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旅立ち

 肉体が失われてもなお、心がそこに残ること。

 抱いていた夢の続き。

 すべてが失われても終わらないその気持ちは、残された夢でしかなかったのだろう。

 小さな魔物のめーちゃんは馬のような豹のような姿をしている。全体的に黒い色をしているのだが、ところどころに雪のような白が散っている。

 うまく作ることができなかった失敗作の魔物たち。今では親衛隊と呼んで魔王な女の子の傍に置いている彼らは、強靭な身体を持たず、戦うための役には立ちそうに思えなかった。だから前線に送られずにいる。

 正直な所、その失敗作たちはたくさんいる。よくもまあこれだけ魔物を作製したものだと、あとでそのことを知ったルリエラが驚いていたくらいだ。成功した魔物は少数だったけれども。

 数が多かったものだから、その魔物たちが持つ能力を一匹一匹確かめようとはしなかった。そして魔王が知る限りでも、親衛隊の魔物たちはせいぜい宙に浮くとか蝋燭に火をつけるとかくらいで、魔王が作ろうと思った能力を獲得してはいなかった。

 けれども今、その能力を持つ相手がここにいる。

 魔物の、めーちゃん。

 その場にいる全員に見つめられている前で、また一口、めーちゃんは食べた。魔法の指輪に取りついた、半透明な影の身体を。

 食べられた本人は唖然としている。

「めーっ」

 決意の眼差しをめーちゃんは浮かべていた。

 突然のめーちゃんの行動は、また魔法の指輪で攻撃されそうになっていた、魔王を助けてくれるためのものだったらしい。雰囲気からなんとなくそんな様子が感じ取れた。

 魔王はそっと両手でめーちゃんを掴むと、抱きかかえる。感謝の気持ちを込めて身体を撫でると、やわらかな毛先の感触が小さな指に伝わった。

 執事が問いかけてくる。

「いったいなにが起こったんです……。まったく聞いていませんでしたけど、その魔物はなんの魔物を作ろうとしてたんですか」

 魔王の腕の中で、めー、と小さな鳴き声があがる。

 魔王は慈しむ視線をその子におくった。

「この子はねー。作ろうと思った時、とっても眠かったの」

「え?」

「買い物もしたしー、来客の対応とかー、みんなの看病もしてー、それで魔物も作ったから」

「眠いことが、なにか関係あるんですか?」

 こっくりと、魔王はうなずいた。

「眠くって、どうせだから夢に関係する魔物を作ろうと思ったの。ナイトメアとかバクみたいな……。失敗してたと思ったんだけどー」

 魔王と執事の視線が、半透明な影へと向く。

 影は食べられて失われた身体をどうにか修復したようだった。けれども、その姿は先ほどよりもまして透明に近づいている。

 影がわめいた。

「どういうことだ! 私を食べるとはいったい……!」

 その言葉に、魔王は軽く首を振る。

 予想だが、きっとそれほど遠く間違ってはいない。

「肉体を失った無防備な心は、寄る辺のない夢のようなものなの。ただそこにあって、そしてここまで続いてきた、だけど不確かなもの。この子は夢の魔物。夢を食べる」

 そして魔王は告げた。

「このまま成仏して欲しいの」

 その言葉に影はうめいた。その眼差しは、半透明なために分かりづらかったものの、めーちゃんを見ている。

「私は魔法を……だが、このまま食われたら私は……」

 どれほど葛藤していただろうか。

 そしてすべてをあきらめたように、肩を落とした。

「私も、同胞である魔族たちに迷惑をかけたいわけではないのだ。わが十三もいる子供たちが無事に巣立っていくのを見届けただけで、満足すべきなのだろうな」

「生きる目標がどうのと言っていた割に、意外とやり遂げてますね……」

 執事が力のない声で指摘した。

 半透明な影は、地面に膝をついた。ゆっくり目を閉じる。

「魔王様に多大なご迷惑をおかけしたこと、お詫び申し上げます。この国の行く末に幸多からんことを願います」

 影が言葉とともにさらに透けていき、そして見えなくなった。

 しんみりとした後に残ったのは、ただ虚しく転がる魔法の指輪だけ。危険が残っていないことを確認してから、また宝物庫にしまうことになるだろう。誰もその力を必要とはしていないのだ。

 魔王はめーちゃんを撫でる。

「めーちゃんは、失敗作なんかじゃなかったんだねー」

 めー、と小さく鳴いた。

 ほんとう? と訊ねるように、自分を抱える女の子の顔を見上げている。

「だって、あんなにしっかりと能力を持ってたんだもん。すごかったんだねー」

 ふふー、と、魔王は笑った。

 だけどなぜだか、めーちゃんは悲しそうな表情を浮かべた。

 それから魔王の腕から抜け出すと、地面に立って振り返る。悲壮な、決意の眼差しで魔王を見つめた後、ひとこえ強く鳴いた。

 それから魔王に背を向けて、歩いていく。

「めーちゃんー……? どこに……」

 言いかけて、魔王ははっとした。小さな魔物は城門の方向へ歩いている。城を出て行こうとしているのだ。

 めーちゃんは失敗作で、魔王の傍にいる親衛隊だった。

 だけど、きちんと能力を持っていることが判明した。きっと失敗作ではなかった。そして。

「失敗作じゃないと、ここにいる理由がないんだ……」

 めーちゃんが去っていくのは、とても寂しいことだった。

 けれども目をそらさず、見送らなければならない。めーちゃん自身が覚悟を決めたのだから。

 その横で、執事が言った。

「魔王様」

「…………なあにー」

 返事をする魔王の声には、悲しみが混じっていた。

 だけどまったく気にせずに執事は言葉を続ける。

「あの魔物が失敗作じゃないのはなんとなく分かりましたけど」

「うんー……」

「魂を食べる能力とかではないんですよね」

「……違うねー。体を持っていない相手だったからあんなことになっただけでー。夢を食べるだけなの」

「それって人間との戦いにはいっさい役に立たないんじゃありませんか」

「………………」

 執事の言った言葉を頭の中で反芻したあと、魔王はとことこと歩いていった。

 そしてめーちゃんを抱きかかえて戻ってきた。

 抱き心地がすっごくよかった。魔物は小さく、めー、と鳴いた。

めーちゃんの話。

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