ぼっこぼこ
森の中。
味方から攻撃されたラウルは動揺とともに地面を蹴った。
受けた傷は浅くない。勇者として与えられた防具は優秀なものだったが、相手の攻撃は防具の隙間を確実にとらえていた。即座に動けなくなるほどの痛手ではないものの、戦いに支障は出るし、長い時間このままでいるのはまずい。聖術で癒してもらわなければならないが、教会の神官たちはここから離れた物資の集まる場所に待機しているはずだ。
ラウルは叫んだ。
「なんのつもりだ!」
それは余計なことだったのかもしれない。
こちらを攻撃してきているのだから、すぐさま反撃に移るべきだった。血を流している以上、問答は相手の利益にしかならない。
だが、問わずにはいられなかった。
「お前達の敵は魔族のはずだ。なぜこんなことを……」
「はっはっはぁ、面白いことを言うもんだな。あんたは。俺たちの敵はお前だよ」
その場にいる兵士の中で、隊長格の男がにやにや顔でそう言った。
言葉は軽いがその腕前は確かなものだった。不意打ちをとっさによけようとした勇者に傷を与えたのだから。
そんな相手が自分を狙う理由はなにか。これまでの旅の中で恨みを買った可能性を考えたが、ラウルには目の前の相手に見覚えはない。
男は言った。
「もとから魔族討伐なんてのには興味なかったのさ。ただ、うちの国が聖剣だのをもらいたいってな。残念ながら勇者を決める大会には弾かれちまったが、こういう末端の兵士への採用は調査が甘いのさ」
「魔族の脅威はどうだっていいって言うのか。どれだけの人が被害を受けると思ってる!」
「そりゃ魔族と土地を接しているような国ならそうかもしれんさ。が、うちの国にとっては強い装備を手に入れることのほうが重要ってわけよ。勇者様が身につけているような装備は貴重だからなぁ」
「くっ」
ラウルは歯噛みした。相手の言葉を信じるのなら、彼らはどこか遠くの国の所属なのだろう。共通の敵であるはずの魔族を倒すのに、なぜ人間同士のいさかいで足を引っ張られなければならないのか。
勇者の補佐役をしている人間はまだ追いついてくる気配を見せなかった。もっともこの状況でひとりふたり増援が来たところで、事態を打開できるとも思えなかったが。
だが、魔族を倒す気持ちすら持たない人間に聖剣などを渡すわけにはいかなかった。
一か八か攻撃を仕掛けるしかない。
「諦めな、勇者様。装備さえ渡せば苦しまずに殺してやるからよう。はっはっはぁ」
「誰が――」
ラウルは言葉を途切れさせた。
かつて感じたことがないほどの悪寒に、全身を総毛だたせる。今傷を負っている不意打ちの時でさえこれほどの感覚はなかった。
敵の兵士たちも顔色を変え、慌てて周囲を見回している。それまでは統率がとれていたというのに、はっきりと浮足立っていた。誰もがこの気配を感じている。
そして木々の合間を縫うようにして、二本の尾を持つ獣がラウルたちの視線の先に姿を現した。
獣はうなり声を上げる。
「くっくどぅるどぅー!」
それはなにをどう聞いてもなぜかニワトリの鳴き声にほかならなかったが、聞くものに自らの死を直感させるような異様さがあった。
もはや敵の兵士たちは勇者のことなど気にもせず、恐ろしい気配を持つ獣へと全員が武器を向けている。そうしなければならないと誰もが分かっていた。
軽薄な態度をしていた隊長格の男は、緊張に表情を引き締めて、今まさに攻撃の命令を下そうとした。
――だがそれがかなうことはなかった。
どこから飛んできたのかも認識できないような高速ではなたれた、少女の両足での蹴りが、隊長格の男の顔面に突き刺さって彼を吹っ飛ばした。状況を理解できずに誰も声を上げない。
ラウルが見ている前で、地面に降り立った少女が次々と敵の兵士たちを打ち倒していく。殴ったり蹴ったりその動きはだいぶ適当なものなのに、身体能力は常人の域を逸脱しているのか信じられない速度で敵が叩きのめされていく。
それが全て終わると、彼女はくるっと身体を回転させてラウルのほうを向いた。
どう見てもただの少女にしか見えなかった。けれど、着ている衣服は一目で分かるほど上質で、庶民ではありえなかった。
場違いに愛らしい笑顔を浮かべるその少女に、特別ななにかがあったわけではない。ニワトリ声の獣が放つような異様な気配もない。
けれども少女こそがこの場を支配していた。
ラウルは唐突に、なんの理由もなく不思議と理解した。
これが、魔王なのだ。
だまし討ちされた勇者と魔王登場の話。