2-47、そうなんですか?
『邪剣使い』攻略、70日目。
それはまるで、絵画に描かれたワンシーンのよう、に見ようと思えば見えたかもしれない。
兵隊に囲まれた戦場の中央で、片膝を地につき、熱心に祈りを捧げる一人の僧侶。
よく見れば、纏っている法衣は、元々何色だったのかわからないような色褪せた茶色と灰色で、いたるところがズタボロだ。
そしてよく見なくともわかる、その法衣の下のぱっつぱつに漲っている筋肉。
ごっついケツアゴ、黒いマッシュルームカット、八の字に整えられた口ヒゲ。
これぞまさしく、某Dソウルシリーズで言うところの、祈祷戦士ウンバサ。
めっちゃ重たそうな錫杖は側に置かれていて、両手の指を固く組んで、両膝を地についている。
ん?
最初は片膝しかついてなかったような?
まぁいっか。
それより、そう、どうしよう。
いきなり襲いかかってきたと思ったら、いきなり祈り始めた。
周囲の兵隊もあっけにとられている。
たぶん今なら逃げられそうだけど、この僧、逃げようとしたらまたすぐ襲ってきたりするのかな?
ちらりと僧を見る。
そう。
僧なんですか?
こいつの動きキレッキレだったけど。
今まで会った「人外じゃない人」カテゴリーの中では、最上位。
蹴撃の襲撃者であったその僧は、平身低頭、地に伏せて、超熱心に祈り続けている。
あっ、そうかそうか、これ気のせいじゃない。
やっぱり僧だわ、体勢が変わってるわ。
さっきまで膝しかついてなかったのに、いつのまにか両手ついてる。
土下座スタイルになってるじゃん。
これはアレか、信仰の高まり具合を示しているのか?
ということは、この体勢の変化で表される信仰がMAXになったとき、超信仰限界突破状態になるってことなのか?
そうか。
僧なのか?
いや、おれも超信仰とか意味わかってないんだけど。
邪剣は…。
(知らないからね?)
あら、そう?
邪剣は知ってるか、って聞こうとしたのに、食い気味で否定された。
それぐらい意味わかんないってことだよね。
なんだよ超信仰限界突破状態って、誰が言い出したんだよ。
怒鳴り声が聞こえる。
なんだろう?
そちらを見ると、騎兵のところにいた指揮官が、僧を指差しながら副官っぽい人に大声でなにか言っている。
そうだよねぇ。
気持ちはわかる、たぶん、そう、完全に想定外の出来事だったんだろうね。
あの様子だと、兵隊はすぐにでも動き出しそうだな。
さて。
また僧を見る。
こっちもたぶん、超信仰がMAXハートでキュアッキュアになる頃合いだろう。
(パクリダメ絶対!!)
ごめんMAXって言ったらついキュアキュアまで出ちゃった……。
そう、彼は土下寝になっていたのだ。
信仰の高まりを感じる。
そうなのだ、完全に五体投地なのだ。
地面にキッス状態で、べたーっと大の字で突っ伏してる。
ネタとしていきなりビターンと五体投地するのはフィクションでよくあるけど、こんなふうに順を追って徐々に奇妙な五体投地されるのは、すごく不気味な得体の知れなさを感じるよ。
そういうわけだから、邪剣。
(うむ!)
逃げるとしますか!
(マスターはにげだした!)
ナイスアシストだな、うちの邪剣はよくわかってらっしゃる。
そういうコメントって、すごく楽しくなるよね。
(あれ、でもマスター、逃げないのか、なぜ走り出していないのだ?)
うん、ちょっと、この軍にこのまま追われるのも面倒だし、少しだけ動かしてから離脱しようかと思って。
パーパラパパパッパーパラッパッパパー!
東の騎馬隊から、ラッパの音。
それを受けて、すぐさま歩兵隊からドォンドォンドォンと太鼓の音が響き渡る。
そしてバトルクライ。
南の歩兵が歩み寄ってくる。
パパパパーッとラッパが吹き鳴らされ、西の騎馬隊が駆け出した。
片側の騎馬隊の突撃のあとで、歩兵が走って寄せてくる感じかな。
東の騎馬隊は待機か。
あぁ、東と西から同時に突撃とかしたら、馬同士が正面からぶつかったりしそうだしね。
さすがにそのへんは世紀末野蛮メンズとは違うか。
あと、おれの動きを見て、逃げられそうなときすぐ追えるように待機してる、ってことかな?
そういうことなら、この僧、見捨てられた感じかね。
馬の突撃が来るなら、激突したり踏み潰されたりしてもおかしくない。
まぁ、妙な行動で作戦を邪魔したんだろうし、たかだか一人の変人、惜しくはない、ってことだろうな。
あんまり高い身分じゃないのか、従軍司祭、的なやつだったのかね。
いまいち関係はわからんけど、軍にとっては捨て駒にしても問題無い人物、ってことなんだろう。
きっとそう。
なかなか愉快な人物ではあったが、これでお別れだ。
突撃槍を携えた、騎兵隊が迫る。
余裕で避けられるってわかってるけど、こうして見るとけっこうな迫力だ。
おれは、ある程度引きつけてから、邪剣に命じた。
邪剣アンカー射出。
(射出!)
北の方角に向けて、先端に剣身を追加した邪剣の肉を、触手状に伸ばす。
その邪剣アンカーを遠くの地面に突き刺して、跳躍する。
急速収縮移動。
(移動開始!)
邪剣の肉を急速に収縮し、突き刺さっている邪剣アンカーの地点まで高速で移動する。
そのまま北のほうに走り出して、離脱した。
引き返したくなかったんだけど、しょうがない。
一日分くらい戻って、林の中とかにしばらく隠れてからまた南下するなりしよう。
バルゴンディアの辺りは草原の割合が多かったけど、南下するにつれて林とか丘とかの割合が増えている感じがする。
(マスター、おつかれさま!)
うん、しーちゃんもおつかれー。
(あのね、ちょっと気になったのだ)
おう、どうした?
(わざわざ邪剣アンカーで移動しなくても、マスターのスーパーダッシュ移動でふつうに避けられたと思うの)
あっ。
やっ、やりたかったんだよ!
迫り来る騎兵隊を見てたらテンション上がっちゃったの!!
しょうがないじゃん!
別にちょっとくらいヤンチャしてもいいだろ!!
(でも、ほら、微々たる量だけど魂の蓄積量消費しちゃうし、それに、邪剣触手は王都でも目撃されてたから、「やはり邪神だったか」ってなっちゃうよ?)
正論パンチ痛いです。
しっかり者しーちゃんめ。
(くふふーっ、しっかり支えるぞ!)
良い子なの?
マジでなんなんだよこの子は。
(剣です!)
剣でした。
うーん、どうしよう。
『邪剣使い』攻略、71日目の深夜。
一日分の行程を引き返し、てきとうに見つけた林の中に入って、思考をまとめている。
そこで、一つの問題点が思い浮かんだ。
おれは今、『黒衣の邪神』として見なされていて、その特徴が広まっている。
その自覚が、いまいち足りていなかったことに気が付いた。
あのクシュルパーニャの軍隊に出会わなければ、ここまで考え直さなかったかもしれない。
問題点。
イルイール王国に辿り着いたとしても、『黒衣の邪神』として扱われたら、ろくに活動できないんじゃないか?
それどころか、たとえ別の『運命改変者』に出会えたとしても、邪神だと勘違いされて、大変なことになるだけなんじゃないか?
そもそも、『邪剣使い』は喋れない、もう一人の『運命改変者』に会って、いったいどうするつもりだったんだ?
一つ思い浮かぶと、次から次に問題点が見つかった。
いや、われながら、考え無しすぎたな。
おれとしたことが、感情を優先させすぎていた。
特別な事情を抱えて、無性に同類を求めたくなってしまった。
闇雲に別の『運命改変者』を探し始めてしまった。
あの31日目から、40日が経過した。
ようやくあの日の無力感から解放されつつある。
いやさ、おれはホントにアホだったわ。
おれが無力だなんて、最初っからわかりきってたことじゃん?
なーにをいまさら、無力感なんぞに浸っていたのか。
無力な己に、思考を止めて感情に任せてるヒマなんてない。
この思考も、いったい何度繰り返せば身につくんだか。
浸ってるヒマなんて無いんだよ、本当に。
持たざる者の初期装備は、裸一貫。
つまりは知恵を絞るしかない。
力も知恵も持たざるおまえは、頭も身体も精一杯のフル稼動でようやく人並だろう。
後悔はしまえ。
絶望は隠せ。
折れた心はちぎれるまで引きずって歩け。
ちぎれたら、あれだ、なんだ、とにかくがんばれ。
くそ、うまいこと思いつかなかった。
へへっ、持たざるおまえだもの、詩文の才なんて、そりゃあ無いわな。
この自嘲も何度繰り返すんだか。
そして、笑え。
おれは笑った。
邪剣の肉がとろとろと身体を溶かす。
うん、40日かけて、おれをここまで直してくれたのは、この相棒だったな。
おれが自分の力だけで立ち直ったわけじゃない。
おれ一人じゃ、いつまででも自嘲自虐に酔いしれて、感情の赴くままに心を弛ませていただろう。
(持たざる者じゃ、ないよ)
あぁ。
甘やかされている。
だが、たしかにそのとおり。
(邪剣使い、あなたは、邪剣を持つ者)
たしかに、それが、今のおれだったな。
…………あっ。
(ん………どうしたの?)
しばらくして林の中で思考を再開し、それからまた、ふと気付いた。
昨日会った、あのクシュルパーニャの軍。
そういえば、あれは、元々どこに向かっていたのだ?
あれはそもそも、最初から『黒衣の邪神』を探すつもりで動いていたのか?
違うだろ。
そんなはずあるかよ。
あれだけの人数だ、軍隊だ、そう簡単に動かせるもんではない。
確固たる補給計画に基づいて動く、それを考えれば、昨日よりもずいぶん前に、あの軍隊の進軍予定が決められていたはずだ。
いるかどうかもわからないたった一人の人影を探すために、莫大な糧食を費やすのか?
そんなわけがない。
それに、おれが5日間スーパーダッシュ移動をしたからこそ、あそこであの軍隊に出くわすことになったのだ。
完全におれの気まぐれで、今までの動向を知っていたとしたら、むしろ察知することはできなくなるはずなんだ。
つまり、あの軍にとって、「邪神との遭遇は予定外の出来事であった」んじゃないのか?
あの軍隊には、もともとの予定があった。
それを前提にして、思考を掘り下げる。
大国クシュルパーニャは、どうやら侵略国家らしい。
ちっちゃい村盗み聞き作戦で得た情報から、それはわかっていた。
クシュルパーニャは、東の帝国と講和を結び、近隣の小国にちょっかいをかけている。
その小国の中の一国が、おれの目的地、イルイール王国だ。
もしかしたら、あの軍の目的地も、イルイールだったんじゃないか?
その可能性に、行き当たる。
いや、これは本当に可能性か?
希望的観測ってやつかもしれない。
自分の目的に擦り合わせて、無理矢理に思考を歪ませてこじつけたのかもしれない。
慎重に考えていこう。
慎重に。
そういえば、クシュルパーニャの軍も、慎重だった。
斥候を先行させながらの、慎重な進軍だ。
偵察の騎馬隊に発見されたから、おれは包囲されたんだった。
たぶん、たしか、おれの中途半端でたいして広くも無いのに浅すぎてペラッペラな知識からすれば、斥候は、ある程度の範囲内に敵対勢力がいる可能性があるから、放つのだ。
近くに敵がいないとわかっていれば、斥候は出さない、はずだ。
あのクシュルパーニャ軍は、接敵する可能性がある位置にいた、ということ、かもしれない。
つまり、他国に接近している途中の軍隊か、もしくは、既に他国の領内に侵入している軍だった、って可能性がある。
ふー。
こんな感じか?
合っているのか、この思考は。
自信は無い、だからこそ、思いついてしまった自分の発想を、ときに崇拝してしまう。
思考の閃きというものは、簡単に自分の頭脳を支配する。
なんかのマンガでそういうの読んだ。
だから落ち着け。
安易に思いつきに頼るなよ。
で、仮に、あの軍隊がどこかの国に侵攻する予定だったとしよう。
どんな国に向かっているのか、それはわからないぞ。
この大国がちょっかいをかけてる小国って、いくつかあるっぽいからな。
その中から当たりを引かないと、イルイールには辿り着けない。
だが、当たりを引く可能性が、あるのかもしれない。
ううーむ。
当たりを引く可能性があるような可能性。
もうすごいアホみたいな言い回しになっちゃう。
ほんとかなぁ。
可能性、あるのかなぁ。
まるっきり的外れかもしれないよなぁ。
でも、賭けてみる、か?
このまま「色々追いかけられながら漠然と南のほうを探し続ける」のか。
なんとなく「イルイールかどこかに行く予定なのかもしれない軍隊をこっそり追いかける」のか。
どっちのほうがマシか、って話ですよ。
我ながら、ヒドイ選択肢。
言葉にまとめてみると、本当にバカみたいな二択だな。
嗚呼、残念異世界物語かな。
もしこれがフィクションの異世界ファンタジーだったら、最低の展開だよね。
某掲示板やら某SNSやらで、「なにもかもが漠然としすぎてる」とか、「中だるみしててツマンネ」とか、「このくだりいらないよね」とか、「主人公にイラつく」とか書かれそう。
あっ、いや待てよ、たぶんそもそもこの残念異世界だったら、既に最初っから叩かれまくりになるんじゃないか?
よし、完全に思考がずれた。
現実逃避で、ホッと一息。
現実だからネットの反応とか気にしないで済んだわ!
それってラッキーじゃん!
やったね!
よし。
決めたわ。
あの軍隊の後ろをコッソリついていこう。
なによりも、「きっとどこかに辿り着けるはず」ってところが大きなメリットだ。
このまま自分でウロついてたら、どこにも辿り着けないってパターンもあるからなぁ。
それに、「とりあえずたくさんの人についていく」って、とっても日本人らしい行動だと思うんだ!
それにそれに、もはや、イルイール王国に辿り着けたとしても、なにもできない可能性がある、ってことを知っている。
なんたって、おれは、『黒衣の邪神』だからね。
クククッ、このおれこそが人類の大敵……。
っと危ない漏れてる漏れてる、邪気が漏れてる。
イルイールを目的地にしてるけど、実際着いてみたら無駄足になる、ってことも充分ありえるのだ。
だったら、ちょっとした思いつきに賭けてみるのも、そう悪くないかもしれない。
そんなわけで、クシュルパーニャ軍を追跡し始めた。
この選択がのちの運命に大きく影響を及ぼすことになるとは、みたいなうんぬんかんぬん。
(マスター、途中で投げるくらいなら、そのモノローグみたいなのやめよ?)
うん、ごめん。
この出発時のやりとり、いつのまにか定番になってるなぁ。




