まさか
魔王城の一室で魔王な女の子がコップに注がれたエナジードリンクを見て、
「元気は出そうだけど健康には悪そう。矛盾な感じがするー……」
などと言っているのを聞き流し、執事な男の子は城内を歩いていく。
シャティの仕事の様子を確かめてから、魔王あての荷物を取りに行くために中庭を通り過ぎる。
石造りの通路に日の光が差し込み、壁の作りだす陰とコントラストになっていた。
執事は歩いているはずだった。そのつもりでいた。しかし、いつの間にか足の動きは止まり、立ちつくしている。それがいつからだったかすら分からないことに執事は戦慄した。
そして、目の前に影。
暗がりに隠れてよくは見えないが、おそらくは小柄な女。年若く感じられるが、それが実際にどうであるかなど分からない。
ささやくような、声。
「これを」
言いながら、二つ折りになった紙を片手で差し出してくる。
執事は相手をにらむ。だが女はそのことに構わず、感情の揺れもなく言葉を続けた。
「魔王様に渡して欲しい」
魔王様。であれば、目の前の女が城内に侵入した敵ではないらしいことに、執事は内心で安堵した。それでも警戒は解けない。
紙を受け取るべきかどうか執事が悩んでいる間に、女は決断を終えていた。彼女は執事に手渡すことを諦めて紙を床に置く。
執事は問いかけた。
「どなたですか。名乗っていただきたい」
「……あなたは。私を知っているはず」
淡々とした、確信的な声音。
執事は心当たりになりそうな相手をすべて考えたが、間違いなく目の前の女に見覚えはない。あるいは見たことがないけれど、知っている相手――?
戸惑ううちに、女は姿を消した。
歩いてではない。
用は済んだからというように、霞のように消えてしまった。
「いったい……」
執事は叫んだ。
「いったい……なんなんだ!」
どうしようもない思いとともに、執事はもしかして、という予感がした。
まさか、今の相手こそが……。
新しい人物な話。




