願い
魔王城の一室で魔王な女の子が、丸くて手のひらほどの大きさの石を前にして自慢げな様子を見せている。薄い緑色をした丸い石は透明度があり、わずかに反対側が透けて見える。
魔王の様子とその石を見ていた執事な男の子が問いかけた。
「宝石とか、そういう価値があるものなんですか?」
「この間、物語を読んでいたらねー」
と魔王が語り始める。
執事は、図書室へ往復させられたあの分厚い本か、とぴんときた。表紙はタイトルのところに金属の板とかつけて、やたらと凝っていた印象がある。
そんな執事の内心を知るでもなく、魔王は続ける。
「どんな人の願いでもかなえてくれるすっごいアイテムが出てきたの」
そして緑色の石を指し示し、
「その物語に感銘を受けて、作ってみました」
「…………。え?」
執事がまじまじと石を見つめる。
「願いが、叶うんですか? 作った?」
「うんうん。だから、執事くんの一番叶えたい望みを言ってみて」
そう魔王に告げられて、執事はごくりとつばを呑み込んだ。
自分の一番の望みはなにか。執事がそう考えた時、真っ先に出てきた望みとは、魔王がてきぱきとなんでも仕事をこなす姿だった。誰もが理想とする最高の魔王。
だが今のままでも、魔王様だってやるときはやるのだ、と執事は思い直した。ほとんど動かないだけで、その気になれば四天王が束になっても敵わない活躍を見せる、はずだ。
そして魔王がなんでもこなすようになれば、執事自身の職も危うい。
「僕の願いは……」
「うんうん」
わくわくと魔王が執事の言葉を待つ。
「シャティを」
「シャ、シャティちゃんを?」
思わぬ執事の言葉に、魔王は目を見開いた。
「シャティを、もうちょっと落ち着いた、臆病じゃない子にしてあげてほしいです」
「……そういうのはちょっとー」
魔王がぐったりした。
執事が訊ねる。
「駄目なんですか?」
「本人も頑張ってることだしー。アイテム頼りじゃなく、自助努力に任せたほうがいいんじゃないかなー……」
魔王は唇を尖らせる。
「むー。お金持ちになりたいとか、寿命を延ばしたいとか、ルブルールの新作限定ケーキを食べたーいとか、そういうのないのー?」
「最後のは絶対に魔王様自身の願望ですよね」
「うんー」
否定もしない魔王に、執事はあきらめて自分の願いに考えを移した。こうなれば、やはり魔王様がもっと仕事をするようになることだろうか、と執事は思う。
「魔王様、が……」
「え、私?」
執事は願いを言いかけて、魔王が不思議そうにする様子を見ているうちに、思っていたのとは違う言葉が自然と口からこぼれていた。
「末永く健康でありますように……」
「む」
魔王が顔をしかめた。そして、あらぬ方向を向く。
長い息を吐くと、彼女はいま思いついたかのように言った。
「むー。ちょっと珍しく、健康のために運動でもしてこよっかなー」
そう言って腕を伸ばし背伸びする魔王はそれでもちっちゃかったが、執事は魔王と石を見比べた。
訊ねる。
「この石、魔王様が作ったって言ってましたけど。もしかして、石とか関係なしに魔王様が自力で叶えてくれる仕組みなんですか?」
「うん!」
「ちょっと待ってください。やっぱり休暇を……」
「この石の効力はひとり一回までだからー。変更不可ー」
「そんなこと言ってなかったじゃないですか」
「ひとり一回で変更不可っていま私が願いました。叶いました」
「ひどい」
願いが叶うアイテムの話。