告げ、脳が現状に警鐘を鳴らす。
アベルはいつでもスツールから立ち上がり、カインとキャサリンを止めれる様、自身の身体に準備させる。
現状に焦りを覚えるのはアベルだけでなく、特務隊の隊員達もだった。
「ふ、副隊長!? 赤いコートの男を捕らえろとのことですが……ま、まさかそこに居られる、カ、カイン殿のことではありませんよね?」
「何を寝惚けたことを言っている! そこにいるカインという男に間違いない!」
既に抜刀している特務隊のキャサリン副隊長の言葉に、同じ特務隊の聖騎士達は顔を青くさせる。
「し、しかし副隊長、カイン殿を捕えるには我々だけでは……」
「副隊長! どうか冷静に! カインさんのふざけた態度は気にした方が負けです!」
「くそっ! マジかよ!?」
「アベル聖騎士長! キャサリン副隊長はまだ特務隊に入って日が浅いんです!」
「キャサリン副隊長! どうか剣を収めてください! 無謀です!」
「アベル聖騎士長。副隊長を止めてください!」
酒場の店内に入って来た聖騎士達が、次々にキャサリンが行おうとしてる行動に対し、否定的な言葉や、冷静になる様声を上げる。
中にはアベルに助けを求める声すらあった。
声をかけられているアベルは内心焦りながらも表面上は何でもないと落ち着いた表情で、珈琲を飲み、まだ計算通りに行くかギリギリまで待っている。
そんなアベルに口ではなく目でカインはキャサリンで遊んでいいか尋ねた。
カインは怒りはあるが、冷静さが残っていることにアベルは安堵する。
「とりあえず、キャサリンは剣を収める気はない? 冷静に話し合いで解決が僕としては望ましいんだけど?」
「アベル聖騎士長様! 貴方がお優しい方なのはわかっております! ですが、その優しさに付け込む様な輩は許せません!」
まさに聖騎士であるといった毅然とした態度と、彼女の凛とした表情にカインへの怒りを込めて返答をしてきたキャサリンに、アベルはカインの方へ再び目線を向け、お手柔らかに頼むよと目で言った。
「カイン様、ブランチ代わりにソーセージをご用意しました。ウイスキーとの相性も良いかと」
女聖騎士の方を向いているカインに、キースが陶器の皿に置いた四、五本の焼いたソーセージに塩コショウをかけたモノを金属製のナイフとフォークを揃えてカウンターテーブルに置く。
言われたカインはソーセージを一本指で摘まみ、数回噛んでから飲み込む。
そして酒が入っているグラスを持っていない左手でナイフを掴んだ。
「あー、キャサリンだったな? それと特務隊の聖騎士達? 来る気なら構わないが死にたくなければ全力で来い」
軽く憂さ晴らしする気満々のカインの上からの言葉に、キャサリンは怒鳴りつける。
「貴様……その食事用のナイフで我が聖騎士の剣とやり合うと言うの? 馬鹿にするのも大概にしろ!」
キャサリンは頭の血管が切れるのではないかと言う程の雄叫びを上げ、カウンターに座るカインに斬りかかる為に床を蹴る。
床を蹴ったことで、自分とカインとの間を瞬時に潰し、キャサリンはカインを右上から袈裟斬りにし様とする。
聖騎士の剣がカインの肩に迫る。
が、その状況でカインは悪ガキの笑みでナイフと剣が十字になる様に止めてみせた。
剣を受け止めたただの金属製のナイフは、切れることも、折れることも、曲がることすらなく、キャサリンの振り下ろした剣の一番威力が乗っていない場所を、カインはナイフの刃と刀身が当たる瞬間に、ナイフに伝わる衝撃を手前に引くことで斬撃を殺した。
たかが食事用の金属製のナイフで自分の斬撃を止められたことに驚きで目を見開くキャサリン。
しかし、驚愕に囚われることなく素早く次の行動に出れたのは、褒めるべきだろう。
キャサリンは止められた剣の刃を横に向け、カインの喉をめがけて突きを放つ。
剣の腹がナイフの刃を滑って、高い金属音を立てた。
「はっ!」
その素早い突きをカインは楽しそうに笑い声を一つあげると、自分の喉に剣先が辿り着く前に、ナイフの刃の上を突き進んできていた聖騎士剣を手首を使い外側に捻る。
すると聖騎士剣の刀身がナイフに絡められてキャサリンの剣先を下へ向けさせた。
「くっ!」
悔し気な声を上げ、キャサリンは自分の聖騎士剣が突いた床ではなく、カインの目を茶色の瞳で睨みつけた。
「チェックメイトだ聖騎士様」
片方の口の端をつり上げて笑うカインのナイフの切っ先が、いつの間にかキャサリンの喉に軽く当たっており、遊びの終わりを告げた。
「――な、何故ナイフを止めた!? 貴様はわた」
「そこまでにしておきなさい! キャサリン副隊長」
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