カロン
明るい太陽がさんさんと魔王城にある訓練場を照らしている。
地面にシートを敷いて、魔王な女の子が楽しそうに昼食をとっていた。小さな手にサンドイッチが握られている。
「お野菜がしゃきしゃきだー」
魔王がとてもいい笑顔を執事な男の子に向ける。
執事が言葉を返そうとしたとき。
ドッゴォオオオオオオン!
すさまじい音とともに風が吹き荒れ、炎の塊が魔王たちをかすめていった。魔王は食べ物が飛んで行かないように、冷静に手でバスケットを押さえている。
若干肝を冷やしながら執事が言った。
「あの、魔王様。ここで食事にすると急に言いだしましたけど、もっと落ち着いた場所で食事をしたほうがよかったんじゃありませんか」
「んーん」
魔王は首を横に振った。
「四天王の様子を見るのも、魔王としての役目だしー」
「おらおらおらぁ!」
魔王の視線の先でそう叫ぶのは、赤黒い肌をした巨漢だった。頭に二本の鋭い角が生えていて、訓練相手の魔物たちを殴り飛ばすたびに、拳から熱そうな炎がまき散らされていく。
執事は言った。
「なる、ほど。魔王様として仕事をしてくださるなら、素晴らしいことですが……」
次から次へと魔物を叩きのめしていく大きな男は、魔王軍の中核を担う四天王のひとりで、火属性をつかさどっている。
訓練場に転がる魔物たちは、燃えていたり黒こげになったりしている。
「この俺に勝てる奴はいねえのか!」
獰猛な表情で、四天王の男、カロンが叫ぶ。
「いないでしょうね。カロンさんに勝てる人は」
「あはは。いたら四天王に昇格だねー」
笑いながら魔王が執事の言葉に同意する。
執事は四天王の戦いの様子を眺めながら、
「カロンさんは、本当に戦うのが好きなんですね」
「んー。どっちかというと、強くなりたいって気持ちのほうが大きいみたいだけどね」
それから、再起不能な魔物たちを見回して魔王は言った。
「おーい、カロンくんー。もうちょっと手加減してあげてー」
「ああん? ちっ、めんどくせぇなぁ。わぁかったよ魔王様」
カロンは本当に面倒そうな表情で言葉を返した。
それからまた残った魔物と戦い始める。
ドッゴォオオオオオオン!
大地がえぐれ炎がまき散る。
「こんなに魔物をだめにして、ルリエラちゃんが怒りそうだねー」
「そうでしょうね。ただでさえカロンさんとルリエラさんは仲が悪いですから」
「おんなじ魔王軍なんだから、仲良くしてくれるといいんだけど」
「ほんとですね」
しばらくして、戦い終えたカロンが魔王のもとにやってくる。
不満そうに、
「こんな雑魚どもじゃ訓練の役にたたねぇ。強くなるためには強い奴と戦わねえとなぁ。おい、魔王様。相手してくれよ!」
「いいよー」
よっこいしょ、と立ち上がる魔王に執事は視線を向けた。
「よろしいんですか?」
「大した手間でもないしー」
ほがらかに言う魔王に、四天王のカロンはぐははと笑った。
「言ってくれるじゃねえか、おう。吠え面かかせてやるから覚悟しやがれ」
その眼光に、執事は顔をひきつらせたが、魔王は平然としたものだ。
「じゃあいくぜ」
猛然とカロンが襲いかかり、魔王は振り上げた腕を一閃させた。
ドッガアアアアアアン!
一瞬の出来事だった。
地面に穴が開いている。はるか下の方にめり込んで、火の四天王が倒れていた。
「大した手間でもないしー」
戦う前と同じ言葉をにっこりと笑いながら繰り返すと、シートのほうにしゃがんで最後のサンドイッチをぱくっと食べた。
呆れた乾いた笑いを浮かべながら、執事は訊ねた。
「どうするんですか、この穴」
「んー、むぐん」
サンドイッチを飲み込んで、
「私が直してもいいけどー。せっかくだから、ルリエラちゃんに頼もうかな」
「ルリエラさんにですか」
魔物たちは死屍累々で、四天王である巨漢のカロンは地面のはるか下にめり込んでいて。
それでも太陽はさんさんと、明るく魔王城を照らしていた。
火の四天王の話。