ゴールへ向かって
魔王な少女はすったかたったと走っていた。通路を走るといつも執事な男の子にたしなめられるのだが、魔王は気にしたことがない。今回は執事に会おうと走っているので、間違いなくたしなめられるだろうなぁとは思った。
そうして執事のいる部屋にたどり着いたのだが、ちょうど客人が部屋から出ていったところだった。
机の上の資料を整理していた執事が言う。
「魔王様。あまり通路は走らないように……」
「これ見てこれ。すごい面白い話が載ってるんだよー」
と、魔王は両手で本を掲げて見せた。
「…………」
渋い顔で少年が沈黙する。
魔王は首を傾げた。
しばらく不思議な空気が流れていたが、執事が重たい口調で言った。
「あのですね、魔王様」
「うん」
「あなたは魔王様なんです」
「うん」
「いかにもすごそうに持ってこられた本が、子供向けの情操教育の教科書だと、僕は反応に困ります。子供を見守る生暖かい目で、そうなんだー、すごいねー、とか言えばいいんですか?」
「えー……」
魔王が口を尖らせる。
執事は嘆息してから聞いた。
「それで、どんな内容だったんですか?」
「うん! 私が面白いと思ったのはねー、馬の競争の話なんだよ」
うきうきと魔王は子供を教育するための物語を語る。
「あるところに馬を育てているふたりの魔族がいたの。どちらもいい馬をたくさん育ててるねーって褒められてたんだよ」
「はい」
「しかーし、そのことに納得できないふたりは、どちらが一番か決めるために馬で競争をすることになったの。自分の育てた馬に乗って、どちらが先にとっても遠くのゴールまでたどり着くかを競うの。そして勝負の日、かたほうの魔族はとある作戦を立てました。それがこのお話の肝です!」
「……あの、子供を教育する本なんですよね? 作戦?」
「うん、大丈夫だよー。とってもいいお話だから。それでねー、観客たちが見守る中で競争は始まったんだけど、競争の中盤、驚くべきことが起こったの!」
魔王の熱い語り口に、思わず執事も話に引き込まれる。
「なんと作戦を立てた魔族は競争も半ばというところで、二匹目の馬に乗り換えて、競争を続けたの!」
「え?」
「一匹の馬に乗り続けた魔族は唖然としながらも、頑張って相手に追いつこうとしたんだけど……ゴール間近の僅差というところで負けてしまったんだよ。勝った魔族は楽々とゴールしました。馬を二匹使ったほうが、体力的に有利だったからねー」
「いやでも、いいんですか? そんな作戦」
「もちろん負けた魔族は抗議したよ。馬を二匹使うなんて卑怯だ! ズルだ! ってー。でもね、勝った魔族はこう言ったの。この競争は自分の育てた馬に乗って先にゴールにたどり着く競争。一匹目も二匹目も自分の育てた馬なのだから、反則はない、って」
「まあ、たしかに……」
不満そうに執事はうなずく。
うふふー、と魔王は嬉しそうに執事に訊ねる。
「さて、執事くん。このお話から得られる教訓とはなんでしょうか!」
「む……柔軟な思考で物事を考えるべきとか、目的のためには手段を選んではいけない、とかですか?」
「じゃあ、目的ってなあにー?」
「え? えーと……どちらが一番、馬を育てるのがうまいかを……」
「競争を見ていた観客たちは思いました。二匹に乗った魔族が競争には勝ったけれど、一匹でゴール付近まで追いついていた負けた魔族の馬のほうが優秀なんじゃないかって」
「あ。あー……」
勝った魔族は作戦を立てるにしても、もっと別な作戦を立てるべきだったのだ。
「だからねー、このお話の教訓は、目的を見失ってはいけないっていうこと。それを子供たちに教えてくれるんだよ」
馬を乗り継ぐ話。




