新たな
顔をかすめるようにして敵の剣が通り過ぎていく。
かろうじてよけたその剣が、遠くない未来に自分をとらえるであろうことをラウルは知っていた。
その前に敵を倒さなければならないが、身体は今にも身を投げ出したくなるような苦しさで満たされていた。度重なる戦いにこれ以上ないほど鼓動は速まっている。慣れ親しんだ呼吸のリズムと噛みあわず、呼吸をすることすら困難なほどだ。
敵は小汚い外套をまとった男だった。よくあるように各地で傭兵として仕事をしていた男で、ラウルも何度か顔を合わせたことがある。
だが戦い方は知らなかった。
その未知だった男が、間断なく剣での突きを放ってくる。暴風のようなこの苛烈な攻撃を、避け、防ぎ続けていられるのは奇跡のようなものだった。この奇跡はいつまでもは続かない。
魔族は悪だ。
はるかな昔からそれは分かっていたことだった。自らの邪悪な欲望のためだけに人間をおびやかす種族。
だが、魔術と呼ばれる邪悪な力を駆使し、さらに魔物を使役する魔族に対し、人間というのはか弱い生き物でしかなかった。
魔族を倒すためには力がいる。何者にも負けない強い力。その力が自分にあると、証明するために人々は集い、最後の戦いに今ふたりが残っている。
荒れ狂う猛攻の中にあって、ラウルは自然と笑みがこぼれた。
ああ、魔族を倒す志を持って、勇者を決める戦いにこれほど強いたくさんの人々が集まっている。
なんて頼もしいことだろう。なんて嬉しいことだろう。
そう思ったのだ。
不意に訪れた穏やかな気持ちは、今にも致命的な一撃を食らいそうなこの時に、つかの間の活力を与えた。
行き過ぎたほどに加速していた鼓動が弱まり、自らの呼吸と噛みあう。
突き出される剣先の動きがはっきりと見える。
その一瞬の隙をついて、ラウルは回り込むように斬りかかった。男が驚愕に目を見開く。
だが、
「あめえんだよっ!」
男は突きだした剣の重みに任せるように身体をひねった。回避を確信した笑み。だがすでに身体は泳いでいる。
ラウルはなにも頭に考えが浮かばないまま、いつの間に片方の手を剣から放して男の顔面に拳を突き入れていた。
倒れた男の首筋に、剣を突きつける。
「ぐっ、あ……くそ……」
痛みはそれほどなかったのか、男は間近の剣をにらむと悪態をついた。
ラウルは言った。
「必ず……魔王を倒してみせる。だから安心してくれ」
そして進行役の叫ぶような声とともに、場を取り囲む闘技場の観客席からあふれんばかりの歓声が上がる。
新たな勇者の誕生を祝福する声。
それに紛れるようにして、倒れ伏した男の声はかすかにしか聞こえない。
「はは……おめえはなにも分かっちゃいねえんだな」
意味を問いただしたかったがそれは叶わなかった。男は係員に連れられて運ばれていく。
ラウルも簡単な手当てを受け、そして身だしなみを整えさせられた。
そしてまた観客の前へ出ると、表彰される。王から言葉をかけられ、そして聖なる剣や防具を与えられる。
勇者任命の言葉とともに、闘技場の興奮は最高潮に達した。ラウルの心も高揚していた。人々の応援が、魔族を倒すためのさらなる力をくれるようだった。
ただ、ひとつだけ。
対戦相手の残した最後の言葉が、彼の胸にわだかまっていた。
新勇者が決定される話。