2-41、まだ終わらない
新章開始です。
サブタイトルの表記を管理しやすいように変えました。
2キャラ目の41話という意味です。
通算は69話になりました。
今後ともお付き合い頂ければ幸いです。
うん、空がキレイじゃないか。
日が落ちた直後の彩雲、おれのすごく好きな光景だね。
さーて、今日はまだまだ31日目かぁ。
これは、一部界隈で定番の、異世界転移物語。
そんなことが現実に起こるだなんて、信じられるかい?
おれだって、そんなこと到底信じられなかったよ。
そう、実際に自分の身に起こるまでは。
おれたちの異世界ファンタジーは、まだまだ、始まったばかりなんだ。
(モノローグしてるところすまぬが、マスター、今どんな状況かわかっておるのか?)
あぁ、うん。
今のはおれの相棒、邪剣しーちゃん。
この『邪剣使い』の身体を侵食している、この右手の愛剣のことさ。
(マスター、その、愛称で呼ばれるのすごく嬉しいのだが、この今の状況ホントにわかってる?)
(あとそのモノローグみたいなの、いつまで続けるの?)
状況ね。
もちろんわかってるよ。
大丈夫大丈夫。
そう焦りなさんな。
まぁ、落下中、だよね。
(ちょっとよくわからない)
とっても高いお空から、大地に向かってダイビング中なんだよ。
(どうしてマスターがそんなに残念なのか、ちょっとよくわからない)
それはね、この物語が残念異世界物語だからだよ。
おれのせいじゃあないよ?
おれのせいじゃないんだよ、このお話がぜんぶ残念なんだよ。
(マスター、逃げられないのだぞ)
(そんなふうに責任転嫁してみても、なんの意味も無いのだぞ)
(フィクションじゃなくてこれ現実、現実からは逃げられない、早くなんとかしないと死にます、落ちて死にます)
あぁ、そうそう、残念な物語といえば、たまに、過去編とかが始まっちゃって主人公の出番が長期間に渡って一度も無くなるような作品ってあるじゃん。
それってどう思うよ?
おれ、あーいう作品ってちょっと冷めちゃうのよね。
そのうえ、最新話がぜんぜん掲載されないだとか、そういうのもどうにかしてほしい。
やっぱり、最初から応援してきた主人公の活躍を、休みなしにドンドン見せてもらわないと。
だからさぁ、ほら、この残念異世界物語だって、もっと主人公を活躍させてくれたほうがいいんじゃないかなぁ。
おれでしょ、主人公って?
間違いなく異世界物語の主人公だよね、おれって。
活躍しないとダメだよね。
本当は、ハーレムとかチートとか、遠慮しないでどんどん授けてくれてもいいはずだよね。
主人公補正はパワーインフレするくらいでちょうどいいでしょ?
あと、落下死とかダメ絶対。
スペラ◯カーじゃあるまいし、落っこちただけで死んじゃう主人公とか、今どき流行んないと思う。
高いところから落ちただけで死ぬとか、意味わかんない。
だから大丈夫だよね、おれってきっと主人公だから、落ちても死なないと思うんだ。
このまま空の旅を楽しもう?
(ダメだこのマスター、早くなんとかしないと………)
いつものように、しょうもない現実逃避を繰り広げているように見せかけつつ、迫り来る落下死を回避するための方法をマジで超必死こいて模索している。
ヤバイ。
ガチのマジのホンキでヤバイ。
ダメだこの状況、早くなんとかしないと。
くそっ、あの邪神、ほんとマジ邪神!
いや、もう、今は考えるな。
それより助かる方法。
あるだろ、なんかあるだろ。
答えは①、ハンサムの主人公は突如反撃のアイデアがひらめく、とかあるだろ。
えっ?
答えは③、現実は非情である?
いやいやバカか、某奇妙な冒険のネタとか引っ張り出してる場合じゃないんだって!!
あー。
あぁー。
どうしてこうなった。
どうしてこうなったどうしてこうなった。
辛うじて思いついたのが、五点着地だっけか、あの某グラップラーが少年時代編でやってたやつ。
ムリ。
バカなの。
身体のどの部分からどういう順番で着地すればいいのか覚えてないし。
っていうか、アホめ、覚えててもそれで助かる高度じゃないってば。
………やべぇよ、もう地面が迫ってる。
死が、すぐそこにある。
そんなときに、その出会いは訪れた。
それは奇跡。
それは運命。
唐突に訪れた、お姫様だっこ。
空中でがっちりキャッチされ、たくましい剥き出しの胸板に抱きかかえられた。
トゥクン。
高鳴る鼓動。
ウソ、やだ……。
自分のこと、主人公だと思ってたのに。
……ワタシ、本当は、ヒロインだったんだ。
空から降ってきたワタシを救ってくれたその人は、ワタシを空中で捕まえて、そのまま地面に降り立とうとしている。
その着地と同時に。
アルゼンチンバックブリーカァァーーーーッッッ!!!!!
着地と同時にお姫様だっこから体勢を変えての背骨折りが極まったアアアァァーーーッ!!!
そのまま雑に投げ捨てられるゥゥーーーッ!!!
ひっ、ひでぇッ!!!
芽生えかけていた乙女心を一瞬で粉砕しやがった!!
だっ、誰だ!!
こんなヒドイことするやつは…。
ほぼ全裸。
あっ、コイツかぁ……。
立っていたのは、ほぼ全裸の男。
白銀の仮面は既に砕け散って失われ、黒髪の短髪と、精悍な顔立ちが露わになっている。
身に付けているのは白銀の腰布だけ。
そして、半ばから剣身が折れ落ちた長柄の特大剣が、すぐ近くの地面に突き刺さっていた。
『邪神の小姓』、こと、『道断の反英雄』だ。
近くで見ると、ホント馬鹿げた大きさの武器だな。
なんで地面に刺さってるんだ?
あぁ、おれをキャッチするのに邪魔だったからか。
いや、ひょっとしたら、ジャンプするときの踏み台とか、棒高跳びっぽく使ったりしたのかね。
いやいや、っていうか、なんでコイツおれのこと助けてくれたんだ?
ん?
いや?
待てよ?
……今のって、助けてくれた、のか?
完全に思いっきりアルゼンチンバックブリーカーだったけど。
なんか、助かってない気がするんだけど。
反英雄は、地面に刺さっていた武器を引き抜いた。
「なぜだ」
はっ?
イケボかよ。
どちゃくそイケメンボイスじゃねぇかよ。
たった三文字のセリフなのに。
くそっ、なんだこのキャラ、腐ってる方面の女子にウケそうな設定ばっかり詰め込みやがって。
っていうか違う、待て、なんだろう、やっぱりなんかすごいイヤな予感が……。
(マスター、我も、これ今すごいヤバイ状況だと思う)
「なぜだああああぁぁぁッッ!!!」
熱波のごとき猛烈な殺気と共に、特大の金属塊が急速に接近する。
うおおおぉぉーーーーッッ!!!!!
来やがったッ!!!
助かってなかったッ!!!
いきなり襲ってきた!!!
やっぱり助かってなかったァァァーーーッ!!!!
回避!!
回避ッ!!!
ちくしょう!!
なんでラスボス相手の負けバトルの直後にこんな相手まで襲ってくんの!!?
なんなんだこの異世界は!!!
頭上から迫る死の塊を後退してかわす。
大地が砕けて破片の飛礫が撒き散らされ、その中で既に敵影は驚異的な速さで回り込んでいる。
一太刀、二太刀、即死級の猛攻が次から次へと襲い来る。
只人の身では到底持ち上がらないだろう超重量の金属塊を、『道断の反英雄』はいとも容易く操ってみせる。
とはいえ、やはりその得物は大きい。
大きすぎる。
このままこんな相手と戦ってどうなるのか、と思いつつも、もう戦う以外に道は無いのだろうと、やけを起こす。
大きすぎる得物を振るった相手のその隙に、おれは踏み込み、右手の愛剣を、振るうまでもなく、『道断の反英雄』が瞬時に跳び退がっていた。
間合いを空けられた。
既に反英雄は右肩に長柄の特大剣を担ぎ直し、待ち構えている。
そして、この間合いは敵の間合い。
再度、巨大な白銀の刃が眼前に迫る。
掻い潜り、左拳を叩きつけようとして、そのときには既に相手は眼前から消え失せていた。
左に跳んでいた反英雄が、またもや右肩に担ぎ直していた特大剣を横薙ぎに振るう。
こちらはつい今まで攻撃しようとしていたところで、体勢は崩れている。
ギリギリで回避が間に合った。
そのままバックステップを繰り返し距離を取る。
ムリ。
もうわかった。
勝てない。
これがアレか。
(うむ、『危難瞬察』だ)
(マスターが攻撃体勢に移る前に、その意識の起こりが既に察知されている)
意味わかんない。
いや、でもね、おれなんとなくこの動き知ってるよ。
地球の日本で見たことある。
こいつ、『道断の反英雄』、これアレだ。
全裸縛りプレイだ。
(えっ?)
えっ?
(………ほぼ全裸の男を、マスターは、その、縛りたいのか?)
あっ、いや違う。
それは断じて違う。
全身全霊を賭けて否定する。
あの、性的な意味じゃないよ?
性的な意味の全裸縛りプレイのことじゃないよ?
性的な意味じゃないほうの全裸縛りプレイのことだよ?
(性的な意味じゃないほうの全裸縛りプレイ)
性的な意味じゃないほうの全裸縛りプレイ。
(つまり、アートだと?)
そう、もはやアート。
日本の縄師の技巧は他の追随を許さない、じゃない、そうじゃない、そういう話じゃない。
(ふむ、そういう話ではないのか?)
そういう話ではないのです。
(でもマスター、マスターのPCのHDD内には…)
ちょ、邪剣!!!
その話はいけない!!!!
健全な男子のHDD内にナニが収められていようともそれは聖域ッ!!
決して土足で踏み込んでいいものではないッ!!!
家宅捜索とか単純所持が違法だとか正義のためであっても護られなければならないモノもあるッ!!!!
哀しみの深さは本人とて重々承知しているはずだッ!!!
守護ってくれ!!
いやもちろん三次の児ポはアウトだぞ!!?
それには手を出しちゃダメゼッタイ!!
だけどそれ以外の人それぞれの変態的嗜好は絶対に守護られなければならないッ!!!
(うっ、うむ、すまぬマスター、我が悪かった、だから落ち着いてくれい、敵が動くぞ)
くそっ!!
大事な話をしているところで!!
かまわん、迎撃してやる!!!
長すぎる柄の先端を自身の右側に。
バカでかい特大の刃を自身の左側に。
その異常な武器を右肩に担いだまま、『道断の反英雄』が突っ込んでくる。
アレでくそみたいに剣速が出るから理解できない。
っていうか、こいつの構え、これアレだよな。
完全にシグ◯イのパクリだよな。
右肩に担いで柄を短めに掴んでるんだけど、振るときに手を滑らせて柄を長く持ち替えて、間合いの調節してるんだよな。
ただ暴れてるだけに見えて、意外と芸が細かい。
まぁ、隙だらけではあるんだけど。
得物が無駄にでかすぎるからね。
右手の愛剣を、ガラ空きの首筋に滑り込ませる。
首を刈り取る。
そのための踏み込み、出だしが逆に迎撃された。
おれの胸に敵の武器が突き刺さった。
異様な長さの柄の先端、刃とは逆の、その部分に迎撃されていた。
やられた。
大雑把に見えて、本当に芸が細かいな。
単純にぶん回すだけだと思って考えてなかった。
シ◯ルイのパクリの、あの右肩に担ぐ構え。
短めに柄を掴んでるから、無駄に長い柄の、余った部分が右側に突き出していた。
反英雄は右肩に担いだままのその姿勢で、右側に突き出ていた柄の先端だけを、素早くこちらに向けたのだ。
おれは、たったそれだけの動きに迎撃された。
『危難瞬察』は、ただ避けるだけの能力じゃないのか。
超速の思考力を凍てつかせる、寒気が走った。
おれを小突いた柄の先端が、おれの踏み込みの突進力を受けて反転する。
その武器が反転すれば、現れるのは必然、特大の剣閃。
エグい。
刹那で見切り、すれ違って回転。
回転しざまにおれが放った刃は、予想通りに空を切る。
この相手にはどんな太刀筋も通らない。
しかし、反英雄を再び後退させた。
エグいな、今のは。
こちらの攻撃意思の起こりを完璧に読み取る『危難瞬察』、下手な攻撃を仕掛ければ、回避されずにカウンターで迎撃されるってことか。
迫ってくる攻撃の起点に、柄の先端を向けるだけ。
その最小の動作、ただのそれだけで敵の動きを止める。
そしてそれが自身の攻撃に繋がっている。
敵が柄の先端に激突した衝撃を利用して、武器を反転して最速で叩き切るのだ。
なんだそりゃ。
なんなんだこのチート野郎。
某Dソウルシリーズに例えると、パリィ可能なあらゆる攻撃を確実にパリィできて、その直後には最速即死のパリィスタブを放てる、そしてパリィできない種類の攻撃でも全て回避できる、って感じになるのか。
うーん、やっぱり全裸縛りプレイだわ。
(えっ?)
えっ?
あっ、いやいや、だからほら、性的な意味じゃないほうだって言ったでしょ?
アクションゲームの、廃人たちが実践する縛りプレイのことだよ?
初期装備縛りとか、レベル1縛りとか、そういうアレのことだからね?
そういうアレの、防具を身につけない全裸縛りみたいなやつだな、って話だから。
防御力最低だから、あらゆる攻撃を回避しなきゃいけない、ってこと。
それを実践するために敵の攻撃パターンを丸覚えしてて、各モーションごとの確実に攻撃が当たらない位置をあらかじめ知っている感じ。
そういう全裸縛りプレイの、ネットにアップされてる動画みたいな動きしてる、って言ってるわけ。
(えっ、動画?)
えっ、動画?
いやだから性的な全裸の縛りのプレイの動画じゃないよ!?
性的じゃないほうの動画の話だよ!!?
あっ、ちょっ、ほら相手が動き出しちゃったじゃん!!
戦闘再開されちゃったじゃん!!
思考が進まなかったじゃん!!
超速度で突進し、巨大な金属塊を高速で振ってくる、暴力の体現者。
回避、回避、こちらも回避はできている。
こちらの攻撃は当たらないが、あちらの攻撃も当たらない。
千日手、か?
いや違う、いずれ負ける。
その判断はもう済んでいた。
この戦闘はもう切り上げる、そうしなければならない。
でもなんだろう、なんか、めちゃくちゃ冴え渡ってるんだよね。
だからなんとなく、この感覚を確かめたくて、戦闘を続行してしまっていたのだ。
おれって、『邪剣使い』ってこんなに強かったっけ?
(強くなったのだぞ、マスター)
(二日前に大城壁であの駄乳が出現してから、今日のこの時まで戦い続けて、力を得たのだ)
あぁ、そうだった。
強大な敵に挑むほど、数多の敵を屠るほど、この異世界では強くなる。
それがこの世界の理ってやつなんだよな。
異世界物語の定番みたいに、レベルとかがあるわけじゃない。
そう思ってたけど、公開されてない内部データみたいな感じで実はステータスとかレベルアップが設定されている、って思ってたほうがいいのか。
気のせいじゃなくて、実際に明確に強くなってるわけだ。
でも、やっぱりこいつには勝てない。
ギリギリの紙一重で躱せていた、さっきまでの攻防。
実はこいつ、ずっと右腕一本でしか剣を振っていなかった。
この反英雄、『奴』との戦闘の中では両腕使ったりもしてたんだけど、おれ相手には片腕だけで戦っていたのだ。
つまり、向こうはまだまだ本気じゃない。
こっちは、もういっぱいいっぱいだ。
冴えてるからこそ限界が見えた。
これ以上戦ったらいずれ死ぬ。
ふー。
おけー、もう充分。
この判断は既に済んでたし、この戦闘を終わらせる方法も、実は見当がついている。
初見の敵に対して全裸縛りプレイができちゃうような、チートのほぼ全裸のこんな変態の相手なんてしてる場合じゃない。
おれは、指差した。
もうとっくに色濃くなった宵闇の空。
その彼方を指差した。
その瞬間。
「邪ッ神ッッ様アアアァァーーーーッッお待ちくださいいいいぃぃぃーーーーーーーッ!!!!!」
ほぼ全裸は、奇声を発しながら走り去っていった!
YOU WIN!!
ふぅ。
これでよし。
(うむ、一件落着だな、マスター!!)
うむうむ。
ほぼ全裸の、『邪神の小姓』の行動原理なんて一個しかないに決まってるからな。
ここにいた理由も、どうせ邪神を追いかけてきたからだろうと思ったんだよな。
やっぱり、邪神と緑竜が飛んでった方向指差したら、すぐに追いかけてったね。
っていうか、あのほぼ全裸、なんか完全に『天秤』じゃなくなってる気がするんだけど。
(おそらく、あのほぼ全裸が自力で『均衡律』の支配から脱したのであろう、それ以外には考えられん)
ちょっとよくわからないんだけど、そんなことってできるの?
(できるとは思えんのだが、あるいは神性を消費して『奇跡』を起こしたのかもしれんな)
うーむ、そういうパターンもあるのか。
いや、でも、それって自由意思がないとできないよね。
結局、『均衡律』の天秤制御機能に縛られてたら、『奇跡』を起こすのも無理じゃない?
(………あとは、邪神様への愛、とか?)
あぁ、愛の戦士かぁ……。
クッソ厄介なやつじゃん。
普通にありえそうで困る。
(それにしてもマスター、なぜ急にあの『道断の反英雄』に襲われることになったのだ?)
(たしか、「なぜだ?」とか言って襲いかかってきておったが、いったい何を指して「なぜだ?」と言っておったのか)
(マスター、なにか心当たりはあるのか?)
げぇっ、その質問!!?
しっ、しし、ししし知らないよ?
こっ、心当たり?
心当たらないよ?
ナニも、おれじゃない、おれはやってないんです?
三次のロリはノータッチなんです?
何も心当たってないよ?
(あっ、コレだいぶ心当たってる)
おれじゃない、おれはやってないんです。
ハメられたんだ。
おれは触ってない、触られたんです。
ノータッチなんです。
見た目は幼女、中身は邪神なんです。
不可抗力だったんです。
マジ邪神なんです。
(マスター、大丈夫、我はどんなことがあろうともマスターの味方だぞ)
(だから教えて?)
(今コレどんな状況?)
(空から落ちてたとこから、ずっと何一つ意味がわからないのだぞ?)
邪剣……。
わかったよ。
全部、ぜんぶ話します。
おれは本当に無実なんです。
信じてください。
おれは悪くない。
ぜんぶ残念のせい。
この後、いっぱい説明した。
(邪神コロス)
あの後、いっぱい説明したら邪剣しーちゃんが闇堕ちした。
邪神幼女がおれにキッスしてきたせい。
不可抗力だったんです、おれは無実だよ。
とりあえず今は、大城壁にやってきた。
(邪神コロス)
実はあの邪神に空から落とされた地点は、割と大城壁の近くだったのだ。
邪剣に色々と説明、弁解、言い逃れを繰り返しながら、軽く走ってここまで来た。
31日目の目標を達成した今、特に急ぐ必要はなかったんだけど、どうも走って移動するのが癖になっている。
(邪神コロス)
荒ぶる愛剣をスルーしつつ、大城壁によりかかって腰掛けた。
座った瞬間、ドッと疲れが押し寄せる。
もちろん肉体的な疲労じゃない。
長い、一日だった。
精神的に限界だった。
(マスター)
いつの間にか、邪剣が正常な状態に復帰している。
(おつかれさま)
邪剣の肉が、あたたかく身体を侵食してきた。
あぁ。
そうだな、つかれたよ。
今日は疲れた。
長い一日を脳裏に浮かべる。
しばし瞑目する。
左拳を、地面に叩きつけた。
強く、歯を噛み締める。
倒せなかった。
守れなかった。
おれは無力で、浅はかで愚かだった。
だから、自分が許せなかった。
『奴』を倒すには、あまりに力が足りなかった。
命を守るには、あまりにも知恵が足りていなかった。
おれなんかに上手くできるはずがない、そんな予防線を張って。
ほらやっぱり上手くいくはずがなかった、そんな諦めでごまかそうとした。
後悔を、苦悩を、敗北の味を噛み締める。
噛んで、噛み砕いて飲み込んで、全てを己の糧とする。
そのために、思考の底へと自ら沈んでいった。
長時間没頭し、夜の闇は、ずいぶんと色濃くなった。
そんな折に聞いた。
「へぇ、本当にいた、『黒い不審人物』だぁ」
暗い闇の中で、その少年のような声は、妙に陽気に響く。
(マスター、すまぬ、気付かなかった)
うん、おれもちょっと前に気付いたばかりだ。
(囲まれてる?)
たぶん、五人くらいだろう。
気配をうまく隠している。
全員が手練れだ。
あぁ。
今は、来客を歓迎できるような気分じゃ、なかったのにな。
長い長い31日目は、まだ、終わらない。




