2-50、あるべきかあらぬべきか
短めですが、更新復活のために投稿致します。
本当に申し訳ございません!
自分に負けないようにがんば…………ります!
『邪剣使い』攻略、85日目。
ニンジャの男はこちらを注視しつつ、細い紐で右腕の切断面を素早く止血した。
当然、それだけじゃ血は止まらない。
このままだと失血死する、はずだ。
でも、ここでしっかりトドメ刺さないとな。
けっこう激しく戦っちゃったわけだし、もしもこれで逃げられて生き延びられたら、このニンジャ、めちゃくちゃ強くなってしまうのかもしれない。
そうなるとさすがにヤバそうだ。
おれが受けた傷は、邪剣の肉が既に侵食し、修復されている。
これもちょっとよくわかんない仕様だよね。
そういえば、ここまではっきりした攻撃くらうのって、いつ以来だ?
っていうか、刃物で貫かれたのって初めてじゃね?
すげーよ、ニンジャすげー。
異世界ニンジャの男が残された片手を懐に突っ込み、球状のものを上空にぶん投げた。
投げられた球状の物体は、ビイイイィィィィーーーーーッとやかましい音を出しながら飛んでいく。
鏑矢っぽい構造なのか?
なにかの合図か。
だが、それが最後の行動だ。
おれはその行動の隙に、もう間を詰めている。
最速で殺す。
首を刈るための剣閃を放つ。
直前、ニンジャの男が、ハッとして視線を右に向け、叫んだ。
「今だッ!!!!」
なんだ、新手の敵か!?
つられて一瞬そちらに目をやる。
誰もいない。
やられた。
最後の最後まで見事。
回避は間に合わないだろうに。
視線を外されたが、おれの愛剣は、ニンジャの男に致命傷を与えている。
だが、この男は、首を狙った剣閃を自らの肉体で逸らし、おれの剣を受け止め、身体に食い込ませ、拘束していた。
易々と即死してやるつもりは無い、という執念。
鬼気迫る表情で邪剣を肉体の内にかき抱き、ゴボッと血を吐いた。
引き抜こうとするが、信じられないほどすさまじい力で抑えられている。
死に際、火事場のくそ力か。
左方から、多量の投擲刃が飛来する。
おい、さっきは誰もいなかったじゃねーかよ。
瞬時に右手から邪剣の肉を伸ばし剣身を追加、「邪剣触手」を蠢かせ、全て弾き落とした。
ちらりと見ると、最初に逃げたはずの女だった。
ニンジャの男は、苦痛に顔を歪ませつつも、なぜか満足気に笑い、叫んだ。
「邪神だッ!!!! 邪神がい゛る゛ぞおおぉぉぉ!!!!!」
どこにそんな余力がある。
「邪神だっ!!! 『黒衣の邪神』の襲撃だっ!!!!」
女のほう、異世界クノイチも同調し、叫ぶ。
叫びながらも、駆け回ってさらにクナイを投げつけてくる。
(マスター、騎兵が来てる!)
あぁ、やられたな。
こいつら、近くにいたクシュルパーニャの兵を誘引しやがったのか。
たぶんこのクノイチのほうも、ただ逃げたってわけじゃなくて、クシュルパーニャの兵を誘き寄せに行ってたんだな。
めんどくさい真似してくれる。
「いたぞー!!」
「なッ、邪神ッ!!?」
「伝令ェーーッ、不審人物発見ッ、邪神の可能性アリッ!!!!」
騎馬の一部が引き返していく。
報せに戻ったか。
面倒だな。
クノイチはこちらに接近することなく、投擲刃を繰り出し続けてくる。
この体勢でも、接近戦は勝ち目が無いとわかっているようだ。
だが、その距離も間合いの内だぞ。
触手を伸ばし、クノイチの首を刈りにゆく。
血飛沫。
既に死の淵にいるはずの男が、血の目潰しを吹きかけてきた。
タイミングが絶妙。
狙いが逸れた。
すぐに触手を引き戻す。
「……あとは頼む」
そう呟いた男の胴を、触手の刃で断ち切った。
愛剣が解放される。
クノイチは既に逃げ出していた。
頼む、だと?
クソ野郎。
頼むべきことがあるのなら、なぜあのまま逃げなかった。
やるべきことがあるのなら、死んではならなかったはずだろうが!
………それほどの価値があったのか?
おれが『黒衣の邪神』であるかどうか、その情報には、そんな重みがあるものなのか。
満ち足りたようでもありながら、やはりどこか不満気でもあった、そんな死に顔がまだ目に残っている。
ふと、接近してくる騎兵どもの顔も目に入ってきた。
決死、高揚、覚悟。
そんなものが見てとれる。
なぜだ。
なぜ、おまえは、おまえらは、そんなに簡単に命を捨てる決断をする。
おれを邪神として見ているんだろう?
その邪神に挑むつもりか。
神に敵うはずなどない、そう思っていて、それでも挑むのか。
………いや、そうか。
そういえば、おれ自身が、そんな玉砕主義者だったじゃないか。
あの無明も、そういう男だったじゃあないか。
あぁ、そうなのか。
そんなふうに挑まれるのは、こんなに不快なものなのか。
ふー。
さて、切り替えろ。
現実現実、いつでも現実。
ともかくこの状況に対処する。
クシュルパーニャの騎兵が迫ってくる。
脅威ではないが、面倒ではある。
ともあれ対処は簡単だ。
逃げる。
逃げる逃げる、また逃げる。
いっそ彼らの望みどおり、ここでこのまま素っ首刈り取ってやろうかとも思う。
思うが、そりゃ正常な思考じゃない。
心が乱れている。
なにか自棄になっている。
意外と動揺しているようだ。
初めて、人を殺したのだ。
さくりと、やれた。
平気でやれるものだとは、思っていた。
そういうモノになったと思っていた。
神の代行者。
人ならぬなにかに成り果ててしまったと思っていた。
実際、かなり平気だ。
だが、動揺はあるらしい。
本当にやれてしまった動揺。
本当にやってしまった動揺。
人らしさが残っていることを歓ぶべきなのか。
人らしさを保っていることを嘆くべきなのか。
アクションRPGじゃない、現実の運命改変。
やり遂げるために、人間性は必要なのか、それとも、捨て去るべきなのか。
あー。
こいつは、またいつもの、答えを出せないたぐいの問い。
保留だ保留だ!
さっさと逃げよう!
(逃走ではないのだぞ、マスター、これは名誉ある転進だぞ!)
はい、旧日軍に見られたような素晴らしい言葉のマジックによるフォロー、ありがとうございます!
(それで、方角は決めたの?)
西に行く。
(水精領域、だな)
そう。
そうすることにした。
『流れ島の三兄弟』を頼る。
自分一人でイルイール王国探すのはやめておく。
まぁー、広い海からサカナ野郎三人探すのもかなりヤバイんですけどー。
でもほら、おれって、謎の吸引力があるじゃん?
だからなんかこう、上手い具合に再会できたりしないかなーって。
ね?
(……また変なの引き寄せないといいね)
ほんとにね……。
ため息がもれる。
また、逃げる。
最後に、この地、この時の出来事を、目に焼き付けた。
また一つ、背負うべきものが増えた。
そしてまた、やはり、おれは逃げるわけか。
押し寄せる無力感よりも早く、邪剣があたたかく身体を満たした。
おれは愛剣を強く握り締める。
人らしくあるべきか、あらぬべきか。
その問いがまたちらついて、追いつかれぬようただ駆けた。
15日後、『邪剣使い』攻略、100日目。
サカナ野郎ども、『流れ島の三兄弟』を探して、水精領域をさまよっている。
キラキラと陽光を反射する海面を、低い崖から見下ろしている。
とうとう100日が経過した。
経過したから、おれは頭の中で、「100日生存記念ッ、レッツ、パーリィナイッ!!」を開催中だ。
(ちゃーらーちゃちゃっちゃ、すちゃらかちゃちゃー)
邪剣しーちゃんが、陽気で愉快げで少し古い米国TVショー風のBGMを口ずさんでくれる。
さぁー、とうとうやって参りました!!
ついにこの日、この時がぁっ!!
聞いてください坊ちゃん嬢ちゃん爺ちゃん婆ちゃん隣のおばちゃんと間男のジョンに犬のベスちゃぁ〜ん!!!
ついに、ついに、とうとうやっとこ100日目ー!!
イィーーーーヤッフゥゥーーッ!!!
もう誰にもぉ、止められなァーい!!!
(ちゃーちゃらぱらりら………あれ、マスター、今のセリフ、緑のマスクを被っちゃって大変なことになっちゃう映画の『マ◯ク』の日本語吹き替え版のパクリではないか?)
はいごめんなさいパクリでーす。
もうしませんごめんなさい反省してまーす。
(記念日だからって、どんなに浮かれてるからって、パクリはダメ絶対なのだぞ!)
っていうかこんな細かいパクリに気付くとか、ホントおれの魂からムダ知識吸収しすぎだよね。
あー、うん、まぁ、でもほらぁ、前にも言ったかもだけど、パクリっていってもこれフィクションの異世界じゃなくて、現実の異世界だし?
巷に溢れる書籍化とかされてる商業作品じゃないただのおれの日常化された異世界なんだし、多少はね?
(ダメゼッタイ!!)
はーいごめんなさーい反省してまーす。
それにしても、日常、日常化された異世界かぁ。
ウフフ、うふ、ウフフふふふ。
(はっ、し、しまった!!)
ねー、すっかり日常だよねー。
『流れ島の三兄弟』を探して走り回って。
ウフふ。
誰かに発見されて邪神扱いされて逃げ回って。
うウファファふはァー。
これが日常、おれの異世界の日常だよねー。
ウヒョひゃひゃひー!
(せっかく、せっかく『100日目記念でマスターの気分転換大作戦っ、大丈夫、マスターはまだやれるよ!』企画で元気になってもらおうとしてたのに!!)
ウヒャーふへほへェーーッ!!
(あぁ、なんでマスターすぐ壊れてしまうん……?)
100日目ェーーッ!!!
成果なァーーーしッ!!!
何十日たっても進展なァーしッ!!
やたらめったら彷徨いまくってなんにも話が進まなァーーーいッ!!!
走り回ってるから前には進んでるはずなのに、なァんにも進んでいないんだよォーーんッ!!
進まないーーッ!!
進めないィーーーッ!!!
(あぁ……また、今日もこの流れになってしまった)
すすまないっ!!
すすまないぃっ!!!
すっ・すまっ・ないっ!
すっ・すまっ・ないっ!
あそーれ!!
すっ・すまっ・ないっ!
すっ・すまっ・ないっ!
すっ・すんっでいーるのっに・すっ・すまっ・ないっ!!
(またマスターの『進まない音頭』が始まってしまった……)
ウラァ、のってこーい!!
すっ・すまっ・ないっ!
(……あそーれ)
すっ・すまっ・ないっ!
(あよいしょ)
すっ・すまっ・ないっ!
(あそーれ)
すっ・すまっ・ないっ!
(……あよいしょ、……仕方ない、奥の手を使おう)
「すっ・すまっ・ないっ! すっ・すまっ・ないっ!」
「ハッ!!?」
「こっ、ここは……」
謎空間だった。
おれはいったい何を……?
まさか、進まない音頭に夢中になりすぎて、気付かないうちに精神がやられていつの間にか5年くらい経過してしまったのか?
「いや、進まない音頭に集中するあまり、集中力が限界を突破して、ついに無我の境地に到達することができたのか?」
「つまり、ここからおれの異世界チート無双が始まるってことか?」
背後でだれかのため息が聞こえた。
「はぁー」
なにその声かわいい。
ため息が既にかわいいって、チートかよ、かわいい無双かよ。
「本当に、うちのマスターは……」
振り返る。
「おいで、マスター」
邪剣しーちゃん、妄想擬人化結実形態。
ただの剣じゃなくてちゃんと女の子な邪剣が、おれに向かって両手を広げて「おいで」している。
呆れ半分、慈しみ半分の笑顔、眼差し。
纏う空気もその肢体も、見るからにやわらかである。
圧倒的バブみ。
飛び込まざるを得ない。
 




