思い出して
魔王城の魔王の私室で魔王な女の子がにこにこしながらチョコレートのかかったイチゴを見つめていた。
「魔王城の七不思議ー?」
「ええ、通りすがりの猫妖精が話していました」
執事な男の子が、飛び跳ねるように去っていった妖精を思い出しながら言った。
こたつの上のイチゴを食べたいけれど、きっかけがつかめずにいるのはメイドのシャティだ。たまに魔王の様子をうかがうものの、なにも言いだせずにいる。
七不思議について話そうとしていた執事は、こたつの上を見て言った。
「ところで魔王様、このジャムはなんなんですか」
「作ったんだよー。イチゴとお砂糖に、レモン果汁を少々加えて煮詰めたの。ふふー、なかなかよくできてるでしょー」
「それは……いえ、おいしそうです。それで、このジャムをなにに使うんですか?」
「……もちろんイチゴにかけるんだけど」
「チョコレートをかけたイチゴにさらにイチゴジャムを使うんですか……?」
「きっとおいしいよー。さ、食べよー」
魔王が手に取ってイチゴを食べるのを待ってから、シャティは嬉しそうにチョコレートのかかったイチゴを食べた。ぱぁぁっと笑顔があふれ出る。
「ほら、シャティちゃん。ジャムも使ってー」
「は、はいっ。ごめんなさいぃっ」
「それで、魔王城の七不思議っていうのはどんな怪談なのー? この場が静まり返るほど怖い話ー?」
「いえ、七不思議だからって怪談とは限りませんけど……」
一応断っておいてから、執事はこほんと咳払いした。
「たとえば魔王城の庭に禍々しい像が急に現れたかと思ったら、一夜にして消えたとか……」
魔王が静かに手を上げた。
像の原因を理解したものの、執事はなにも見なかったことにして話を続けた。
「魔王城の上階に開かずの間が……」
魔王が静かに手を上げた。
執事はなにも見なかったことにした。
「図書室の本が勝手に入れ替わって……」
魔王が手を上げた。
執事は見なかったことにしようと思ったが、魔王が説明をつけたした。
「本自体が魔物なのー」
「……なるほど」
執事は納得しつつ、さらに七不思議の話を続けた。
「夜な夜な通路の奥から怪しげな声が聞こえてくるらしく、危ない儀式が行われているんではないかとか……」
魔王が手を上げなかった。
執事が驚いて魔王を見て、目を瞬かせた。ちいさな少女は口の端をチョコレートで汚したまま、ゆっくりと首を横に振った。
「私じゃ、ないよ?」
「えーと」
驚きながらも執事は、魔王の口元についたチョコレートを布でふき取った。
そんな時、黙々と嬉しげにイチゴを食べていたメイド少女が、おずおずとこっそり手を上げた。
「え、シャティちゃんが危ない儀式してたのー?」
魔王も執事もびっくりして彼女を見た。
シャティはぶんぶんと首を振って否定する。
「わ、わわわ、私じゃないですっ。それにその、あ、危ない儀式とかでもなく……えっと、こ、心当たりがあるだけなんですけど……」
「その心当たりというのは?」
執事が若干真剣なまなざしで問いかける。
シャティは片手にイチゴを持ったままおどおどとして、気まずそうに言った。
「か、勝手に言うのはあんまりよくないと思うんですけど……その……見回りの時に気づいたんですけど……る、ルリエラさんだと思いますぅ……」
「ルリエラちゃんがー? あんまり変なことしそうにないけどー」
「そ、その、にに、日記を書いているみたいなんですけど、声に出てて……だ、段々興奮してきたのか声が大きくなって、遠くまで響いてるんです……!」
魔王はきょとんとした。
「興奮って、日記なのにー? カロンくんとの喧嘩を思い出したとかー……?」
「そ、その、あの……ま、魔王様のお姿が凛々しかったとか、魔王様が微笑んでくれたとか……」
「うわぁ」
それ以降、室内が静まり返った。
イチゴジャムとルリエラの日記の話。




