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半分以下

「むーかーつーくー」

 跳ね上がるようにしてがばっと立ち上がった少女はうーっと吠えると、巨体の男へと突進した。

 左への一瞬の踏み込みをフェイントにして、右側面へと回り込むと低い姿勢からの蹴りを放つ。

 巨体の男、カロンはにっと笑った。

「甘ぇ!」

 その図体に似合わない繊細で正確な足さばきで蹴りを避けると、カロンは一気に距離を詰めた。とっさに軸足で地面を蹴って体勢を立て直そうとしていた少女は両腕を宙に投げ出して、カロンが繰り出した拳をガードする。魔力のこもった怪力が全力で叩きつけられる。

 なんの支えもない状態で衝撃を受けた少女の身体が吹き飛ばされ、地面をえぐるようにしてから何度も跳ねてルリエラの足元で止まった。

 距離があるにもかかわらず大きく聞こえるカロンの豪快な声が響く。

「おいおい、おめえは新しい魔王様になるんだろうがよ! こんなに弱くてどうすんだよ。パワーも魔力も足りねえんだからもっと技を磨いたほうがいいんじゃねえか、技を。もっと俺を楽しませやがれ!」

 がっはっは、と笑いながら四天王のカロンは物足りなかったのか魔物との戦いを始める。

 少女は悔しさに顔を歪めた。

「うぬぬ。本気を出したら負けないのにー」

「本気じゃなかったの?」

「本気だけどー……」

「駄目じゃねーのよ」

 ころんと体を起こした少女の返答にルリエラが呆れたようにため息をつく。

 そして忌々しそうにカロンを見て言う。

「あいつの言うことに同意するのは癪だけど、あんたさっさと強くなりなさいよ。カロンのやつが勝ち誇ってるの見るといらいらすんのよ」

 地面に座ったまま少女は問う。

「仲悪いのー?」

「あいつが馬鹿なのがむかつくってーのよ! なにがあたしの作った魔物が弱くて役にたたねーってのよ、役立たずなのはお前でしょーが! 大事なのはちょっとぐらい強いひとりじゃなく、魔物の数だっての! 見張りすらろくにできないくせにあの馬鹿……!」

「どうどう。カロンくんは強い相手と戦いたくて魔王軍に入ったんだってねー」

「カロン、くん……ぷっ。魔王様に相手してもらえなくて暇を持て余してるみたいだけどね。人間に強いやつなんていねーし」

「そうなんだー……。そういえばルリエラちゃんはなんで魔王軍に入ったの?」

「あん? そりゃあここしか居場所がなかったからよ」

 ふんとルリエラは鼻を鳴らした。

 魔王はきょとんとした。

「居場所ー?」

「あたしみたいな天才が、国のてっぺん以外のどこでこのあり余る才能を活かせってーのよ。他にあたしにふさわしい場所なんてねーでしょうが」

「あー。ルリエラちゃんすごいもんね」

「あんたに言われるとすっごいむかつく……」

「えー」

「なんで一回で魔物作れんのよ。出来上がったのはだいぶひどかったけど……」

「もうちょっと上手ければルリエラちゃんをお手伝いできるのにねー」

「いらねーわよ! あんた魔王候補なんだからあたしの手伝いなんてしてないで、さっさとカロンの馬鹿をぶっ倒せ!」

 ルリエラの檄に、少女は頬を膨らませた。

「むー。全力で戦えば負けないのにー」

「全力じゃなかったの?」

「全力だけどー……」

「駄目じゃねーのよ」

 期待していなかったように言うルリエラに、少女は言葉を続けた。

「全力だけど、全力を出せないっていうかー……」

「なにそれ」

「ほらー」

 少女は腕を持ち上げて腕輪をルリエラに見せた。木製でできていて魔術がかけられている、素朴な腕輪。なにも装飾がなされていない。

 ルリエラはいぶかしげにその腕輪を見た。

「あんたそんなのしてたっけ?」

「魔王様がねー、そのままだと魔王のための修行にならないからつけておけってー。今、魔力も身体能力もさんぶんのいちなの」

「え、まじで?」

「うんー」

「……それ、カロンのやつは知ってんの?」

「え、どうだろう。そういえば私は言ってないねー」

 少女がのんびり告げると、ルリエラが黙り込んだ。

 どうしたのだろうと少女が彼女の顔をのぞき込もうとすると、ルリエラはいきなり爆笑した。

「ぷっ、あっははははははは! うっわ、まじかよ。てことは散々手加減してもらっておいて、それに気づかずあいつは勝ち誇ってたってこと? うわー。あははははははは!」

 なんだかとってもルリエラが楽しそうで、少女もルリエラに対してうわーと思ったが、表情には出さずに内心にとどめておいた。

 そんな少女は後ろから両脇をルリエラに掴まれると、地面にしっかりと立たされた。背中を押される。

「ほら、次期魔王様。修行なんだからさっさとカロンと戦ってきなさい」

「楽しそうだね、ルリエラちゃん」

「あの馬鹿だって楽しいでしょうよ、戦えるんだから。くくく」

 ルリエラは感情をこらえきれない様子だ。

 少女はひとつ息を吐くと、自分で歩き始めた。

 そんな様子に気づいたらしく、カロンが大きな体に似合う獰猛な笑みを浮かべる。

「おうおうまた戦う気になったか。諦めねえなんていい根性じゃねえか。だが、手加減はしてやらねえからな!」

 カロンが吼えた。

カロンに負けてむかつく話。

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