ボス
魔王城の地下ダンジョン。
魔王な女の子が執事な男の子に謝っていた。
「ごめんねー」
「いきなり投げ飛ばされて死ぬかと思いました」
階段から転げ落ちて倒れ込んだ執事は、魔術で治療してもらったもののぐったりとしていた。
「勢いと方向が悪かったね」
「そういう問題じゃなくていきなり投げないでください。あと方向が多少変わっても壁に激突しただけです」
執事の指摘に魔王はそっと目をそらした。
そこにはやや広めの部屋があり、迷路のような通路がいくつも伸びていた。この地下ダンジョンの最後の試練は強さを問うものだったはずだけど。
「なんだか急に迷宮ちっくだねー」
「話を逸らそうとしてませんか、魔王様」
「倒れてた執事くんがモンスターに襲われてなくてよかったよね」
「それはそうですけど。……というか、どうなんですか。怪我はしないようになっているとかそのあたりの安全性は配慮してあるんでしょうか」
「このダンジョンを作ったのルリエラちゃんだしー。挑戦するのが私だって分かってるから、たぶんそういう遠慮はしてないと思うの。なにがあっても私負けないもん」
「……ついてきたのは間違いだったかもしれませんね」
「えー、そんなのつまんないよ」
魔王は言いながら歩き始めた。
どれにしようかなーと進む通路を適当に決めて、執事とともに奥を目指す。途中の分かれ道で片方を選択し、かくかくと曲がりくねった道を通っていく。
すると、迷路を巡回する役目でも持たされていたのか、数体の魔物とばったり出くわした。
戦闘だ。魔物が叫んだ。
「ぎーっ」
「手加減ぱーんち」
軽い掛け声とともに魔王が全部殴り飛ばした。
本当に倒すわけにはいかないので全部手加減した。
それから数度の戦闘をこなして魔王たちはどんどん進んでいった。魔物が落としたキノコを戦利品として手に入れようとしたら実は魔物のおやつで、謝って慌ててキノコを返したとか多少のトラブルはあったけれど。
執事が言った。
「なんかもう魔王様が一方的に相手を倒してますから、強さの試練とかじゃなくてまた体力の試練をしてるみたいですね。どこまで続くんでしょう」
「あははー。きっとここで苦労して頑張ったほうが、そのあとに財宝を手に入れた時の喜びも大きいよ。楽しみなの」
「そういえばそんな話もありましたね。それっぽく話を作っただけじゃなく、実際に財宝があるんですか?」
「……さあー?」
魔王は詳しい話をルリエラからまったく聞いていなかった。
行き止まりにたどり着いて引き返したりしながら道をどんどん進んでいくと、道の先に大きな広間が見えてきた。広間の真ん中にはなにやら土が盛り上がっている。
魔王たちふたりがその広間に一歩足を踏み入れると、盛り上がった土が払い落とされて中から今までよりも大きな魔物が出てくる。緑色でぶよんぶよんとした肌の魔物で、どうやら二足歩行。
「なんだかボスな感じ。それに向こうに最後の階段が見えてるー」
「あ、ほんとですね」
「それじゃあやっつけよー」
魔王はそう言って、たったったっと緑の魔物に近づいていった。
そして次の瞬間には魔物の拳がちっちゃな魔王の身体を吹き飛ばしていた。
「え……?」
振り返った執事が見たものは、地面に倒れた魔王の姿だった。
予想外の強さを持っていたボスに魔王が殴られる話。