適応
魔王城の通路を歩いて中庭に出ると、魔王な女の子は日差しの温もりに穏やかな笑顔を浮かべた。
執事な男の子はシートを広げ、昼食の準備をする。その内容は昼間からなぜか蟹づくしだ。
準備を終えた執事は、すぐに食事を始めそうな魔王がいまだにおとなしくしていることに疑問を覚えた。そしてもうひとつ、違和感が。
「……こんなところに、木なんて生えてましたっけ」
「ふふー。よく気づいたねー、執事くん」
そんな態度に、魔王はこの木を指摘されるのを待っていたのだな、と執事は悟った。
魔王は言う。
「生物って、環境に適応していてすごいと思うの。たとえば植物……木だってね、環境が悪くなると葉を落として眠っちゃうでしょー。それで、環境のいい季節になるまで待ってから、また葉をつける……」
魔王が木に近づいて、ぺしぺしと触った。
「それでねー、思ったの。もしもみんなが伐採を続けて、この世界から樹木がなくなるようになったら、いったいどうなるだろうって」
「それは……木材が手に入らないと困りますし、環境的にも問題が……」
「そういうことじゃなくてー」
魔王が首を横に振って否定した。
「絶滅しそうになったらね、木はその状況に適応して生き残ろうと頑張るんじゃないかな」
「つまり、どんなふうにですか?」
「立ち上がって逆に私たちを絶滅させようと襲いかかってくるとか!」
「……うわぁ」
執事はうめいた。
ふんす、と魔王は木に手を当てる。
「そんな発想からルリエラちゃんに作ってもらったのがこの木の魔物です。待ち伏せとか得意なんだよー」
わさわさと木の枝が腕のように動く。
執事は思わず後ずさりした。襲ってこないとは分かっていても、急にそんなものが発覚すると怖いものは怖い。
「魔物だったんですか、これ……しかし魔王様」
「なあにー? ふふー」
「嬉しそうなところ申し訳ないのですが、魔王軍に適応してないんじゃないですか。この魔物」
「え?」
「待ち伏せなんかしなくても、今までの魔物で普通に人間たちに勝ててますよね」
「えーと」
「人間たちは土地の奪取や魔族根絶を掲げて攻めてきますけど、魔王軍は人間たちから物資を奪うのが目的で相手の陣地へ攻めてますよね。待ち伏せなんてほとんどしませんし、そもそも奪った物資を運べるようには見えないんですけど……」
「ええーと」
魔王と執事が見上げる先で、木の魔物が動かずに固まっていた。
しばらくすると、必死さが目に見える様子で、ぐいっぐいっと物を引っぱるような動作を木の魔物がしてみせた。
「ほ、ほらー。頑張るって言っているよ。適応してる!」
執事は木の動きに、なんだか目から涙がこぼれそうな気分になった。結局、こぼれることはなかったが。
葉が落ちる話。




