話し合い
「はるか昔から続いてきた魔王の封印がついに解かれ、今この国に災いが降りかかろうとしているの。大切なみんなのためにその災いを防ごうとするその者の名を、めーちゃんと……」
黒雲が空を覆い隠し、降り注ぐ雷鳴が聞くものの身も心も震わせる……なんてことはなかったけれど、まるでそんな情景の中にいるかのような感じで魔王な女の子は言った。
実際にはぽかぽか陽気だった。
彼女の手には黒っぽくて馬のような豹のような魔物、めーちゃんが抱えられている。
魔王の言葉を聞いていた執事な男の子は、呆れた感情を顔には出さないようにしながらも素直に言った。
「なんで封印が解かれて魔王が復活して国の危機みたいな感じで言ってるんですか。魔王はあなたでしょう」
「先先代魔王が宝物庫に入れた指輪のせいで被害がでてるから、間違ったことは言ってないけどねー」
抱えられためーちゃんが、めーとか鳴いている。
魔王と執事は距離の離れたところから、地面に落ちている魔法の指輪を警戒していた。
これまで魔王が楽観的だったのは、仮にめーちゃんが指輪の力を暴走させていたとしてもたいしたことにはならないだろうという前提があったからだ。けれども、深い知識を持った何者かが指輪を使用しているとなれば話は変わる。使いこなせさえすれば魔法の指輪は強力な道具だからだ。
それでも、魔王を倒せるほどの力はないだろうが。
なんにしてもいま重要なのは、その指輪の使い手が何者か、ということだった。
指輪の上に急に現れ、力を振うと急に姿を消した半透明の影。この場所に来るまで何ヶ所も被害が出ているため、このまま影が出てこなくなるということはおそらくないだろう。
執事がちらりと魔王に視線を向けて訊ねた。
「指輪から現れたように見えましたけど、なにか心当たりはないんですか?」
「それらしいことはなんにも聞いてないねー。それにこんなことが起こるって分かってたら、先先代も指輪を宝物庫になんていれなかったと思うの」
宝物庫にいれるような物は、念入りに危険がないか調べたはずだ。
というかそもそも、その指輪の効能を調べるために学校に持ち込まれ、それから宝物庫に移されたという経緯のはずだ。
「めーちゃんが指輪を持ってたところを、どこかから野良の魔物がふわふわとやってきて指輪を奪っていった。とかなら話が簡単なんだけどー」
「通りすがりに指輪の価値に気づいて奪って使いこなすだけでもすごいですよね。魔王城に忍び込むのもありえないですけど」
執事が言った。
魔王はめーちゃんの瞳をのぞき込んだ。
「めーちゃんは悪さをするあの指輪を追いかけてきたみたいだねー。えらい子ー」
「そういえば」
執事がふと思いついたように、魔王が抱える魔物を見た。
「宝物庫なんですけど、あの指輪の影が内側から扉を開けたのかもしれませんね。魔王様が抱えている魔物も、宝物庫じゃなく通路にでも転がっていた指輪を拾っただけなのかもしれません」
「なるほどー」
魔王が頭を撫でると、めーちゃんはくすぐったそうに首をくねらせた。
執事が深々と言う。
「宝物庫の中で指輪が暴れたりしなくてよかったですね」
「そ、そうだねー……」
魔王もその光景を想像して、さすがに明るい声は出せなかった。
指輪を見ながら言う。
「とにかく正体を確かめないとー。姿がまた出てきたら話し合いかなぁ」
「話し合い……できるんでしょうか」
指輪と影について会話する話。