健康
魔王城の魔王の私室のこたつに、メイドのシャティが持ってきたもやしがどでんと置かれていた。彼女はなんだか照れ恥ずかしそうな、あるいは嬉しそうななんとも言えない表情をしている。
魔王な女の子はメイドの持ってきたもやしを見た。
「もやし、だねー」
「い、いま、魔族たちの間ではもやしが一大ブームなんですぅ!」
と、メイドが言ったので、魔王は訊ねた。
「誰から聞いたのー?」
「え、ええと、そ、その、料理人さんに……」
まさかシャティが城下町で住民たちとお話しして流行を拾ってくるなんて思ってはいなかったが、城内で聞いた話だったことに魔王は納得した。シャティがこんな調子だったからこそ他の部下も雇ったわけだし。
と、魔王からちらりと視線を向けられた執事な男の子は、視線の意味が分からずに困惑していた。
「もやしのブームは私も聞いたことあるねー」
「そ、そうだったんですかー」
メイドのシャティは素直に尊敬のまなざしを魔王に向ける。
執事は違った。
「どこのどなたに聞いたんですか?」
「えっとねー」
「いつどこで」
「ちょっと抜け出してホワンソワワンでチョコレートを買ってきた時に、住民が話してたのを聞いたかな」
「ごまかそうとすらしないんですね……抜け出さないでください」
執事ががっくりと肩を落とした。
魔王は明るく言った。
「社交界で有名な女性が占い師さんに訊ねたんだって。この美貌を保つためにはどうしたらいいのかってー」
「占い師……」
執事が思案顔になる。シャティはブームであることしか知らなかったのか、わくわくと魔王の話を聞いている。
魔王は言った。
「それで占い師さんの告げた答えは、もやしを食べることだったのですー。いくつもの栄養素が含まれて美容と健康に抜群、なおかつカロリーも低いんだよ。みんな真似してどんどんもやしを食べるようになったんだって」
とか言いながらもやしをつまんでぱくり。
シャティも決意の表情でもやしを食べ始めた。魔王がそれを見ながら訊ねる。
「シャティちゃんに効果はあるのかなー?」
「な、ないんでしょうか……? そ、そんなぁ」
「シャティちゃんもそういうの気になるのー?」
「け、健康は大事です!」
メイド少女はぐっと拳を握りしめた。執事がなぜだかあきれた様子でメイドを見た。
ふと、シャティがもやしを食べる手を止める。
口の中をごっくんと飲みこんで。
「そ、そういえば、もやしってどういう植物なんでしょう。なく、なくなっちゃったりしないですか?」
「大丈夫じゃないかなー。もやしは……えっとー、大豆、とか? とにかく豆類、かな」
「……だ、大豆です、か?」
「うんー」
「あ、あの、お醤油とかお味噌の原料になるものですよね」
「そうだねー。エダマメとかきな粉で有名な大豆」
「エダマメも、だ、大豆だったんですか?」
「そうだねー。育ちきってないときに収穫したのがエダマメ」
「すごい……」
シャティが真剣なまなざしでじぃっともやしを見つめる。
しばらく考え込んでいた執事が、魔王に言った。
「もやしが健康にいいのは分かったんですが」
「うんー」
「それって、占いだったんですか?」
「……さあ?」
魔王は小さく首を傾げた。
エダマメの話。
豆がゲシュタルト崩壊したのでエダマメだけカタカナ。




