蹴る
攻撃することを決断してから実際に指輪に込められた魔法の力が発揮されるまでの自然な流れを見れば、指輪の使い手が相当な能力の持ち主であることは容易に想像がついた。
荒れ狂う力が、これまでの破壊によって無残に掘り起こされたようになっていた土を巻き込みながら、すりつぶすように魔王を襲う。
冷静にその力の規模と動きを観察しながら、数歩分に当たる距離を軽く跳んで後退すると、魔王は自らの魔術で対抗した。執事な男の子とかめーちゃんが後ろにいるので防ぐしかなかった。
指輪から放たれた力は、精密な魔術によって矛先をそらされ勢いを失い、ねじ伏せられる。
わずが二、三秒のことだった。
魔王は自らの出した結果に満足し、ふふー、と得意げな笑みを浮かべた。一瞬だけ。
邪魔だった魔法の力を退けた向こう側。
そこに魔王が見たのは、半透明の影が背を向けて逃げ出している光景だった。
先ほど指輪があった位置からだいぶ遠くに離れている。このわずかな間にそれだけの距離が生まれたということは、影は魔法の力を行使し終わったと同時にためらいなく逃げ出したということにほかならない。
そのきっぱりとした逃げっぷりに、魔王は呆然と後ろ姿を眺めた。
「お、おおー」
それからはっと我に返って、逃げる影を追いかけはじめる。
さいわいなことに影と指輪の逃げる速度は速くないようだった。というよりも、魔王の身体能力が高すぎるだけなのかもしれないが。
魔法の指輪は強力な道具だ。
どうすべきか判断に迷いながら、けれど魔王はすぐに決断を下した。魔法の指輪をいま操っているのはあの半透明な影で、とりあえず後ろに目はついていないように見える。背中を向けて逃げている以上、なにをされても対処はできないだろう。
魔王は走る勢いのまま、ドロップキックを繰り出した。
そしてその足はたがわずに影へと吸い込まれ、通り抜けた。実体がなかった。
だが両足が地面についたと同時に小さな体を反転させると、その勢いのまま逃げ出している魔法の指輪のほうを蹴り飛ばす。
力なく地面に転がり、指輪と影の動きが止まった。
「ふうー……」
逃走をはばむ話。