帰還
魔王城の一室で魔王な女の子がじぃっと、執事な男の子の働く姿を観察していた。
「あの……なんですか」
飲み物の在庫を確認していた執事は、魔王の視線に耐えかねて振り返った。
魔王は執事の手元を見つめたまま、
「執事くんの仕事ってどんなのだろうなーって」
「なんというか、今さら感がありますけど」
「今日は特にやることもないしー」
「暇つぶしなんですね」
「~~♪」
「魔王軍の働いている様子の視察とか、激励とか、報告書の確認とか、新しい魔術の研究とか、あるいはエウストン橋の再建計画とか、いろいろ魔王様も他にやることがあるのでは」
「……少なくとも最後のは、私が上から口出ししてもみんなが迷惑するだけだと思うなぁ」
「では他の仕事はやっていただけるんですね」
「うん。執事くんの仕事の視察をするねー。がんばれー」
「…………」
「…………。ふふーん」
執事はがっくりと肩を落とした。
あきらめて作業にもどると、取り急ぎ補充しなければならないものを手元の紙に書き込んでいく。
「さて、次は……。う……!?」
執事の持っていた紙を、吹き込んできた風が揺らした。
だが近くに窓があるわけでもない。自然の風ではなかった。部屋に入り込んだ風はテーブルの脇の一点に収束して、魔族の姿を形作った。
面立ちのすらっとした長身の男で、耳が長い。ロバほどではないが。
魔王が言った。
「あー。シュ…………」
言いかけて、そしてなかったことにした。
「さて、執事くん。次のお仕事はなーにー」
「いやいやいや」
執事は首を横に振った。
風の男が片膝を床につき、美しい声音で言った。
「魔王様。四天王がひとり、風のシュビルアーゼスケルロステムハイロアン、ただいま帰還しました」
「おかえりー」
魔王は、名前が思い出せなかったことや見なかった振りをなかったことにして、にっこりと挨拶をした。
シュなんとかくんが帰ってくる話。