傀儡師専属パタンナー
揺れてる影を、払って、苦笑い。
さてさて、誰も見てないのを確認。
書かれたデザインは重さも存在も超越している。
それを、図形に落としていく。
その美しさは誰の目にも触れない。
重なる布の嫋やかさと、永遠からの決別が、そこに生まれる。
1度、生地に落とせば、パタンナーの手から、デザイナーの手でドレスは変化していく。
谷敷龍樹は、ひとつのショーを終えて、旅に出る予定だ。
華々しいデザイナーの賀川かの穂が、ウエディングドレスのショーを成功させて、今は取材や写真取りで、黙殺されているはずだ。
あの敏腕マネージャー代田は、かの穂が、擦り切れるまで、スケジュールを入れまくっていることだろう。
いつの間にか、かの穂のパタンナー主任にされてしまっていたのだって、あいつの手腕だった。
ノンビリ古都巡り。
昔は気にもならなかった寺や仏像や千社札なんかを観たりしてる。
美術館も歩いた。
意外にあるのが、民族博物館だ。
触った事のない、昭和や明治の生活用品が、古い匂いの中で観られるのだ。
上野の江戸東京博物館で、ジオラマを見たのを思い出す。
江戸の暮らしが火のみ櫓や、長屋や武家屋敷、太鼓橋を行き交う人々などで、埋められている。
何時までも見ていた思い出がよみがえる。
明日には、又いつもの生活に戻る。
気楽なひとり旅、ブラブラ歩く。
いい匂いがして来る。
カフェもあるパン屋からの匂いだった。
選んだパンとシチューのセットを注文した。
チキンのクリーム煮だ。
コーンの入ったパンとコーヒーロールが、あう。
それに珈琲が美味い。
その店の奥が見える。
ガラス張りの向こうに、パン焼き窯や作業している姿がわかるのだ。
ガラスと金属の中に、人形がいた。
白い。
ギラッとした光る眼。
黒い断髪に、長い紅い一筋の総が差し込まれている。
螺鈿のように光る桃色とも水色ともとれる着物の上に、透きとおった薄べりを羽織っていた。
金属の細い綱が、人形に絡みつき、小さなビーズ作りの花が咲き乱れている。
細く引かれた口紅は、詩でも唱えているのか、うっすらと開いている。
着物から覗く足先はほんのりと色が乗っている。
その人形が、黒い牛の上に座っているのだ。
牛は顔も背も黒く、足の蹄だけに、真珠貝のような光が反射していた。
乱反射する、煌めきが好きなのだろうか。
余程、観ていたのだろう。
「珈琲のお代わりは、如何ですか。」
ガチャン。
龍樹の手が、カップをひっくり返してしまった。
「アッ。」
「すみません。」
珈琲は飲みきってはいなかったが、受け皿の中で、収まっていた。
「お客様、お洋服大丈夫ですか。」
「服は、大丈夫です。」
珈琲サーバーを持っていたウェイトレスは、新しいカップを持ってきてくれた。
少し跳ねていたテーブルも拭いてくれた。
「急にお声掛けして、申し訳ありませんでした。」
「いえいえ、こちらも気がつかず。
人形を見ていたんです。」
「あれですか。」
ウェイトレスが指差した方にも、人形がいた。
長い金の髪だけの白い裸体に、くらい緑色の苔が張り付いている。
眼は閉じていて、やはり口紅は細く、何かを唱えているように口はうっすら開いている。
寄りかかってるのは、流木のような枯木。
その一番上から、銀糸混じりの白い糸が下に向かって、扇の用に張られている。
その中に一筋、紅い糸が、ピンと張らずに、あちこちに絡みつきながら、人形の足元まで、不思議な螺旋を繋げて行っていた。
土台に盛られた土にも、苔が張られ、そこに吸い込まれていく紅い糸の上に、黒光りする割り後も生々しい石が置いてあった。
ボンヤリとその人形を見る。
「あれは、重音さんの作品なんですよ。」
ハッと心がここに戻る。
「有名な人形作家さんなのですか。」
「趣味だそうです。
あの路地の向こうに住んでて、気まぐれに作ると、ここに持ってくるんですが、意外なファンがいて、瞬く間に売れちゃうので、オーナーが、あれを引っ込めちゃったんです。」
牛を指差された。
「わかります。
なんていうか、空間の色が変わりますね。」
「あら、重音さんだわ。
では、ごゆっくり。」
新しい珈琲の香りの向こうに、オニオンスライスのパンと胡麻パンとハムとキャベツのパスタをトレーに乗せた青年が座った。
白シャツをラフに着込み、両袖を肘までまくっている。
薄いグレーの縞のベストの、ボタンは閉めずに、履いている黒いパンツのコントラストをやわらげていた。
龍樹と話していたウェイトレスは、珈琲を重音に、運んで行った。
二つのテーブルを挟んで、向かい合って座ることになったのだ。
左手の親指に煙った色の指輪をしている。
目と目があった。
思わず会釈すると、重音も頭を軽く下げた。
琥珀色の瞳が輝いている。
ウィスキーの原酒のモルツに、氷が浮かんでるような色合いだ。
済んだ琥珀色は、熱い酒なのだ。
オーナーらしき白エプロンの女性が、奥から出て来た。
片手に珈琲の入ったマグカップを持ち、2人で談笑している。
聞くとはなしに、話が漏れ聞こえてくる。
苔の人形は、買い手がついたようだ。
重音の食事が終わり、テーブルが綺麗に片付くと、掌程の、小さな人形が、重音のベストのポケットから表れた。
あまりの無造作加減に思わず身を乗り出してしまった。
半立ちの龍樹と重音の目があう。
ニッコリと微笑んで、重音が立ち上がり、スッと、龍樹の横に来た。
「ご覧になりますか。」
重音の手の中に、スミレ色の瞳に、線の様な赤い紅を薄い唇に引いて、こちらを見つめている人形が座っていた。
龍樹は、思わず聞いてしまった。
「この子に、どんな服を着せるのですか。」
「服ですか。
実は上手く作れないんです。
着物なら、着せられるのですが。」
もう止まらない。
「僕にこの子の服を作らせてもらえませんか。
イメージを言ってもらえたら、その通りにしますので。」
人形が、その開いた口から、『あら…。』と、言った様な気がした。
重音が龍樹のテーブルの椅子を引いて、前に座った。
「絵は描けます。
生地も糸もあります。
手縫いになりますよ。
こういった人形作りは、手間暇がかかりますが。」
「はい、洋裁の方をしています。
デザイナーではありませんが、服作りは好きなんです。」
「申し遅れました。
私は、重音智彌と言います。」
「谷敷龍樹です。
僕の仕事を見てもらえますか。」
「驚かれるかもしれませんが、存じ上げてます。
かの穂は、姉の娘で私の姪なんです。」
「エッ、そうなんですか。」
智彌が掌の人形をテーブルに座らせた。
「姉と私はかなり歳が離れてますし、間に兄が2人います。
忘れた頃に出来る末っ子なので、かの穂の方が上なんです。」
この若い叔父は、笑うと人形に良く似るようだ。
「お声をかけそびれていたので、きっかけがあって、良かったです。」
指さした方に、あの人形がいる。
「あれは、買い手がついたんですよね、坂上さん。」
クルクルした目で2人を見ていたオーナーの坂上が頷く。
「昨日、飾ったら直ぐに買い手がきまりました。
あの子を売ってくれって方も多いんです。」
黒い牛の上の人形がギロリと睨む。
「あれは八方睨みと厄除けだから、売れませんと、御断りしてるんですけど。
店から見えない場所に移した方が良いのでしょうか。」
坂上さんは、かなり困っているようだ。
「それでは、睨みがききません。
それに欲しいって方には、やがてそれぞれ人形が渡るようになりますって、おっしゃってください。
縁があるものが行きますから。」
坂上さんが、苦笑いしながらも、頷いていた。
その日から龍樹は、休みが取れるとここに通うようになったのだ。
重音智彌のデザインをパターンに起こす。
重音家は代々、呉服問屋をしていて、智彌自身、着物の仕立てが出来る。
だが、着物と洋服はそもそも成り立ちが違うのだ。
着物は織り上げた生地を人が纏う。
肩と腰と何本かの紐が、生地を身体に留めるのだ。
だが、洋服は織り上げた生地を、1度殺す。
着物も熨しをかけるが、洋服は織られた糸ごと、切り刻み、形を現す。
壊さなければ、湾曲した人の身体に添わせる事はできないのだ。
それは、求めるシルエットに人の姿形さえも、変えてしまう作業だ。
龍樹はこれはと思った2人を鍛え出した。
パターンは、基本が決まっている。
そこから、デザイナーが求めるラインを描き出さなければならない。
使う生地から、ドレープの数、着やすさ、腕の動かしやすさ、重さも、考慮しなければ、人が着る物には、ならないのだ。
パタンナーがいなければ、描かれたデザインは、この世に物として、存在できないだろう。
ましてやウェディングドレスには、制約が多い。
パタンナーが1本線を間違えれば、スカートの膨らみも形も変わってしまうのだ。
かの穂は、アシンメトリーなドレスを描く。
パターンも倍だ。
袖も左右で変えてくる。
しっかりしたパターンがなければ、バランスが崩れてしまう。
龍樹の手から、徐々にかの穂の仕事が離れ、重音の人形の服作りが、その比重を重くして行っていた。
掌に乗る小さな人形には、透ける黒のドレスがデザインされていた。
中に着るのは、紅いジャンプスーツだ。
座った姿勢の人形に合わせて、作り上げた。
それを智彌は、ステンレスの楕円のトレーに置き、ガス燈を人形の後ろに立てた。
人形の下には、金糸の渦巻きが幾つも作られ、その渦の中央に、シリコンの小さな花ビラが、散っていた。
花ビラには、色が付いていなかった。
それなのに、見ると色が薄っすら浮かぶ気がした。
人形の足先の薄いピンクが、そう錯覚させるのだろうか。
本当に小さな作品だったが、外に出した途端、この子も売れてしまった。
龍樹は、求められられるドレスを何着も拵らえた。
「龍樹さん、どうぞ。
この子は、貴方のです。」
今、出来上がった人形が、微笑んでいた。
思わず、財布を探して出すと、智彌に笑われた。
「お金は入りません。
ホラ、あの、牛の人形。
あの子ももらわれっ子なんですから。」
「良いのですか。
ずいぶんと、かかったのでしょう。」
20センチ程のその子は、背の高い布張りの椅子に頭を寄せて、埋まっていた。
薄い黄色のゴブラン織りの椅子の中で、白いドレスを、着ている。
濃い青い髪。
緑がかった青の瞳。
引かれた紅の間から、今にも話だしそうな軽く開いた唇。
真珠とガラスの首飾りには、薄いピンクの透けるレースのリボンが、くるくるとからまっている。
そして人形と椅子の間から、何十本もの白にコーテングされた金属線が出ていて、その先に、小さなプラスチックの三角錐が、花のように咲いている。
人形の目より小さな透明の三角錐は、白のエナメルで、丸や点や縞模様が、描かれていた。
「どうぞ、手に取ってください。」
椅子ごと、渡された人形に、熱を感じた。
両手で胸に抱えていると、鼓動が、聞こえてくる。
「これは、心臓の音、ですか。」
重音智彌が、頷く。
「龍樹さんの鼓動ですよ。
私は人形使いなんです。
大丈夫。
その鼓動は決して止まりませんから。」
「ありがとうございます。」
龍樹は自分のドレスを着た人形を椅子ごと抱きしめていた。
重音智彌は、その薄い唇をほんの少し、開いていた。
貴方が生きているうちは、と、声を出さない唇が、そう動いた。
傀儡師に操られているように、重音智彌の人形達が、声を出さずに、そう、呟いていた。
今は、ここまで。




