海の魔物図鑑
今日はどんよりとした曇り空のした、魔王な女の子が海の魔物辞典を見ていた。すぐそこの図書室からもってきたものだ。
「うちの魔物と違って自然な魔物なんだよー。執事くん」
「まあ、そうですね……」
執事な男の子が苦笑いとともにうなずいた。
「もしかして、おいしそうな魚型の魔物でも見つけましたか? それより普通に魚を食べたほうがおいしいと思いますが……」
魔王のちっちゃな手に握られる海の魔物辞典へ目を向けて、執事が問いかける。
魔王はかわいらしくむーっと唇を尖らせた。
「なんだか執事くん、わたしを食いしん坊と思ってないー?」
「え?」
「え?」
お互いに言っていることが理解できなくて、動きが止まる。
しばらくして、執事は魔王の疑問に答えることなく訊ねた。
「それで、なにを見ていたんですか?」
「んーとねー」
図鑑に視線を戻して、魔王は素直に答えた。
「これ! 長い距離を移動する海の魔物なんだよー」
「ああ、結構凶暴な奴ですよね」
「違うよー。普段は温厚なんだ。だけどねー、暴れ出すとすごい力を発揮するから凶暴だって思われてるだけなのー」
「そう、だったんですか。もっと勉強しておきます」
そんな執事の態度の真面目さに、魔王は適当な返事を返す。
「がんばってー……。それでね、この魔物はたくさん海水を飲みこんで、時間をかけて海の魔力を吸収するの。魔力を吸収し終わった海水は、吐きだしちゃうんだけどー」
「なにか問題があるのですか?」
小首を傾げた魔王のように、執事は問いかける。
魔物の挿絵を眺めたまま、魔王は答えた。
「長い距離を移動する魔物でしょー。別の場所の海水を吐きだすのって、環境破壊とかにならないのかな」
「よく分かりませんけど……その魔物もすでに環境の一部、自然の一部なので平気なんじゃありませんか?」
「おー。この世に生きる生物は自然の一部……」
「そう、ですね」
「じゃあさ、じゃあさ。魔族や人間が好き放題やっても、自分自身が環境の一部だから環境破壊にはならないってこと?」
「…………さあ。そもそも環境のことなんて気にしないかたたちが多数だとは思いますが、どうして魔王様はそんなことを気にし始めたのです?」
「バラライク領の北西にきれいな海があってー、とっても観光するのに素敵なの!」
「たしかにそんな話題を聞きましたね。入り江の水面に映る月の光がとてもきれいだとか、珊瑚礁とか」
そして執事が以前同じ話題をメイドのシャティに話した時は、シャティもきらきらと瞳を輝かせて光景に思いをはせているようだった。
彼女より一回りちっちゃな魔王は言った。
「その観光するための環境が破壊された嫌だなーってー」
「……環境破壊の問題って、自然の一部がどうこうじゃなく。自分たちにとって都合がよいか悪いかなんでしょうね」
遠い目をして執事はため息をついた。
空はまだ、どんよりと曇っていた。
遠くの海水を吐き出す話。