腹を割る
なんで私はまだここにいるんだろう。
私は御手洗宅の台所に立っていた。
御手洗くんの家族の人たちは用事があって今日は帰ってこないらしい。
それで御手洗くんは今日、何も食べていないので私が何かを作ってあげることになったのだ。
「...怪我人をほうっておけないしなぁ。」
若い男女が2人きりで夜遅くまで一緒にいるのはさすがにマズイだろう。
何か作ってあげて早々に退散しなければ。
「それにしても何もないなぁ。これじゃおかゆくらいしかできないよ・・・」
とりあえず1合だけ米を炊きおしぼりと水を持って御手洗くんの様子を見に行くことにした。
「様子はどお?」
「ん、ちょっと痛いとこあるけど大丈夫。」
「え?ちょっと、口の中切れてるんじゃない?」
御手洗くんの口の端から血が出ていた。
私は慌てておしぼりで御手洗くんの唇をふいた。
ち、ちかいな・・・
お互いの顔が近すぎて私はちょっと照れてしまった。
でも照れている場合ではない。
「ご、ごめん」
御手洗くんも照れてそう言った。
「ううん、ちょっと口あけて見せて。」
「うわー。中、切れてるね。明日、病院行った方がいいよ。」
「うん、わかった。」
私は意を決しあることを御手洗くんに話し始めた。
「...ね、御手洗くん。」
「なんでしょう?」
「なんで冴子があんなに怒ったかわかる?」
「俺がまた女の子と別れたからじゃないの?」
「...そうなんだけど、冴子はものすごく御手洗くんのこと好きなんだよ。」
「...」
「好きであきらめて、でも好きで...あきらめて、ずっとその繰り返しなんだよ。今回もマキ...北条さんとつきあうことになった時最初はすごく元気なかった。もう、私なんかいたたまれなくてその場から逃げ出したいって思ったくらい。でもね、冴子は北条さんのこともすごく気にいっててね。北条さんなら仕方ないかって感じだったと思うんだ。ようやく気持ちも吹っ切れてきて、それがまたこんなことになっちゃって...気持ちの落としどころがなかったんだと思う。」
「そうか、俺は自分の都合ばかりで京本の気持ちを全然考えてなかったんだな...」
「冴子だけじゃないんだけどね。」
「ぐはあ、きついな。御燭寺さん。」
「だって、そうじゃない。今までに御手洗くんのこと好きで仕方がない人がいたかもしれないよ?」
「それは話し合いでお互い納得して別れたつもりなんだけどな。」
「女の子なんだから言いたいことも言えなくて結局、御手洗くんの言うとおりになっちゃった場合もあると思う。」
「...そうだとしたら、最低だな俺は。」
「...御手洗くんてすごく人に親切じゃない?え?こんなことまで?って感じで他人に尽くしてさ。正直、私も最初は御手洗くんのこといいなって思ってたんだよ。でも、すごく無神経なところもあって...」
「そんなに無神経かな?」
「そうだね。」
「ぐふっ」
「まずさ、短期間で複数の女の子とつきあうとかやめたほうがいいと思う。おためしって言うけどさ、人の気持ちは商品じゃないんだから...」
「でも、つきあってみないとお互いのことがわからないじゃないか?」
「なんでそうなるの?いきなり恋人とかじゃなくて友達とかからはじめればいいじゃない?」
「...まあ、そうだね。」
「で、あと、冴子にちゃんと向き合ってあげてよ。」
「...それはー...」
「聞いていい?」
「はい。」
「なんで冴子じゃダメなの?」
「...それはー...」
自分でもビックリするくらいベラベラとしゃべって人の内部の事情までえぐりだそうとしている。
なんで私はこんな話しをしてるのだろう。
だが、御手洗くんは私の疑問に応えてくれた。
「...暴力がダメなんだ。」
「暴力?」
「あいつといると自分までそうなる気がして...」
「...なんで?」
「俺の両親は離婚してるの知ってる?」
「うん、知ってるよ。」
「...俺の父親がDV野郎でさ。俺も小さいころから虐待されたこともあるし母親も当然,DVを受けてた。」
「...」
「なかなか離婚できないでいてすごく苦しい時期があった。で、俺にもそのDVクソ親父の血が流れていると思うと気が狂いそうになる。暴力がトラウマなんだ。なのであいつといると俺もクソ親父みたいにそのうちなるんじゃないかと不安だし、怖いんだ。」
「それを冴子に言ったらダメなの?」
「なんて言えばいい?『お前といると俺がDV化してしまうからダメ』って?」
「...まあ、そのまま言うと冴子を傷つけるかな?その場合、冴子の暴力がダメってことになるんだよね?」
「多分、それを言ったらあいつは『じゃあ、暴力は絶対しないようにする』とか言うと思うんだよ。でも、それって無理して俺とつきあっていくってことだよね?」
「そうなるのかな。」
「人間、急に変われないし、恋人とか夫婦って我慢して関係を作っていくものなのだろうか?」
「う~~ん。」
「俺の親がこんなだから余計に考えてしまうんだよ。あいつにはもっと...あいつの暴力さえも肯定して受け入れてくれるやつがいるんじゃないかと。」
「まあ、そんな人がいれば冴子にとっては最高の相手になるんだろうね。でも、妥協って言葉もあるよ?妥協せずに突き進んでいったら一生、独り身って可能性も...」
「もちろん、妥協も必要かもしれない。でも、俺にとって京本は『妥協できない存在』なんだ...」
「難しいね。私は今の話を聞いてなんとなく納得できたような気がするけど冴子に納得してもらうにはどう話せばいいんだろう...」
「...あいつには俺のことを最低な野郎だって思っていてくれればいいよ。」
「...」
それでいいのかな。
それでも、多分、冴子は御手洗くんのこと好きで居続ける気がする。
ふと御手洗くんの部屋の壁にかかっている時計を見るともう午後11:00を過ぎていた。
「やだっ!もうこんな時間。おかゆ作って持ってきたら私、帰るね。」
私はドタドタと台所へ行って、ぱっぱっとおかゆを作って持ってきた。
「じゃあ、これ。口の中切れてるから痛いと思うけどよく冷ましてから食べてね。」
「うん、おいしそうだな。御燭寺さん、本当、何から何までありがとうね。」
「いいえ~。」
「それにしても御燭寺さん、人のことよく見てるし,よく人の気持ちわかるね。」
「親友だしね。それに私、昔、少しイジメられてたから遠くからよく人のこと観察してたんだ。」
「...ちょっと、怖いな。」
「あはは。」
「御燭寺さんの彼氏が羨ましいよ。」
「うん、いつも『幸せだよ』って言ってくれるよ。じゃあ、私、帰るね。」
「うん、ありがとう。」
...御手洗宅を出てすぐに私は自己嫌悪した。




