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お株を奪う

 あれほど多くいた怪盗たちの最後のひとりへと、魔王な女の子の魔術が直撃する。分身にはそれほど耐久力がなく、魔術を受けて瞬く間に消え去った。

 魔王が不思議そうな声をあげる。

「あれー……?」

 最後のひとりも、分身。とすれば本物はどこへ消えたのだろう。

 魔王が周囲を探しているが、その場所から離れているシャティには怪盗の姿が見えていた。

 庭の木の上に静かに怪盗が立っている。まだその姿を見つけられていない魔王へと、奇襲の形で火の魔術攻撃が襲いかかった。

「……っ」

 攻撃の気配に機敏に反応し、地面を蹴って魔王が回避する。さらに片手を地面について身体を支え、腕力だけで動かしてさらに距離を取る。

 どうにか避けたものの多少の熱を感じたはずだ。

 だが魔王はまったくひるまずに飛び出していった。空中を蹴って木の上にいる怪盗へ襲いかかるが、怪盗は余裕を持った動きで空中へ逃げる。

「す、すごい……」

 おそらく風の魔術を使用しているのだろう。互いに空中を跳ねまわっている。

 魔王はがむしゃらに何度も飛びかかっているのだが、対する怪盗は落ち着いた表情を崩さずまるで攻撃が当たらない。

 次第に攻撃が苛烈さを増していく。

 魔王が空中を飛びながら魔術を使用して様々な手で攻撃を加える。

 思わずシャティは息をのんだ。

 空中を飛ぶのも魔術。攻撃するのも魔術。異なる魔術の同時使用……にも思えたのだが、実際には違うようだった。空中で飛ぶ出力の一瞬にだけ魔術を使っている。つまり飛ぶ魔術を使用したあと急いで攻撃用の魔術を放ち、そしてまた飛ぶ魔術を使っているのだ。それを繰り返している。

 容易いはずはない。

 ただ単調に移動しているわけではなく、飛ぶ魔術だけでも相当に技術の緻密さが必要なはずだった。それらを信じられない速さで行っている。

 そして、光が満ちた。

「う……っ」

 それは誰のうめきだっただろう。

 魔王の放った魔術のひとつが、大きな光によって視界を埋め尽くして消える。

 ようやく光景が見えるようになった時、これまでよりも移動の勢いを増した魔王の姿がそこにあった。魔術によって攻撃することをやめすべてを速度に注ぎ込んだように見える。

 その動きをかろうじて目で追っていた怪盗の、一瞬だけ後ろを取る。だが、そこにはまだ距離があった。

「まずい……っ」

 歯噛みしたのは向こうのメイドだった。

 そのメイドには見えていた。シャティにも見えていた。

 ただ、怪盗にだけは……それが見えていなかった。

 怪盗は振り返り、またも自分へ襲いかかってくる魔王の姿を見据えた。距離があった。だから余裕を持って魔術を使い、迎撃することができる。

 ほほえみとともに、怪盗の放った魔力の杭が魔王の姿に突き刺さる。

 途端に、怪盗が顔色を変えた。

「なっ……」

 あるいは怪盗は、怪我を負ったであろう魔王の心配をしたのかもしれない。ただ、攻撃がそう簡単に、魔王の頑強な身体に突き刺さるはずがない。

 杭に貫かれた魔王の姿が跡形もなく霧散して、その背後の魔王が――本物の魔王が怪盗へ飛びついた。

 怪盗の両腕を手で押さえ、お腹辺りをがっしりと足で挟んでいる。そのままふたりは地面に墜落した。土煙もなく、ただ重い音だけが響く。

「勝ったー!」

「まいったな……。こうもあっさりやられるなんて。しかしよりにもよって、分身だなんてね」

「ふふー。私も最近できるようになったんだよー。何体もは出せないけどー」

 立ち上がった魔王が自慢げに胸を張る。あっさりと手を離したところを見ると、怪盗を捕まえておくという考えはないようだった。

 魔王は振り返ると、ぱたぱたと手を振った。

「シャティちゃんー、勝ったよー。これで名実ともに私が最強なの。ふふー」

「お、おめでとうござい……ます?」

 いまいち意味が分からなかったが、シャティは祝福しておいた。

 怪盗が立ち上がりながら、衣服についた土汚れを払い落としている。

「君の先代はすぐに負けてしまったようだからね。たしか、今はせんべいを作っているんだったかい?」

「うんー。この前送ってもらったけど、ちょっとしけってたー」

 魔王と怪盗が会話を交わしている。けれど話の内容は意味が分からず、どこか親密さを感じさせた。そのことがちょっとだけ、シャティは悔しい。

 魔王たちが近寄ってくる。

 視線を下に向けて、怪盗が言った。

「それにしても本当に可愛らしい魔物たちだね。ボクがこの城にいたころにもこんな子たちがいれば、もっと楽しかっただろうに」

 シャティはその言葉にきょとんとした。

 魔王に視線を向け、問いかける。

「あ、あの……ま、魔王城で、働いていたかた……なんですかぁ?」

「あー……」

 魔王は困ったような笑みを浮かべ、そして怪盗はほほえんだまま硬直したように動きを止めた。

 シャティはもしかして失礼なことを言ってしまったかと思って、あたふたとあたりを見回した。ただちっちゃな魔物たちだけがのんびりしている。

 魔王は言った。

「この魔族はね、二代前の魔王なの」

「まっ…………そうなんですかぁ」

 一瞬驚きかけたものの、シャティは納得した。そうでもなければ魔王と互角に戦えるはずもないと思ったからだ。

「私が魔王になる直前に、訓練してもらったことがあったんだよー。今度はちゃんと勝てたから満足ー」

 魔王がにこにこしている。

 そんな魔王にシャティは言った。

「あ、あの、その、お土産を、受け取りました。ルブルールのお菓子とゴム手裏剣だそうです……」

 その言葉に、魔王ははっとしたようにお菓子の袋をのぞき込んだ。魔王がさがしていたはずのお菓子とは、種類が違う。

 それからびしっと昔の魔王を……怪盗を指さす。

「さあ怪盗、盗んだものを返してもらうよー」

「おや探偵くん。なにを返せと言うつもりだい」

「なくなってたお菓子とホウキー。盗んだんでしょうー?」

「……ボクは君の遊びだと思って怪盗ごっこに付き合っていただけだったんだけど、本当にものがなくなっていたのかい?」

「えっ」

 魔王が動揺する。

「違うのー?」

「ボクではないよ」

 怪盗はあっさり否定する。それから言葉を付け足した。

「だいたい、怪盗を名乗る者がお菓子やホウキなんて盗んでどうするというんだい。それだったら宝物庫にでも入るさ」

「それは、そうだけどー」

 魔王が首を傾げる。

 魔王城の物がなくなったという騒動に、この怪盗あるいは作家や従者のふたりはまったく関わっていないらしい。

 手がかりを失ってしまった、と思った時だった。

 怪盗がふと思い出すように言った。

「そういえばもしかしたら、ホウキといえば……」

決着と二代前の話。

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