強さの理由
四天王のひとりであるルリエラによって作られた、魔王城の地下ダンジョン。
その最後の試練で土の中から出てきたボスと、殴り倒された魔王な女の子を見比べて、執事な男の子はいつの間にか自分の息が止まった気がした。
それでもどうにか体を動かし、魔王と敵との間に割って入る。執事にはろくな戦闘能力はなかったが、なにがあっても魔王を殺させるわけにはいかないとの思いがあった。
敵は襲いかかってこなかった。
そしてむっくりと起きあがった魔王は執事を押しのけながら、なかば呆然と言った。
「おかしいの」
「魔王様、ご無事で……!」
執事が喜びの声をあげる。
そんな彼には視線を向けないまま、魔王は言う。
「予想してたより十倍以上はボスが強いのー。こんなのー……こんな魔物、ルリエラちゃんが作れるはずない」
「え……?」
執事もボスへと視線を向けた。
ぶにょぶにょとした緑色の大きな体。目のあたりはこちらをあざ笑うかのように細長くくぼんでいる。
「で、でも、ルリエラさんがここに配置したボスなんですよね?」
「そのはずだけどー……。うーん。とにかく、倒してから確認するね」
「倒せるん、ですよね?」
「うんー。心配しなくても大丈夫だよ。さっきはちょっと遠慮しちゃっただけだから」
「はい。失礼なことを申し上げました。どうかお許しください」
「気にしなーい、気にしなーい。それじゃいってくるねー」
そう言うと、魔王がものすごい勢いでボスへと襲いかかった。
今度は魔王の拳がボスの顔面にヒットしたものの、わずかにその体が後退しただけで踏みとどまり果敢に反撃を仕掛けてくる。
執事の目の前で、かろうじて目には見えるものの内容は理解しきれない攻防が繰り広げられた。殴り、防御し、避け、時には蹴り……あるいはフェイントが仕掛けられたこともあったのかもしれない。
「…………?」
それらのことが過ぎ去ったあと、おもむろに魔王が距離を取った。そのちっちゃな女の子は、今まで戦っていたボスへとじっと視線を向けている。敵の肉体はあちこちが抉れていた。
魔王が戦いを中断したことに驚いた執事は、彼女へと視線を向けようとして、今までと違う気配を感じ取った。
「ま、まお……」
それ以上は声が出なかった。
怒気だった。
魔王から発せられる明確な怒りの気配が、周囲を震わせている。その感情は魔王がなにか言葉を発しなくても容易に察せられた。
そして魔王が消えた。
どっかーん。
激突音とともに、魔王の怒りの気配が消えた。
執事が気づいた時にはダンジョンのボスが壁にめり込んでいる。執事の知覚できない速度で魔王が攻撃を仕掛けた結果だった。
けろっとした様子の魔王が言った。
「それで、どうしてカロンくんがここにいるのー」
その言葉に執事がぎょっとして見ていると、ボスの体の中からカロンが這い出ようとしていた。どうやら着ぐるみだったらしい。
魔王から受けた痛みをやせ我慢でこらえているカロンは、どうにか笑いを浮かべながら問いに答えた。
「いやー、ルリエラのやつに頼まれてよ」
「ルリエラちゃんにー?」
魔王も執事も疑問に思った。ルリエラとカロンは仲がよくないからだ。
カロンは自分が抜け出した着ぐるみをげしげしと蹴る。
「このダンジョンのボスをやってくれってよ。めんどくせぇから断るつもりだったんだがな、魔王様と戦えるっていうから話に乗ったんだよ。そのうちって言うばっかりで、魔王様は訓練場まで戦いにこねぇからな」
「あー」
魔王はとりあえず事情に納得した。
そして聞く。
「土の中に隠れてたけど、いつからいたの?」
「ああん? 時間はよく分からねえけど、だいぶ長いこと待ってた気がするな。ったく、あの魔物女も気が利かねえ」
カロンが愚痴る。
もしかしてルリエラちゃんなりの嫌がらせだったのかなー、などと魔王は思う。それから深く息を吐いた。
「着ぐるみなんて着ずに、がはは、俺がこのダンジョンのボスだー! とか言ってくれたよかったのにー。そしたら余計な手加減する必要なかったもん」
「なんだと……?」
言われたカロンがショックを受けていた。ルリエラに言われるままに、わざわざ動きづらい着ぐるみを着ていたのだ。
魔王は気にせずに執事を連れて、広間の奥にあるダンジョン最後の階段を降りていった。
カロンだった話。