カインとアベル
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アベル=ハワードという男は平民から若干十五歳にして、剣聖とまで謳われる聖騎士になった人間だ。
隣国ドラクレシュティ公国との五十年にも及ぶ戦争に傭兵として参加し、次々と大きな功績をあげ、ついに停戦協定へと導いた若き英雄。
その功績を認められたアベルは王から聖騎士へと叙任され、更に爵位まで与えられた。
そして今では、ミズガルズ王国聖騎士団第十二隊の十二人の隊長達を纏め、全聖騎士の頂点に立つ聖騎士達の長――聖騎士長へと上り詰めたのであった。
「う~ん……ホントに来てない? 困ったな。こっちの情報では昨日の深夜に、此処のスラム街で女海賊マリアが妙なハデス教の司祭と悪魔共に追われてる目撃情報と、その彼女がノースオブエデンに逃げ込んだって情報を受けてるんだけど?」
その聖騎士長アベルが、女王の命令で海賊を捕えに今日ノースオブエデンに現れた。
彼がカインに話す態度や雰囲気からは、険しさは微塵も含まれてはいない。むしろ同年代の友人と雑談に興じている様な雰囲気だった。
それはカインも同じ様で。
「そうか、でも無駄足だったな。その情報は正しくない。確かに女海賊マリアが、この街に潜伏しているということと、昨日の深夜、此処のスラム街で悪魔共と追いかけっこして派手に暴れまわっていた情報は、俺んとこにも確かに入っては来てる。だが、ウチの酒場には居ねぇよ?」
カインはいつもの軽い調子は崩さず、グラスの中の琥珀色の酒を、鼻と口で昼前から楽しむ。
確かにマリアが此処のスラム街で悪魔達に追われ、暴れたし、今此処の酒場のスペースにマリアが居ないのは確かだ。
嘘は言っていない。
だが、カインはノースオブエデンに来てないとは言っていないし、マリアは今、酒場のスペース外の居住スペースに居る。
そう嘘は言ってはいない。
が、本当のことかと言われれば、ズルイ答え方である。
「ねぇ、カイン? それは今ここの酒場には居ないって言ってる訳じゃないよね?」
そして残念ながらそんな言葉遊びは、すぐにアベルに窘められる。
「ふん。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれねぇだろ?」
はぁーっと、芝居がかった様にアベルは本日何度目かの溜息を吐く。
アベルは胸中でカインのおふざけに付き合わなければいけないのは、最初からわかっていたことだろ? と自分に言い聞かせた。
「カインも知ってるとは思うけど、彼女は海賊行為をする犯罪者ってだけじゃなくてね。隣国のヴラド=ツェペシュ公である、ヴァンパイアの花嫁だっていうのが大きな問題なんだ」
カインはアベルに嘘を看破されても気にせず、ふざけた雰囲気を変えずに会話を続ける。
「ふん。確かにツェペシュ公は人間をやめてヴァンパイアになったが、あのハイエルフの女海賊マリアがそのツェペシュ公の花嫁の烙印を押されているとはねぇ?」
寝起きに酒を煽りながら、カインはあくまでも知らない体で話を進める。
アベルは空になった珈琲カップの底を見つめ、少し深刻さを声に乗せた。
「ドラクレシュティ公国とは、今は停戦してるとはいえ、油断できる状態じゃないのはカインも理解してるだろ? それにドラクレシュティ公国はツェペシュ公の不老不死だけじゃなく。国の政情や民の情勢だって悪い。他にも問題を沢山抱えているしね……いつ停戦協定が破られるかわからないよ」
「ツェペシュ公の所の魔族共が、きな臭い行動にでも出たか?」
アベルの方にカインは目をやり、悪戯小僧の笑みで訊く。
「きな臭くない時があったとでも?」
カインの楽し気な瞳に呆れ、アベルは重い気持ちを溜息と一緒に吐くと軽く返した。
「確かに。聖騎士団は大変だな?」
「大変だと思ってくれるなら、素直に僕に協力してくれてもよくないかい?」
アベルを労う様にキースは、空になった珈琲カップに再び湯気を立たせながら珈琲を注ぐ。
「俺はいつだって素直だと思うが?」
カインは不敵な笑みと酒を片手に、アベルは爽やかな笑みと珈琲カップを片手に、互いに世間話の様な雰囲気で会話をし続けていた。
「それで? 二つ目の要件は?」
一区切りついた所でカインはアベルに尋ねる。
アベルはカインの言葉を聞きながら、ゆっくりと珈琲を一口飲むと、珈琲の絶妙な温かさと美味い苦みを舌で味わう。だが、その珈琲の旨味とは正反対に喋り出した舌は嫌な苦みを訴えている様に回る。
「カイン? 女海賊マリアの話がもう終わったと思わないでよ? まぁ、いいよ。マリアの件はまた後で問い詰めるとして……もう一つの要件はね? 此処から南西にあるドラクレシュティ公国とミズガルズ王国の国境付近。正確にはウチの国の国境を越えて、ドラクレシュティ公国側にある広大な森を知ってるかい?」
「あぁ、あのアンデット共が住処にしてる不死の森か?」
肩を竦めてアベルの前半の言葉をやる気無く躱し、カインは言葉で話の続きを促す。
「そう、あの不死の森の奥にある廃城に、今、ヴラド=ツェペシュ公が滞在しているらしいんだ」
「ほう? それは何か面白い臭いがするな」
カインの瞳が危険をはらみだす。こういったカインの戦闘狂な部分など、いつものアベルには慣れたもののはずだが、今日はあまり乗り気にはなれない様で、虚空を見つめる目が細められる。
「白々しいよ? カイン。君の所の情報網にもとっくに引っ掛かってることだろ? もう、いちいち反応してたらキリがないから話を進めるけど……あの廃城で結婚式をやるから、是非フレイヤ女王陛下にも参列して欲しいと、ツェペシュ公が使う君主の印で封蝋された結婚式の招待状が届いたんだ」
確かにヴラド=ツェペシュ公が不死の森にある廃城で、ヴァンパイアの花嫁との結婚の義を進める為に、廃城に滞在していることはカインも知っていた。
その為にロキはツェペシュ公のヴァンパイアの花嫁の義をおこなう為に、マリアに使いを向かわせ、捕え様としていたのだ。
それに反抗し、マリアは逃げ続けていたのだが、とうとう逃げ切れないと悟ったのだろう。
あの強気で意地っ張りのマリアが他人を頼って、ノースオブエデンに来たということは、義母と慕うアルビダの最後の願いということもあっただろうが、このままでは抗い切れないと判断し、ツェペシュ公の思い通りになるくらいならとノースオブエデンに来たのだう。
だが、それだけでは何かがおかしいとカインは感じていた。
――あのロキが俺の所に来るまでに、マリアを捕まえられないなんてことは考えられねぇな。それに迎えを寄越すなら、もっとマシな奴を使うだろう。それこそロキ本人が出てこればすぐ終わる話だ。いったい何が狙いだ? 追い詰めて俺を頼らせて俺を巻き込みたかったのか? まぁ、ヤツの考えることだ、ただの気まぐれか、暇潰しの可能性もある。が……奴にとって最も重要なことな可能性もある。
女王フレイヤに結婚式の招待状を送っていたことが初耳だったカインは、酒を煽り、更に深く思考の海へと自身を潜らせる。
――フレイヤに招待状を送ってどうする? マリアはまだ捕まえれてないんだぞ? 式にわざわざフレイヤを招待する意味もわからない。それにミズガルズ王国とドラクレシュティ公国は世間的には拮抗していると思われているが、国力的にはミズガルズ王国の方が有利だ。圧政を強いる君主や家臣、貴族達。それに耐える民は心身共に飢え、いつ反乱を起こしてもおかしくない状態にある。君主がヴァンパイアになったのも痛い。君主が不老不死では政権交代が上手くいかず、貴族共もなにかと裏で動いているからな。フレイヤがその気になれば、そんな状態の公国を潰すことだって簡単にできるだろう。だが今、公国を潰さないのはフレイヤに考えあってのことだ。休戦協定を結んだのは、急に公族共を殺して公国の民や土地を手に入れても、ミズガルズ王国の負担の方が大きかったからだ。あの時は公国の民の感情も心配だったが公国を立て直すのにも金がかかって大変な状態になる所だったからな。だから今は公国の手綱握っておいて、向うの公族共に国を維持させる方をフレイヤは選んだんだからな。そんなこと等ドラクレシュティ公国も理解していると思うんだが……それにフレイヤにわざわざ招待状を送って公爵の力を増させることを知らせてどうする? そんなことをすれば、フレイヤが動くことなどロキどころかツェペシュ公にだってわかってるハズだ。まさか招待した式でフレイヤを亡き者にする気か? いや、そんな馬鹿なことを考えるハズはないとは思うんだが……いったいロキの狙いは何だ?
カインは寝惚けた脳をフル回転させ、ウイスキーのアルコールが良い感じに回った所を疑問でシェイクさせ、無理やり起こした。
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