作成室
魔王城の一階通路を魔王な女の子と執事な男の子がてくてくと歩いていく。お昼ご飯を食べた後のことだ。
魔王がかすかに笑みを浮かべて、横を歩く執事を見る。
「ふふー、執事くん。今日は平気な顔してるねー」
「…………? なんのことですか?」
「初めのころは、作成室にいく用事があるとこわーい顔してたじゃないー。今日はびくびくしてないんだなーって」
通路に差していた日の光を屋根が遮り、暗がりが執事の表情を隠す。
だが、執事は笑っていた。
「ええ、まあ。今では大丈夫です」
「どうしてー?」
「…………前に無茶な要求を突きつけられたとき、魔王様のおやつが遅くなったことがあったので」
「あー……。反省したんだね。ルリエラちゃんも」
「当時はだいぶ怒られましたけどね。ルリエラさんに」
「私も怒ったはずだけどね」
どんどん通路を進んでいく。
鼻の奥をつく嫌な臭いが感じられるようになってくる。そこらに土くれが乱雑に置かれている。土の詰め込まれた木箱もいくつもあった。
時々、床や壁面に、不可思議な文様が描かれている。
おどろおどろしい霧のような魔力が通路を吹き抜けていく。
そして執事は作成室にたどり着いた。
「ルリエラさん」
「……執事じゃない」
褐色の肌をした少女が、土くれをこねている手を止めて、顔を上げた。執事を見て、ふん、と鼻を鳴らす。
不機嫌そうに見えるものの、ルリエラはほぼいつでもこのような態度だ。
「ちっ、ぼけっと突っ立ってんじゃないわよ。なにしにきたわけ。あ、もしかして魔王様からのお願いでも持ってきてくれた?」
そう言うルリエラの言葉は、最後だけ早口だ。
執事は目を瞬かせた。
「え?」
「え?」
疑問の声をあげるルリエラには構わずに、執事は振り返った。
けれど、見つからなかった。
失態だ。
「い、いない。あれ? え?」
「なにがいないってのよ。もしかしてまた、シャティが迷子にでもなった?」
「別にあの子は臆病なだけで、能力が低いわけじゃな……また? あの子、迷子になったんですか? いや、そうではなく」
「じゃあなによ」
「魔王様と一緒にここに来たはずだったんですけど」
しゅばばばばばば。
ものすごい勢いでルリエラの手が動いた。
近くに置いてあった布で土汚れを落とすと、髪を整え立ち上がって服の乱れを直している。
「さっさと言いなさいよそういうことは! どこ魔王様!」
「ルリエラさんにお願いがあるので間違いなくくるはずなんですけど……奔放なかたなのでなんとも」
「あああ、あたしからお迎えに行ったほうが……でも入れ違いになったら困るし……くそ、こんなときこそあのすっとろいメイドの出番じゃないの!? どうせ役に立たないけど!」
断言しつつルリエラはわめいていた。
「だいたいなんで魔王様を見失ってんのよあんた! 目ぇ離してんじゃねぇわよ!」
「う」
まったく否定の余地がなかった。
「申し訳ございません」
「さっさと魔王様を探してきなさいよ。それくらいしかあんたには魔王様! ようこそおいでくださいました!」
ルリエラが唐突に歓喜の声をあげた。
視線の先で、ちょうど魔王が作成室の中に入ってくる。その手には一輪、青い花が握られている。
「やっほー、ルリエラちゃん」
「お、お久しぶりです!」
「……そだっけー?」
「ええ、ええ! どれだけこの日を待ちわびたことか……!」
「いや、うん。絶対にそこまで言うほどの久しぶりではないけどー」
魔王はそのちっちゃな手に持っていた花をルリエラに差し出した。
「これあげるねー。プレゼントー」
「…………。ありがとうございます!」
うやうやしい態度で花を受け取って、ルリエラが感動している。
執事は訊ねた。
「どこから持ってきたんですか。その花」
「途中にあった花壇からー」
魔王が答えた。
執事はその花壇を思い浮かべた。若干じと目で、魔王を見る。
「それ、ルリエラさんが植物を育ててた花壇ですよね」
「えー。でも私が摘んできてルリエラちゃんにあげたんだから、プレゼントだよ」
「もちろんです!」
そう答えながら、ルリエラは花を抱きしめて幸せそうに涙を流している。
本人が喜んでいるのだから、まあいいのだろう。
ルリエラの話。