2-42、闇
通算70話
『邪剣使い』攻略、31日目の夜。
『奴』に敗れ、『灰髪の邪神』に落とされ、『道断の反英雄』にアルゼンチンバックブリーカーされ、現在地は再び、旧バルゴンディア王国の崩壊した大城壁。
ちょうど、初めて会った『暴風花』に襲撃を受けたのと同じ場所だ。
「へぇ、本当にいた、『黒い不審人物』だぁ」
少年のようなその声音は、どうも性別が掴みづらい。
おれは壁に背をもたれ、座り込んだままで、視線を向けた。
夜闇の中から、その人物が歩み出た。
闇に溶け込む黒い服装。
ひょろっとした細身。
小さく整った顔は人懐っこそうで、活発な印象を与えるショートボブくらいの髪。
参った、外見でも性別がわからない。
でもたぶん、男、かな。
(ふむ、なぜわかるのだ?)
おれが女の子大好きだから。
(えぇ……)
この人、かわいらしいようにも見える顔立ちだけど、本物の「女の子のかわいさ」を持ってないんだよな。
だから男だ。
うん、完璧に男だ、勘だけど確信した。
(すごいのかすごくないのかよくわからない観察眼……)
うん、自分でもちょっとそう思う。
さて、アホな思考でひとまず気分転換できたかな。
この話題はお終いだ。
囲まれてるからね。
なのに、一人しか姿を現さないし。
ちょっと物騒すぎるよなぁ。
あっ。
(ん、どうしたのだマスター?)
しまった、空から落ちてる際中に、フードがはずれてそのまんまだったんだ。
こんな怪しい人物に、素顔を見られた。
なんか前にも同じような失敗しなかったっけ。
うん、もう遅い。
中性的なその黒い男と、目が合ってしまっている。
「ははっ、はははは」
えっ、こわい。
急に笑い出した。
なにこの人こわい。
「あははははっ、『黒い不審人物』って!」
「笑っちゃうよねぇ、ボクら、みんなそうじゃない」
うん?
ボクら、みんな、そう?
『黒い不審人物』のこと?
あぁ、いやたしかに、この人も、全身黒ずくめの装備だな。
あと不審人物でもあるよね。
「ねぇ、どうしちゃったの?」
「こんなに簡単に足取り残しちゃうなんて、随分『らしくない』じゃない?」
……あぁ、そうか。
この話の流れ、そういうことか。
「らしくないと思うなぁ、ねぇ、『刈り取る闇』さん?」
この男は、『邪剣使い』の過去を知っている人物、ってことだ。
「どうしちゃったのさ、今までずっと、隠し通してきたじゃない。『闇』のように姿を消して、教団の追っ手から逃げ続けてきたじゃない」
「それが、ははっ、『黒い不審人物』だって」
渇いた笑い。
「ねぇ司祭様、なんでこんなところで、こんなボクなんかに見つかっちゃうのさ?」
冷たい刃物のような声。
「キミはボクとは違う」
「ボクは……あははっ、知ってるでしょ?」
「ボクはただの、『声』にしかなれなかった」
「でもキミは、ねぇ司祭様、そうさ、キミは『闇』の使徒名を授かって、司祭様になったんじゃないかぁ」
「それなのに、キミは………」
なんらかの感情に歪んだ瞳。
細く黒い男は、それを隠すように仮面のような笑顔を作った。
「でもいいんだ、こうしてまた会えたからね」
「ねぇ、『3813番』、ボクのこと覚えてる?」
質問がきた。
でも、答えられない。
『邪剣使い』は喋れない。
喋れたとしても、おれは『邪剣使い』の記憶を知らない。
だから、目の前の人物が何者なのかはわからない。
『3813番』、なんの番号だ?
それに、なんかいろんな呼び方をされてるな。
おれの沈黙に、相手はニッコリと笑う。
その笑顔は、やはり言うまでもなく作り物のよう。
「『3821番』だよ、やっぱり、忘れちゃったかなぁ」
「いいんだ、しょうがないよ。粒揃いって言われた『岩室の38番代』の中でも、キミは特に優秀だったんだもの。ボクみたいな取るに足らない存在なんて、眼中に無くて当たり前だよね」
「キミがいなくなってからね、『3814番』と『3802番』も使徒名を授かったんだよ」
「『3802番』は、『反英雄』」
「『3814番』は、『魔女』」
「信じられないでしょ、あんなやつらが司祭様だなんてさ」
へぇ、『反英雄』だって。
(なるほど、使徒名とは、そういうことか)
邪剣が何かに思い当たったらしい。
あぁ、邪剣が理解できた、ということは、つまりそういうことなんだろう。
(『反英雄』とは、第十三使徒、あの『道断の反英雄』のことであろう)
(ならば『魔女』というのは、第一使徒、『裁判狩り魔女』のこと)
(そして『闇』は、第十一使徒、『嘲ける闇』)
(みな、かつて対立期において、邪神様の使徒となったものたちの二つ名だ)
邪神の使徒か。
なるほどね、それが使徒名という言葉の意味か。
全部、やたらと中二病くさいな。
しょうがない、だって邪神だもんね。
まぁそれはいい。
この身体、『邪剣使い』は、『刈り取る闇』と呼ばれていたらしい。
邪神の使徒だった『嘲ける闇』とやらにあやかって、『刈り取る闇』という異名が付けられていたわけだ。
「ねぇ、『3813番』、どうしてなの?」
「『刈り取る闇』、使徒名を授かって、たった十四しかない司祭の座を手にして、それなのにどうして……」
「どうしてキミは、教団を裏切ったの?」
番号、使徒名、司祭、教団。
そして、裏切り、か。
なんとなく、少し読めてきたな、この『邪剣使い』の身の上が。
邪神の使徒の名を継いでいる、教団という組織。
そうだ、教団という言葉を、今日、おれは別の場所でも耳にしている。
バルゴンディアの王都でちらりと聞いたその言葉を、頭の中に思い浮かべた。
ーーーお前さん、邪神教団か?ーーー
義憤に燃えていた、あの男の眼光を思い出した。
王都で会った、火事場泥棒だ。
幼い兄妹を拾って、そして預けた、あの妙な身なりの男のことだ。
あの男が、おれに向かって、『邪神教団』の一員なのかと問いかけてきたのだ。
あのときはわからなかったが、実は正解だったわけだ、あの問いかけは。
(そうだ、そうであったな、あのとき我も、たしかに『邪神教団』という言葉が気になったのだ。そのような教団など、我が封印される前の時代には存在しなかったはずだ)
(それと、あのチンピラ、幼児攫いとも言っておったな。なるほど、今ならばその言葉の意味合いも理解できる)
ーーー何があったか知らねぇがな、お前さん、そりゃなんだ、幼児攫いか?ーーー
あぁ、言ってたな、幼児攫い、って。
あいつ、自分は火事場泥棒のくせに、おれのこと子供を攫った誘拐犯だと思ってたんだよな。
(マスター、『幼児攫い』は第二使徒なのだぞ)
(『鳴り止まぬ幼児攫い』、その男が数多の幼児を攫い、その後の邪神軍族の礎を築いたのだ)
………そうか。
子供を攫って軍を作った、か。
そりゃクソ野郎じゃねぇか。
(すまぬマスター、落ち着いて聞いてほしい、誤解を与えぬようにしっかり説明するべきだった)
(『鳴り止まぬ幼児攫い』という男が攫っていたのは、全て奴隷や孤児や、虐げられていたものたちだ)
(その男自身も、かつてそうであったから。邪神様と、第一使徒『裁判狩り魔女』によって解放された、無力な子供であったから。だから、ただ安住の地を求めて力を欲し、子供を救うことを、己自身の救いとしていた)
(幼児攫いと呼ばれた男は、子供たちを戦いに巻き込むために攫っていたわけでは決してない)
(その男は、ただ子供たちに人並みの暮らしをさせようとしただけなのだ。しかし攫われてきた子供たちは、自ら望んで、邪神様とその使徒たちと共に戦う道を選んだ)
(その、か弱い者たちの共同体であったものが、のちに世界から邪神軍族と呼ばれるようになったに過ぎんのだ)
「ねぇ、答えてよ、どうして裏切ったのさ?」
黒く細い男の、暗い瞳がこちらに向けられている。
「ううん、やっぱりいいや、答えなくてもいいよ」
また、作り物の笑い顔。
それが、歪んでいく。
「ボクは、ボクだけは、キミの考えていることがわかるから」
「はははぁっ、ねぇ、ボクだけなんだよ、キミのことを理解してるのはっ!」
「キミも、邪神様を愛している、だからこそ邪神教団を裏切ったんでしょう?」
なにを、言ってんの、この人?
恍惚とした表情。
あっ、やばい。
この人、マジでアレだ、ヤバイ人だ。
あの変態邪神を愛してるとか、やばすぎてヤバイ。
やばすぎておれの語彙力もヤバイ。
「我ら邪なるしもべ、謝意を示し、畏敬を捧げ、信仰を誓います」
「悪行の限りを尽くし、悪徳を積み上げて、御許に罷り越しまする」
「大いなる邪神様の御国を、再び地上に来たらせたまわんことを」
うわやばいって。
顔つきがヤバイ。
イッてる。
この顔は絶対にイッちゃってる。
マジヤバイ。
さすが邪神教団だわ。
これはたしかにクソ変態邪神の教団だと思う。
完全に変態。
「あはぁ……」
「ねぇ、キミは、邪神様に悪徳を捧げるつもりなんでしょう?」
「あははぁ……だからキミは教団を裏切った、教えに背いた、『背教者』になった」
「あはっ、ははははっ、背教っ、裏切りっ、やっぱりキミはすごいよ、それこそ最高の悪徳じゃないか!」
「邪神様復活のためにっ、キミは自分を犠牲にしたんだっ、生け贄になったんでしょう!?」
「だからボクが殺してあげる」
「キミを生け贄に捧げて、ボクは同胞殺し、背教者狩りの悪徳を積むんだ」
あぁ、こういうキャラなんだなぁ……。
中二病患者が書く物語には、必ず一人はこんなキャラが出てくるんだよね……。
正直、苦手です。
そんで、背教者狩り、ですか。
なるほどね。
たぶん、抜け忍狩りっぽい感じのやつだよね。
嫌な予感しかしないんだが。
この残念な異世界特有の、とびきり残念で厄介な無駄に苦労する予感しかしない。
いや、ホントに、どうすんのこの展開?
邪神教団とかいう変態しか存在しなさそうなヤバイ組織、ゼッタイ関わったらダメだよね。
おれの使命は『奴』を倒すことだから、こういう変態系の人たちは放置でいいよね?
うん、逃げよう。
めんどくさい。
もう逃げます、はい決定。
とりあえず立ち上がる。
38…何番って言ってたっけ、この人。
どうしよう、おれが立ち上がったら、めちゃくちゃ嬉しそうな顔になってるんだけど。
あっ、こいつ剣抜きやがった!
剣身が黒い。
黒鉄の剣、か。
「やっぱりそうなんだっ、嬉しいよっ、キミはっ、ボクをっ、あぁっ、やっとボクを認めてくれたんだね!?」
これは、よくわかんないけどなんか完全に勘違いしてるなぁ……。
逃げるつもりで立ち上がっただけなのに。
逃げたいから話しかけないでほしい。
なんかこう、やっぱり、話しかけられると聞きたくなっちゃうからさ。
残念異世界物語だから情報がめっちゃ貴重だし、ついつい耳を傾けてしまうよね。
この人すごい苦手なんだけどね。
「ボクはっ………あはぁ、ねぇ、覚えてる?」
「ボクは、ずっと覚えてるんだ」
「ほら、背教者狩り、懐かしいよねぇ、野外教練の際中にさ、ボクたち岩室のみんなでやることになってさ!」
「あぁっ、本当にすごかったよねぇ、キミはっ!」
「ボクらの標的、狩るべき背教者はなんとっ、先代の『闇』の司祭様っ、果敢に挑んだボクら『岩室の子供たち』は次々に斬り捨てられ、先導役だった『声』たちは、司祭の実力を目の当たりにして、みぃんな腰抜けの役立たずに早変わり!」
「キミだけだった」
「最初から最後まで、あの背教者を確実に殺すために動いていたのは、キミだけだったよね」
「敵は、我らが邪神教団の誇る、十四司祭の内の一人だった男。実力の差なんて明白なのに、キミは、キミだけは……」
「最初から観察してたんでしょう、敵の動きを。ボクら岩室のみんなが殺されていく様子を、キミは冷静に観察し続けたんだ。そして、味方をエサにして、敵がエサに喰らいつく瞬間を狙って……」
「あはぁ……本当に美しかったぁ、背後から首を刈り取った、キミのあの一閃………」
うっとりしながら、黒鉄の刃に指を這わせた。
指先が裂け、血液が滴る。
舌を伸ばして、血に濡れた指に絡めていく。
変態だ。
それはいい。
どうでもいい。
そんなことよりも、おれは、聞き捨てならない言葉を、聞いてしまっていた。
聞かなければよかった。
すぐに逃げ出していればよかった。
『岩室の子供たち』、この男は確かに、そう、言っていた。
子供たち、だと?
斬り捨てられた、だと?
「あははぁ、背教者狩り、ボクはね、あれは、最高の野外教練になったと思ってるんだ」
「だからね」
………どういうことだよ、邪剣。
戦わせるつもりではなかった、そのはずではないのか!!
ただ人並みの暮らしをさせようとした、それが救いではなかったのか!!
遠い昔の『鳴り止まぬ幼児攫い』という男は、かつての邪神の使徒は、子供たちを救っていたのではなかったのか!!!
だがこいつの、この男の言い草はッ、まるでッ!!!!
(こんなはずないっ……)
(こんなもの、邪神様の教えであるはずがない!)
(こんなものが、『邪神教団』なんかであるはずがない!!!)
「紹介するよ、『刈り取る闇』さん」
「この子たちが、ボクが『声』として先導している、『岩室の40番代』の子供たちだよ」
夜の闇から、音も無く、黒ずくめの子供たちが四人、歩み出てきた。
その闇よりも、暗い、昏い、なんにもない、子供の瞳。
「ははっ、この子たちの気配、キミには読めてたのかなぁ、なかなかよく仕込んであるでしょう?」
まるで、子供に戦闘をさせることが当然のことであるかのような、そんな物言い。
「この子たち、とぉっても良い子で、覚えが良くって」
「特にこの子、『4013番』、あはぁ、キミと同じ13番でね、この子、ボクみたいに可愛い顔してるでしょ?」
「だから、あっちももう仕込んであるんだよ」
「キミも死ぬ前に試してもいいよ、ちゃんとイイ声で啼くように…」
ぶん殴った。
『邪神教団』、ぶっ潰す。
 




