気分を紛らわせるためにお話
魔王城の一室。
(二百三十五人)
答えを出してから、見直しをする。大丈夫、間違っていない。
「先生、できたよー」
と少女は魔王軍四天王のひとりに声をかけた。なにが楽しいのかずっとにこにことしながら少女を見ている水の精霊である。少女はその精霊のことを先生とか水のおばあちゃんと呼んでいる。
少女が差し出した紙に書かれた計算と答えを見て、精霊はうなずいた。
「まあ、正解ね。しっかりできていてうれしいわ」
「ふふー」
えっへんと少女は胸を張る。
精霊は穏やかなほほえみを浮かべている。
「これまではおじい様に勉強を教えてもらっていたんだったかしら?」
「うんー。家にある教科書を読みながら勉強したのー」
「あらあら、楽しそうに言うのねぇ。きっと素敵なおじい様なのでしょうね」
「もちろんー」
少女はしっかりとうなずいた。話しているとなんだかさびしくなったが、おじいちゃんのためにもしっかりと立派な魔王にならなければならない。
「そういえば、水のおばあちゃんはどこで勉強したのー? もしかして精霊の学校があるとか?」
「うふふ。わたしは前の王都にある図書館で勉強したのよ。懐かしいわねぇ」
「うわぁ、長生きー。図書館かー」
「まだ何冊も貴重な本が残っているでしょうけど……しばらくは取ってくるのは無理かしらねぇ」
「残念だねー……」
話に出ている以前の王都とは、昔の魔王が魔法実験に失敗してだれも住めなくなった都のことだ。
長い時間が経った今でも実験の影響は抜けきっていない。
「でも、わたしが覚えていることはみんな教えてあげるわ。頑張って覚えてちょうだいね」
「ほんと? ありがとー」
「そうだ。次はカロンが倒した竜の詳しい生態についてお話しましょうか。あれは中位の力を持つ竜だったのよ」
「わーい」
魔王城の一室で魔王な女の子が過去を懐かしみながら笑みを浮かべた。
「そんな感じでねー、カロンくんと戦ったり水のおばあちゃんにお勉強を教えてもらったり、あとルリエラちゃんと魔術合戦したりして生活したんだよー。そして魔王になったの。水のおばあちゃん元気かなぁ」
もう長いこと頑張ってきたからといって引退した水のおばあちゃんは、山奥の滝の近くにお引っ越ししたらしい。他の精霊たちと仲良くしているそうだ。
病のためベッドに横になっていた執事な男の子は、当然の疑問を訊ねた。
「なんだか……四天王が三人しかいないんですけど、もうひとりは」
「あの、その、……旅行?」
「…………」
風属性を得意としている四天王最後のひとりは、今とまったく変わらず城にいなかった。
執事が呆れたように息を吐いて沈黙し、自らの頭を押さえた。四天王の行いに頭痛がしたのか、それとも単に病のせいで気分が悪くなっただけなのかは魔王には分からなかった。
昔はおじいちゃんにお勉強を教えてもらっていた話。




