2-46、異世界のそこら中でやたらと叫ぶ
『邪剣使い』攻略、64日目。
黒ずくめの集団、『邪神教団』の襲撃を受けている。
こんなおかわり、いらないんですけど。
最初の集団から逃れて、二番目の集団に襲われた。
今回も不意打ちだったけど、だいぶ軽々避けられた。
こちとら、襲われるのには慣れてますから、主に人外相手に。
31日目の夕暮れ、ほぼ全裸の『道断の反英雄』に襲われたのが、直近の人外だね。
っていうか、あの日の朝には暴力的乳房の『暴風花』と戦ってたし。
夕暮れ前には、理不尽ラスボスな『奴』に斬りかかったし。
あくびが出るわい、こんな太刀筋。
黒ずくめの男の、黒い刃をするりとかわす。
さて、次はどの刃だ。
あぁー。
なんだよ、またかよ。
「「「我ら邪なるしもべ、謝意を示し、畏敬を捧げ、信仰を誓います」」」
だからさぁ、なんで奇襲のあとにそれ言い始めるかなぁ。
おれが言うのもなんだけど、おまえらマジメにやれ。
「「「悪行の限りを尽くし、悪徳を積み上げ…」」」
「そいつが標的かぁ!!!」
馬鹿でかい声がさえぎった。
粗野な怒声とともに、黒ずくめの輪の一番外側にいた連中が、次々に駆け寄ってくる。
あれ、叫んでるやつらって、黒ずくめじゃないな。
装備は、まちまちな感じだ。
なんだこいつら。
「うおらああぁぁぁッ!!!!」
おっ、マジメにやっとるねぇ。
一際大きな蛮声とともに、毛ダルマのおっさんが突っ込んでくる。
得物は、ポールアックス。
長柄の戦斧だ。
まぁね、これ長柄っていっても、あのほぼ全裸の長柄の特大剣よりはだいぶ短いけどね。
つまりファンタジー武器じゃない。
現実の範疇に収まってる。
良かった、なんか安心するわ。
その一撃は、黒ずくめのやつらよりよっぽど鋭い。
余裕で避けたけど。
「邪神様に感謝ァッ!!!」
「悪いこと最高!!」
「誓うとかなんとか!!!」
「国がどうとか!!!」
似たような野蛮メンズが、口々に叫びながら突っ込んでくる。
なんだろう、なぜか懐かしい。
これアレだ、199X年に人類が核の炎に包まれた感じの世紀末な世界観で、ヒャッハーしてる人たちのノリだ。
完全に悪役の雑魚キャラの人たちだわ。
肩パッド付けなくていいの?
っていうか、こいつらが叫んでるのって、ひょっとして、『邪神教団』の祝詞っぽいやつか?
ぜんぜん覚えてねーじゃん。
一人もまともに言えてない。
「いただきィーーーッ!!!」
大ぶりなメイスを振り上げた野蛮メンが突進してくる。
予備動作を隠そうともしない。
テレフォンパンチってやつだ。
だけど、なんか動きそのものは鋭いんだよね。
雑魚キャラっぽいのに、たぶんそこまで雑魚じゃない。
実戦慣れしてる、って感じか。
あと身体能力が高いのかね。
見るからに脳筋だし。
「オラァーーーッ!!」
おう、予想外、もう次のやつが来てる。
連携が雑すぎて逆に意表を突かれるわ。
でもそのペースで来ちゃったら……。
「イデェーーッ!!!」
ほら、同士討ち。
げっ、まだまだ来るじゃん。
ごちゃっとしてるから絶対また味方同士ぶつかるぞ。
あと超うるさい。
「おらおら行けェーーッ!!」
「コイツさすがは司祭様ってか!!?」
「バカ野郎ッ、元司祭っつってたろ!?」
「何が違ぇんだ!!?」
「わかんねぇ!!」
「イデェッ、なにしやがるこの!!」
「オレがいただきだァーーーッ!!!」
「ヒャッハァーーッ!!」
何っ!?
生ヒャッハーいただきました!!
ありがとうございまーす!
騒がしく突っ込んでくる蛮人突撃を次々にかわす。
やっぱり、野蛮メンズはまぁまぁの強さだぞ。
今日襲ってきてる黒ずくめのやつらより、確実に強い。
なんなんだこいつら。
ちょっとだけ気になる。
ちょっとしか気にならないから、ふつうに逃げるけどね。
「逃すか、よォッ!!!」
最初に突っ込んできた、ポールアックス毛ダルマおじさんだ。
こいつが一番だったな。
この反応もなかなか。
でも、おれはふつうに逃げましたけどね。
「待てコラーーッ!!」
「早く追え!!!」
「なんだアイツ速ぇな!!!」
「ありゃ無理だろォッ!!」
「追えと言っているだろう!!!」
大変そうだね。
まっ、がんばってくれ、さようなら。
(おつかれ、マスター)
あいよー、ぜんぜん疲れてないけどね。
なんだったんだろうな、あの野蛮メンズ。
アレも『邪神教団』の一員なのかな?
(うぅむ、どうであろうな、随分と毛色が違うように思えたのだが)
うん、そうだよね。
ただの傭兵かなんかかな?
『邪神教団』に雇われたんだろう。
人海戦術で、おれが通りそうなところに網張ってた、って感じか。
っと、またいるじゃん。
今度は、奇襲される前にこちらから発見できた。
『邪神教団』らしき、黒ずくめの集団だ。
よく見ると、また装備が黒ずくめじゃないやつらが混ざってる。
迂回しようっと。
たぶん、やっぱりこりゃ、人海戦術だな。
ここら一帯、こんな感じで襲撃ポイントにして人足伏せてたんだろう。
ご苦労なことだ。
さて、どうしようかな。
(ふむ、方針を変えるのか、マスター?)
いや、うーん、なるべく町には寄りたいんだよね。
なんだかんだで、ようやくまともに情報収集できてるからさ。
だけど、それで目撃されてるから、こうやって先回りされて襲撃されたんだろう。
今のところ危険は無いけど、さすがに何度も来られることになったら面倒だ。
(では、進路を変える?)
それが一番妥当かな。
んー、でもなぁ、あんまりぐねぐね動きたくない。
さすがに、おれの脳内マッピングはそこまで優秀じゃないからね。
できるだけ真っ直ぐに移動したい。
(それなら、進路は変えずに、速度を変えるというのはどうだ?)
速度、か。
たしかに、今はけっこうのんびり進んでるからなぁ。
本気で走れば、『邪剣使い』の移動速度はかなりのものになる。
実際に、「魂の牢獄」にいた2日目から「大城壁」に着いた19日目までの間に、すさまじい距離を走破した。
あのときは、だいたいの方角に向かって、31日目までに『奴』と戦った荒地付近に行くのが最優先だったから、何も気にせず走り抜ければそれでよかった。
あれぐらいの速度で一気に移動すれば、今回みたいな待ち伏せはできなくなる、かな?
よし、それで行くか。
(くふふ、採用か、マスター?)
おう?
うん、採用することにした。
(…………現在、褒められ待ち発生中)
あぁ……。
うんえらいぞえらいぞー。
(棒っ、マスター棒読みっ、そしてあまりにも短いっ、でも嬉しいーっ!)
素直すぎだしチョロインすぎる。
なんなんだこの生き物。
(剣です!)
剣でした。
『邪剣使い』攻略、69日目。
スーパーダッシュ移動を始めてから、五日が経過した。
スーパーダッシュ移動とは、それはまさしく、そのまんまただの全力疾走のことである。
現在は、試しに速度をゆるめて、のんびりと移動している際中です。
五日間、念のため集落にも立ち寄らなかったから、たぶん誰にも目撃されていないはず。
それに、『邪神教団』の襲撃も今のところ無い。
おそらく、あの教団の追っ手からは逃れられたと思うんだ。
で、これはどうしようかな。
なんか、ちょっと離れたとこを騎馬隊が走ってるんだけど、たぶんこっちに気付いたみたいで、接近してきてるんだよね。
見た感じ、『邪神教団』っぽくはない。
逃げようと思えば逃げられる。
普通の軍の騎馬隊、って感じに見えるから、いきなり襲ってくるようなことはないと思うんだよね。
いきなり襲ってくるのって、人外どもとか、熱心な信者たちとか、世紀末野蛮メンズくらいしかいない、はずなんだ。
そう簡単に見敵即襲みたいな集団がいたらやってられない。
たとえ異世界でも、おれは人間の理性を信じたい!
あっ、でもこの異世界残念だったわ。
どうしよう、やっぱり逃げたほうがいいのかな。
とかなんとか考えてたら、騎馬隊の人たちは、ぐるーっと進路を変えて引き返していきました。
はっ、ははははっ!
見たまえ、理性の勝利だ!!
こんな異世界だけど残念なことばかりじゃないんだぞ!
何事も起きない!
こんなことってあるんだねー!
(う、うむ、マスター、たしかに今は何事も起きなかったが、でも、なにか慌てて引き返しているように見えたのだぞ?)
なーにをおっしゃる!
いいかい、しーちゃん、君はそうやって、いつもフラグがどうとか、何事か起こる方向に考えているな?
だけど、今のはさすがに大丈夫だろう!
慌ててたのは、ほら、けっこうガッツリおれに向かって走ってきてただろ?
でもたぶん、人違いかなにかだったんだよ。
だからちょっと気まずくて、慌てて方向転換していった、というわけさ。
いい加減に、おれの身に必ず残念が降りかかる、という迷信を払拭せねばならんな!
(えっ………うん、マスターがそれでよいのなら、うん、我も、もちろん反対はしないぞ)
(せっかく喜んでるし、束の間の夢を見させてあげるのも、相棒の役目なのかもしれんな)
おれの身に必ず残念が降りかかるわけではないと、そう思ってた時期が、おれにもありました。
次の日、軍隊に囲まれた。
(やっぱり残念だったね、マスター)
最初はね、なんか、遠くのやたら広い範囲で、なにか動いてるのが見えたんです。
嫌だなーこわいなー、って思いながら、まぁそう簡単に残念な事態にはならないだろう、と進んでいったのさ。
それが近付いてきたら、やたら横に広がって進軍してくる、大量の歩兵だったんだよね。
でも、引き返すのは移動が無駄になって嫌だったし、進路を東に変えたわけ。
そしたらね、いたんですよ。
騎兵です。
これも、横に長い陣形組んでね、とおせんぼしようとしてるんだろうね。
でもね、こっちも北には引き返したくはないし、もう意地ですね、西に行くことにした。
すると、西にもいる。
騎兵がね、東と西から回り込んで迫ってきてる。
それから、中央、南ですね、歩兵が着実に進んできてる。
いやー、されてたんですねー、包囲。
(うむ、マスター、いつものことながら余裕そうだな!)
超余裕。
ぜんぜん動揺してない。
むしろ予定どおり。
ホント動揺とか、どうよ?
だってほら、よく考えてみようか、ちゃんと思い出してみようか、昨日見た騎兵隊は、軽騎兵で荷駄も無し、だったなぁー。
うん、そうだった、そうだったじゃん、ふざけんなそれ完全に斥候だろ。
荷駄無しなんだから本隊か本拠が近くにある偵察部隊に決まってんじゃんもうばかかよ。
あー。
ねっ、そんなの知ってたし。
最初っからわかってたし!!
いやー、これホントに予定どおりだからね!?
(うむ、いつもどおりの後から気が付く言い訳っぷり、マスターの平常運転だな!)
あー。
あぁー。
どうしよう。
いや予定どおりだから。
そう、この後は、うん、どうしよう。
もうこんな距離か。
兵隊のみんな、がんばってんなぁ。
騎馬隊から一騎、前に出る。
装備が立派。
ちょっと華美すぎるくらい。
見るからに指揮官だなぁ。
「『黒衣の邪神』に告ぐ!!!」
はい、邪神認定済みー。
なんでだよ。
もうちょっとちゃんと誰何しろよ。
人違いの可能性だって高いだろ。
人違いであってください。
「道無き道を荷も持たずッ、抜き身の剣を振りかざすッ、不審なるただ一人の黒き影ッ、伝え聞いた人相風体に相違無しッ!!!!」
そうなのかぁ……。
人に言われると、たしかにそうだ。
ホントだわ、荷物持ってない旅人とか、異常すぎるだろ。
なんで今まで気付かなかったんだ……。
食事も睡眠も不要で便利、くらいにしか考えてなかった……。
「大神国クシュルパーニャの名にかけて、敬虔なる神民には指一本触れさせん!!!」
あっ、そうかぁ、これが噂の大国かぁ。
大神国クシュルパーニャ、ですか。
なんだっけ、『主神教会』、とか噂で聞いたな。
たしか「均衡神」を奉じる教えが、国教になってるんだよね。
宗教がらみはもうお腹いっぱいだよー。
「神敵必滅ゥーーーッ!!!」
馬上から、指揮官が鼓舞する。
「「「神敵必滅ッ!!!!!」」」
「「「神敵必滅ッ!!!!!」」」
「「「神敵必滅ッ!!!!!」」」
士気高ぇな。
完全に人違いなんだけど、いちおう、おれのこと邪神として見てるんでしょ?
怖くないのかね。
おれは邪神コワイよ。
もう二度と会いたくない。
もう二度と会わない予定です。
(こんなときでも前振りを忘れない、マスターはフラグ建築士の鑑だな!!)
こんなときでも残念コメントばっかり入れてくるのやめてね。
騎兵は東と西に待機中。
突撃のための助走距離分、少し離れてるのかね。
今の指揮官の人は東側の馬のとこにいる。
歩兵が南から駆け足でくる。
すげぇ量。
おれ一人相手に、何千人だよ。
さーて、どっちに逃げようかなー。
「ぬおおおおおぉぉーーーーうッ!!!!!!」
はい、変なやつ来ましたー!
あのね、一勢力に必ず一人は変なやついる感じなの、どうにかしろよ。
なんなんだよホントにこの異世界は。
歩兵の群れから、一人だけめちゃくちゃ異常な速度で飛び出してきた。
「主神様よおおぉーーーーーーッ!!!!!!」
「わが信仰の輝きをご照覧あれえええええぇぇーーーーーーッ!!!!!!!」
そうですか。
僧ですか。
見るからに法衣。
鎧じゃない、戦う衣装じゃない。
めっちゃ走りづらそうな服なのにクソ速い。
「神罰剛力いいぃぃぃーーーーーーッ!!!!!」
でっかい錫杖を両腕に握り締めている。
絶対クソ重いやつ。
なのにマジでめちゃくちゃ速い。
この速さは。
「神の御業を知れええぇぇぇーーーーッ!!!!」
もう、ここまで届いた。
「最大最高信心ッッ、くらえいッ、超信仰脚うううううぅーーーーーッ!!!!!」
超高速の飛び蹴り。
この速度は!!
死が迫る感覚。
かがんで避ける選択が読まれ、空中の僧が身をひねり、脳天めがけて踵を落としてきた。
大地が陥没する。
かわせたが、久しぶりに肝が冷えた。
「ぬうぅ……愚僧の最大信仰の蹴撃から逃れるとは……」
「わが信仰ッ、未だ限り無しいいいぃーーーーーッ!!!!!」
「次こそ全力ッッ、最高を超え続けるわが超信仰の蹴撃でもって滅してくれるッッッ!!!!!」
そうですか。
僧、なんですか?
蹴撃にこだわってるけど、そのクソ重そうな錫杖、武器にしない感じかな。
じゃあなんで持ち続けてるの?
そうか。
そうだよね。
僧、だもんね。
僧だよ、錫杖くらい持ってるよ。
また変なキャラ増えちゃったか……。
(うーむ、やはり、『残念同士は引かれ合う』という運命的なルールがあるようだな)
イヤだ、それを認めるわけには……。
「信仰増強ッ、開始いいぃぃーーーーーッ!!!!」
僧が目の前で膝をついて熱心に祈り始める。
超熱心、超信仰だわ。
あれっ、そうやって祈って、今から信仰の限界を突破していく話ですか?
今、敵が目の前にいて、戦闘の真っ最中なはずじゃないんですか?
そうかそうか。
そういうものなんですか?
ふと周りを見渡す。
軍隊のやつら、ドン引きして固まっちゃってんじゃねーか!
そうですか。
僧、なんですかぁ……。




