剣聖アベル=ハワード
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コンコンコンと木のドアを三度ノックする音で目を覚ましたカイン。
だが、カインはそのノックを無視し、寝返りを打ち、うつ伏せになる。
そして再び夢の中へと旅立とうとするが、それを見透かしたかのような声音で、ノックの後にキースの声が続いた。
「おはようございますカイン様。王国聖騎士団から数人の聖騎士とアベル=ハワード様、キャサリン=ベイリー様がお見えになっております」
――相変わらずフレイヤの行動は早いな……アベルの奴を寄越すのはわかるが、キャサリン=ベイリーってのは誰だ?
「あ~、わかった。暫くしたら降りるから、店内で待っててもらってくれ」
ノースオブエデンの二階、一番奥にある部屋のベッドで黒い――マーナガムルの毛で作られたボトムスだけで寝ていたカインは、欠伸をしながら起き上がる。
「まだ昼前か?」
窓から差し込む太陽の光をウザそうにし眼を顰めると、ベッド脇に脱ぎ捨てた黒革――ヨルムンガンドの皮と鱗、脛部分にはアダマンタイトの金属のプレート等で作られたブーツを履く。
このボトムスとブーツは下手な鎧や防具よりも遥かに高い防御力を誇り、魔力も籠っている逸品だ。
面倒くさいとは思いつつも部屋のドアを開け、廊下を渡り、階段を下りて酒場の内側のカウンターに通じるドアを開けると、二人の聖騎士が居た。
一人は白いコートの様なものと、ミスリルで出来た軽装備な鎧を部分部分に組み合わせて身に着けた、二十歳になったばかりの男。
その男の短めに切った髪はサラサラとし、くっきりとした二重に碧眼の瞳をキリリとさせ、相手には爽やかな印象を与えるだろう男は、カインの悪友でもある聖騎士長アベル=ハワードだ。
アベルはカウンターテーブルのスツールに座り珈琲を楽しんでいた。
彼が腰に帯びているのは見事な装飾がなされた聖剣エクスカリバー。彼は世間で剣聖とも呼ばれている男だ。
二人目はミズガルズ王国聖騎士団の剣を帯剣し、銀色をベースに金で鮮やかな装飾をほどこされた聖騎士の甲冑に身を包み、頭の鎧は付けておらず、燃える様な赤いセミロングの髪を見せている。
茶色い目をした十六か十七歳ぐらいの美人で真面目そうな女聖騎士だった。
彼女はスツールに座らず、不機嫌そうにアベルの一歩後ろに立っていた。
「やぁ、カイン。遅いお目覚めだね?」
「そうか? いつもならまだ寝てる時間帯だろ? 最近顔を出さなかったじゃないか。相変わらずフレイヤの尻に敷かれて、仕事に追われてるのか?」
アベルが軽く珈琲カップを上げ、カインに挨拶をすると、カインはいつもの様に軽い調子で言葉を返す。
そのカインの態度と言葉でアベルの後ろに控えていた女聖女騎士は、急激に怒りをあらわにした、。
「貴様! アベル様を待たせたうえ、何と無礼な口を! しかも女王陛下に対し不敬な発言! それにその恰好は何だ!?」
「キャサリン。剣の柄から手を放しなさい」
剣の柄に手をかけようとした瞬間、アベルが静かに、だが逆らえない重さを込めた言葉で、それを止めさせる。
「し、しかし、アベル聖騎士長様!」
何とか声を出し反論しようとするキャサリンに冷たい笑顔を向ける。
「騎士が軽々しく剣を抜くものじゃない。それに……抜いていた時、もし彼が不機嫌だったら殺されてしまうよ?」
最初の方は真面目な口調だったが、後半は冗談めかしてアベルはキャサリンに注意する。
店の外に居た聖騎士団の男が、アベルに何かあったのかと店のドアを開け尋ねてきたが、心配ないと返し、店外へ下がらせる。
どうやら、昨夜悪魔共にぶち破られた窓やドアは、キースがもう修理し終えている様だ。
「すまないカイン。本当なら僕一人で来る気だったんだけどね。上の命令でこうなってしまった」
問題無いと両手を広げて軽く上げて示すと、カインはカウンターにいたキースから、ワインレッドの――アジ・ダハーカの皮と鱗に金色のオリハルコンの金属を、ボタンやバックルなどの装飾に所々アクセントに使ったコートを受け取ると羽織る。
このコートも勿論、下手な鎧や防具よりも遥かに高い防御力と魔力が籠っている逸品である。
「これで勘弁してくれるか? お嬢さん」
「ふざっ!」
カインの軽口にアベルは、またも冷たい笑顔を向けて制した後、わざとらしく大きく溜息を吐く。
「カインも、彼女をからかうのは程々にしてくれ」
「了解。聖騎士長様」
アベルの隣のスツールにカインは腰をかけ、キースに寝起きからウイスキーを頼む。
「それで? 今日はどんな用件だ? いつもみたいにただ飲みに来たって訳でもないだろ? まだ昼前だし、店は開いてない。だが俺は飲ませてもらうぜ?」
「はいはい。どーぞお好きに。君が飲もうが僕は構わないんだけどね。その前に彼女を紹介をさせてくれないか?」
そう言った時、カウンターから居住スペースに出るドアの前で、聞き耳を立てている人の気配をカインとアベルは感じ取った。
その気配の正体を知っているカインは意地悪な笑みを浮かべる。
「美人を紹介してくれるっていうんだ。大歓迎さ。名前だけじゃ無く、もっと色々知りたいね」
ドアの前の気配から殺気立った気配を感じてカインは笑みを深め、アベルは呆れて溜息を吐く。
――う~ん。ドアの向こうに居るのは例のハイエルフの女性かな? 今のカインの様子の変わり様を見ると、相当お気に入りみたいだね。
アベルは声に出さず、胸中でそんな推測をしてから、気付かないフリをして紹介を始めた。
「彼女の名前はキャサリン=ベイリー、元々ミズガルズの聖騎士団第八番隊副隊長だったんだけど、最近僕の特務騎士隊の副隊長になった子でね。僕の補佐をしてくれてる。そうなると、これからは君とよく合うことになるだろうと思ってね。だから此処に連れて来たんだ」
キャサリンは名を紹介された所で、身を引き締め、誇らしく礼をする。
が、彼女のカインを見る目は、嫌悪する様に厳しかった。
「ここの店の常連のカインだ」
それをカインはスツールに座ったまま肩越しに顔だけをキャサリンに向け、片手に持ったグラスを軽く上げる動作だけで挨拶を返す。
そのせいでまたもキャサリンの目は嫌悪を増させる。
そして今日何度目かの溜息をアベルは吐くと、話しを進めた。
「カイン。流石に今迄の君の態度と僕がした彼女の紹介の言葉を考えると、それは通じないよ? キャサリン、事前に説明してあると思うけど、彼が此処の経営者のカイン=ガーランドだ。紹介も終わったしさっそく要件に入るけど。今日の要件は二つ」
カインとキャサリンの性格を考えれば馬が合うはずがない事はわかりきっていたアベルは、強引に話を進める。
「おいおい。勘弁しろよ」
両手を広げ首を左右に振り、大仰に身体を使った表現で不満を言葉にするカインに、アベルもまた大仰に肩を竦めて言葉を返す。
、
「まぁ、そう言わないでよ。なんなら悪魔の涙で割ったウイスキーを貰いたいくらいなんだからさ」
――さて、カインはどう出るかな? ウチの国の王都である此処アースに、女海賊マリアが入ったことと昨日の深夜、このスラム街に不審なハデス教の司祭の男の死体が発見されたこと、そしてこの店で戦闘があったことは情報部から連絡を受けている。
カインの出方を考えるアベルはニコニコと笑みを浮かべていた。
「それで一つ目の要件だけどね。昨日の深夜に、この店ノースオブエデンにハイエルフの女海賊マリアが来たはずだよね? 彼女を僕に引き渡してくれるかな?」
カインとアベルにしかわからない緊張感が店の空気を凍らせる。
一拍首を傾げ思案した後、カインはいつも通りの軽い口調で話を進めた。
「ハイエルフの女海賊マリアって言えば、あのアルビダの海賊船の頭を継いだ女だろ? 残念だが、そんな大物はこの寂れた店には来てないな。悪いがその件は他を当たってくれ」
軽く流されたアベルも簡単に事が済むとは端から思っていない。カインもこれで簡単に引き下がるとは露程も思っていない。
さて、どうしようかと互いに顔には出さずに話を続ける。
――さて、どういう道に辿り着けばフレイヤ女王陛下の機嫌が良くなるのやら。
アベルは面倒事を押し付けてきた自国の女王陛下の考えを読んでいた。
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