こわーい話
魔王城の一室で、魔王な女の子が口を開いた。
「これからー、こわーい話をしようと思うの」
「……そのために部屋を暗くしたんですか?」
執事な男の子が呆れた声をあげた。
魔王は構わずに続ける。
「ある時、あるところにカロンという年若い男がいたんだ」
「四天王の」
「そう、四天王の。彼は強くなるのが大好きで、そのために戦う相手を求めていたんだ。そして彼はある日、強敵の噂を聞きつけて、魔王城を飛びだして行ったの……」
暗がりの中、魔王は小さく笑う。
「辿り着いたのはなんということもない粗末な村だった」
「やめましょうよ、粗末とかいうの。あなた王様でしょう」
「……小さな村だったんだ」
「はい」
「村の魔族たちはこれまで平和に過ごしてきた……まあ人間も攻めてこないような僻地だったからね。だけど、その頃村の近くの沼に……」
「沼に?」
「みっっっつの首を持つ竜が現れたの!」
「お、おおー」
声を大きくする魔王に、執事も驚いて見せる。
「なんとその大きさは山ほどもあって、気まぐれに竜が暴れただけで大被害が周囲にもたらされたの」
「はい」
「噂を聞きつけてやってきたカロンくん……ごほん、カロンという若者は、村に着くなり竜を倒してやると豪語したんだよ。ところが村の人々は……」
「…………?」
「おやめください、大変危険ですから、なにとぞなにとぞ……と止めるばっかり。そしてもちろんカロンは」
「止まるはずもないですね」
「そう。村人たちの制止も振り切り、沼地の竜へ果敢に戦いを挑んだの」
そして魔王は声を小さくする。
「それはつらい戦いだったらしいよ。沼という足場も悪い中で、三つの首や前脚が連携して襲ってきたんだって。さらには攻撃しても固い鱗に跳ね返され……戦いは三日三晩続いた」
「…………」
「村の人々は目を疑った。あの強大な竜がたったひとりの魔族に倒されてしまったんだから。その魔族、カロンは竜の牙や爪によっていくつもの大きな傷を負いながら、もう用はないとばかりにそのまま帰っていったの……」
一拍の間をおいて、魔王は話を続けた。
「三日かけて魔王城にたどり着いた時、そう、カロンは恐ろしいことに気づいてしまったんだよ」
ごくり、と執事は息をのむ。いったい、なにが起こったのか。
「まさか、竜は毒を持っていたとか……?」
「ううん」
魔王は首を振る。
「彼がその目に見たものは、憐れな少女の姿だったの。わた……魔王からの言葉を伝えるために、いもしないカロンを九日間ずっと探し続け、ようやく見つけて泣き崩れた憐れなシャティ……」
「うわぁ」
泣き崩れるメイドのシャティの姿が、執事には容易く思い描けた。
魔王が部屋の灯りをつけて、ころっと語り部口調をやめる。
「さすがにカロンくんも反省したらしく、修行に出かけるときは書き置きを残すことにしたとかなんとか」
「カロンさんの行動を変えたと考えると、すごい功績かもしれませんね」
「でも、怖いよねー。九日も探し回るはめになるなんてさ」
「魔王様が途中で止めてあげればよかった話なのでは」
「…………」
魔王がぷいっと視線を逸らした。
きっと気にもしなかったに違いない。この魔王様のほうが怖い。そんなことを執事は思った。
カロンの竜退治の話。