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運命の断片 アナザーワン1-4

前回の続きです。

そして、次回もこのエピソードの続きになります。


僕っ娘サイド、一周目の四話。






 僕一人、水場で念入りに身体を拭ってから、『傭兵のおやっさん』の大天幕に向かった。


 統暦2812年、木霊の月、5日。


 異世界の218日目の夜に、生死二つの月が浮いている。



 小規模ながらも傭兵団。

 僕が所属している『水方援兵団』の団長である『傭兵のおやっさん』専用の天幕は、会議場も兼ねている。

 あの若くて威勢の良い傭兵から散々二人で来るように言われたのに、『古き森の姫巫女』は、やっぱり今日もいっしょに来てくれなかった。

 僕らの天幕でそのままぐっすり眠っている。

 そのおかげで、おやっさんの大天幕に入った僕は、いつものように威勢の良い傭兵に怒られた。


「まぁ、とりあえず掛けてくれ」


 大天幕の中、僕と若い傭兵とのいつものやりとりが終わると、『傭兵のおやっさん』もいつもどおりの台詞を言った。

 僕は手近なところにある、背もたれの無い腰掛けに座った。

 吊るされたランプの灯りの下では、随分古ぼけて見える。

 灯火に浮かび上がる人影は三つ。

 僕と若い傭兵とおやっさんの、三人分だけ。


「今日もご苦労さん、晩飯は済ませたか?」


 おやっさんは、地図やなんやかやで雑然とした机の端に、食べ途中だった食器を置いた。

 中身は、豆シチューとすいとんとお粥をごちゃ混ぜにしたようなもの。

 傭兵飯、見た目はちょっと良くないけど、味は決して悪くない。

 ご飯のおいしさは、傭兵団を保つために欠かせない要素なんだそうだ。

 おやっさんに言わせると、「いつどこで何と戦おうが、傭兵稼業の中身にそうそう違いは無い、その中でただ一点、所属する傭兵団によってメシの旨さが違うとなると、それは大きな違いだ」とのことだった。


「いや、まだ食べていない」


 僕の返答は、『若き木狩りの戦士』の口調に変換されて口から出てくる。

 ちょっと口数が少なくて、無愛想な返事に聞こえるんじゃないかといつもハラハラしてしまう。


「うん、それじゃあ、そこに持ってきてあるから、食いながら聞いてくれてもいいし、あとで持っていってくれてもいい。すまんが、今日は少し長話させてくれ」


 おやっさんはそう言いながら、天幕の端の簡易な机を指した。

 用意されていたご飯は、僕と『古き森の姫巫女』の、やっぱり二人分。


「すまない」


 僕としては「いつも本当に申し訳ないです」くらいの感覚で言いながら、腰掛けに深く座り直し、このまま聞くつもりであることを示す。


「うん、まぁ気にするな」


「おやっさん!!」


「あぁいや、もちろん君の相方にも来てもらって直接話すのが一番良いんだが、うん、他の団員の手前もあるから、注意はさせてもらうけどな」


 温厚でちょっと緩い雰囲気のおやっさんは、たまにこうしてこの若い傭兵に非難されてしまうことがある。

 主に僕と姫巫女のせいだから、本当に申し訳ない。


「まぁな、本当に珍しくもないんだよ、君の相方みたいに勝手気ままな傭兵っていうのはな。君の言うことはしっかり聞いてくれるみたいだし、充分マシなほうだと思っているくらいだ」


「すまない」


 やっぱり「本当に申し訳ないです」くらいの感覚で、僕は言った。


「さて、それでまぁ、その君の相方のことなんだが、あー、また、あの話を聞いてくれるか?」


 あの話、ってことは。

 うん、あの話か。

 僕は黙ってうなずいた。


「悪いね、この話ももうこれで何度目だったか………」


「まぁともかく、やはり先生は、君の相方、『木霊操作』の使い手を手駒に欲しがっている」


 先生、とは、マルクレイタの独裁官である『兵法先生』のこと。

 そして僕らは、『古き森の姫巫女』の能力を、『支配能力』ではなく、それより格下の『操作能力』であるというふうに偽っている。

 このおやっさんが、そうするべきだと教えてくれた。

 六元の『支配能力』を行使する『支配者』という存在は、神話や伝承の中でしか見られないほど稀有なものなんだとか。


「先生はかなり破格の条件を用意していると言っていた。具体的には、あー、まぁ、すごい金額らしい。もちろん、今回も君と二人揃って迎えたいと言ってくれている。しかしまぁ、また断っておいた。それで良かっただろ?」


「すまない」


 そう、これは何度も繰り返された話題。

 僕はこの勧誘を断り続けている。

 あの一人だけは、誰にも渡さない。


「いや、まぁ、先生だって既にどうあっても断られることくらいわかっているさ。今日で俺たちが参陣してから19日目だからな、この話はもう俺と先生との間では挨拶みたいなもんだ」


「まぁ、つまりだね、言っているとおり、それほど貴重なんだよ、『操作能力』ってのは」


「六年、いや、もう七年前か、『魔導消失』で魔法が無くなってからは、能力者の多寡が軍隊の優劣を決める大きな要素の一つになっているからな」


 この『魔導消失』についての話は、おやっさんに度々教わっている。

 七年前の『魔導消失』から、それ以前の魔法を中心とした軍事行動の常識が通用しなくなり、『魔法無き戦争』と呼ばれるようになったんだとか。

 きっと地球で例えるなら、銃や大砲が主力になっていたような時代から、弓矢と槍の時代に突然逆戻りしてしまったようなものなんだと思う。

 攻撃手段だけではなく、土魔法によって陣地を作っていたり、木魔法によって食料を確保していたというから、常識が一変したというのは大げさでもなんでもなくて、それが原因で軍隊が機能しなくなった国もかなりあったそうだ。


「だからまぁ、先生が君らを勧誘し続ける理由、この『挨拶』には、狙いが二つある」


 おやっさんが話を続ける。

 木霊領域の大樹海出身の『若き木狩りの戦士』は、この世界の常識に疎い。

 そんな僕にもわかりやすいように、おやっさんはいつも時間をかけて色々なことを教えてくれる。


「都市国家マルクレイタは『操作能力者』を具体的にどんな待遇で迎える準備があるのか、って宣伝が一つ目の狙いだな」


「今じゃあ『操作能力者』たちは自分の価値を理解してるからな、できる限り高く自分を売り込むために、どんな組織がどんな報酬で能力者を雇ったのか、その情報を常に求めている。マルクレイタが破格の待遇で能力者を迎えているという情報が広まれば、仕官しに来る『操作能力者』も出てくるだろう」


「あとは、君たちが俺の傭兵団から所属を変えるつもりは無い、って様子を他の傭兵団に見せるため、これが二つ目の狙いだろうな」


「君ら、だいぶ噂になってるからな。傭兵団同士の余計ないざこざを未然に防ぐための先生なりの配慮だよ。都市国家が示した破格の待遇を蹴ってりゃ、まぁそこらの傭兵団じゃ手は出せないわな」


 おやっさんはそこで言葉を切り、そしてふと付け足した。


「あとは、まぁ、もう一つあったな。そういう配慮も君らに見せることで、あの先生は君らの気を引こうとしてる、つまり結局、完全に諦めたわけでもないのさ」


「だから俺からも一応また勧めておくが、『兵法先生』の下で学べることは多いぞ。俺のこの小さな『水方援兵団』にいるよりは、よっぽどな」


 僕はおやっさんの提案に対して、『若き木狩りの戦士』の首を、横に振る。


「すまないが、まだまだ世話になるつもりだ」


 おやっさんも、かつて『兵法先生』に師事した傭兵たちの中の一人なんだそうだ。

 でも、例えそうじゃなくたって、『傭兵のおやっさん』から学べることはものすごく多いんじゃないかと、僕は思っている。

 それに、この人は信頼に足る人物であると、既に知っている。


「そうか、まぁ、それならそれでいいさ、この話題は今日もこれで切り上げよう」


 そこまで言うと、おやっさんはごちゃごちゃとした机の上のどこかからタバコを一本取り出して、立ち上がった。

 吊るされたランプをいじくって、タバコに火を点けようとしたのだろうと思う。


「オイ、おやっさん、今日は何本目だ?」


 そこで若い傭兵の「待った」がかかった。


「……………。」


 おやっさんは、ゆっくりと冷静に、しかし確実にしょんぼりとした様子で座り直した。

 タバコには火を点けていない。


「わかってんだろうけど、今のご時世なんでもかんでも値が張ってんだからな。特にその細巻、酒神がくたばってロクな酒が無くなっちまったから、代わりに売れるっつってガンガン値上げされてんだぞ。おやっさん、今の相場わかってんのか? なんならおやっさんが自分で買い付け担当して百戦錬磨の商売人どもの相手するか?」


「わかった、悪かった、金の話はやめてくれ」


「ったく、これだからうちの大将はよぉ、戦に関しちゃあんだけ頭が切れんのに、なんで金勘定だきゃ苦手なんだかなぁ」


「………ちなみに、最近のうちの懐事情はどんなだ? ちゃんと給金払えてるよな? まだまだ大丈夫だよな?」


「そこの稼ぎ頭と、いっつもここに顔出さねぇもう一人の稼ぎ頭に感謝するんだな。おやっさん、『兵法先生』との契約内容ちゃんと目ぇ通してねぇのかよ? こいつらがいくら稼いでんだかわかってねぇのか?」


「あー、まぁ心配するな、把握してるぞ。…………かなり稼いでるよな?」


「あ〜あぁ、ったく、いつもどおりオレに契約任せてくれりゃあ良かったのによぉ。なーにが『先生だから大丈夫だ、今回は任せとけ』だよ? こいつら報酬にゃ無頓着だけどよ、今はうちの最大戦力なんだから強気で売り出してやんねぇとダメなんだよ」


「いや、まぁ、その、俺も先生に成長したところを見せてやろうと思ってだな……」


「おやっさん、内訳ちゃんと見たかよ、気付いてねぇだろ? おやっさん個人に対する契約金だけは日当混銅貨一枚とするって書いてあったぞ?」


「………………ちくしょう、あのクソハゲじじい……」


 おやっさんは頭を抱えて、わかりやすくしょんぼりとうなだれている。


「オイおやっさん、もうさっさと話進めてやれよ、そこの稼ぎ頭の新人はまだメシ食ってねぇっつってただろ?」


 この若くて威勢の良い傭兵は、意外なほどお金に細かい。

 僕らが入団するとき、食事と安全な寝床と情報さえ貰えれば報酬はあまり必要無い、って言ったら、すごく怒られた。

 良い人だとは思うんだけど、すぐ怒ったりするのがやっぱり苦手だ。


「あぁ、すまんすまん、そうだった。それで明日からのことなんだが、君と君の相方の二人には、しばらく待機組に回ってもらう予定だ」


 待機組か、そういえばさっき宿営地に帰ってきたとき、明日は洗濯当番だって言われたっけ。


「わかった」


「先生は、そろそろ敵方に動きがあってもおかしくないと読んでいる。君らを手駒にできないから、代わりにここの陣地防衛に回してほしいんだと。ちなみに、俺も同じ読みだ」


「数日おきに雑兵ばかりが力押しで寄せてくるだけ。未だに敵の指揮官像が見えてこない。造営中の砦を攻める意志はあるのに、だ」


「ここの防衛拠点を完成させてはいけないことを知っているのに、本気で落とすつもりがあるような攻め方にはとても思えない。それが不気味だ」


「だからな、先生の読みは、陸路だ。敵陣正面、海からの力押しに慣れさせておいて、別働隊が陸路で迂回して奇襲を仕掛けてくる。ここの砦も海岸方面の完成を優先しているからな、脇はまだまだ手薄だ。魚人族であるからこそ、沿岸の地の利を捨てた陸路の進軍が、理外の奇襲となる」


 だったら、たぶん本当にただ洗濯してればいいってわけじゃないんだよね。

 宿営地で待機、つまり与えられた役割は。


「その奇襲に備えるのが明日からの役割か」


「まぁ、そういうことだ。明日からはうちの『若守銭奴』に付いて、留守番の仕事を教わってくれ」


「オイおやっさん!! ダセェ二つ名で呼ぶなっつってんだろ!! 定着しちまうじゃねぇか! オイ、オメェは変な呼び方すんじゃねぇぞ、腕前じゃあ敵わねぇが、傭兵稼業はオレの方がセンパイなんだからな」


「あぁ、よろしく頼む、センパイ」


「へっ! しょ〜うがねぇなぁオイ!! そうまで言われちゃしょうがねぇからよろしくされてやるぜ!」


 なんだろう、このセンパイ、なんだかすごい嬉しそうになってる。

 よくわかんない性格、やっぱり苦手だなぁ。


「あとは、まぁ、各地の情勢についていくつか情報があるんだが、大丈夫か、腹は減ってないのか?」


「聞かせてくれ」


「うん、じゃあまずは、敵軍の指揮官についてだ。水精領域南端の都市国家、コランタンから情報が入った」


「『大海女帝』に仕える敵の将軍、『四海波頭』といって、主立った将が四人いるそうだ。コランタンにはその内の二将が攻め寄せてきているらしい」


「向こうに来ている将は、『流麗』と『渦潮』と名乗ったそうだ。なんでも、その『流麗』とやらが妙に古臭い律儀な将軍らしくてな、こういった情報を正々堂々と間抜けに名乗り上げてくれたらしいぞ。ただ、頭は間抜けでも槍の腕のほうは超一流で、おそらく『武技の神授』を受けているだろう、って話だ」


「それとな、コランタンは、ついにクシュルパーニャの派兵を受け入れたらしいぞ。まぁすぐ隣の国だから当たり前といえばそうなんだが、むしろよく今まであの大国の派兵を突っぱねていられたよ」


「ともかくこれで、コランタンもクシュルパーニャの勢力圏に取り込まれたわけだ。たとえ魚人軍を退けたとしても、一度受け入れてしまったあの大国の軍隊は、そう簡単には追い出せない。いったいどんな要求を突きつけられるんだかな」


「水精領域都市国家同盟も、これで完全にその機能を失ったな」


 なにやら感慨深そうに、おやっさんはそう言った。

 でも、話に聞いていた限りでは、もう一つ主要な都市が残っていたはずだ。


「いや、おやっさん、まだフパルテスがあんだろ? あの英雄都市が残ってりゃ、まだ都市国家同盟は……」


「陥落したよ、あの都市国家も」


「ウソだろ!!? それほど強ぇのかよ、魚人軍は!!」


「英雄都市フパルテスは、壊滅した。ただし、やったのは魚人軍じゃない」


「ってこたぁ、クシュルパーニャか!?」


「いや、クシュルパーニャでもない。まぁ、あの国も本当に抜け目ないからな、壊滅したあとのフパルテスには、既に救民部隊と称した占領軍を差し向けたらしい」


「……じゃあ、何が原因だっつーんだよ?」


「原因不明だ。フパルテスの豪傑部隊も、あの都市を包囲していた魚人軍も、区別無く一様に壊滅していたらしい」


「不明ではあるが、可能性としては二つ上がる」


「一つは、『バローグの災厄』だ。どうも、ここ最近は生属の土地に出没してしまっているらしいからな。ただ、あれの場合は、大量の火因が燃え尽くした痕跡が残ると昔から言われている。フパルテスの惨状は火因によるものではないそうだから、まぁ、災厄の可能性は低いのかもしれん。だが、災厄については判明していることが少な過ぎるから、有り得ない話でもないだろう」


「もう一つの可能性は、天変地異だ」


 天変地異。

 それを聞いた僕は、自分の心の奥で暗い炎が燃え上がるのを感じた。


「突如消滅した都市、バルゴンディアの王都と同じ原因、なのかもしれん」


「人々の噂話のとおりに、君の推測のとおりに、主神が起こした天変地異であるのかもしれない」


「もっとも、何一つ痕跡を残さず消え失せてしまったバルゴンディアの古城都市スーサリディアとは違って、英雄都市フパルテスには破壊し尽くされた痕跡がしっかりと残っているようだから、原因は全く別物であるのかもしれん」


「だがまぁ、『水際戦役』のそもそもの始まりは、盟主都市アラーネイの消滅であったわけだからな。何者か、いずれの神かが、都市を滅ぼすなんらかの力を振るっている、その可能性は高いのかもしれんな」


 またか。

 またしても主神が。

 コランタン、フパルテス、マルクレイタ、水精領域に残された三つの主要都市による共同反攻計画、その芽は潰されてしまった。

 このままでは、生属の土地の中でクシュルパーニャに対抗できる勢力は無くなってしまう。

 あの主神を崇める大国が、この世界を牛耳ってしまう。


「それにしても、『水際戦役』と呼べる段階は既に過ぎてしまったか。水精領域都市国家同盟の主要都市は、もはや南端のコランタンと、この北端のマルクレイタしか残されていない。それに、戦役という単位で一括りにできるような規模をとっくに超えていたな」


「水方戦争、いや、クシュルパーニャの侵攻や元バルゴンディア領の継承戦も含めて、『生属界戦争』とでも呼ぶべきなのかもしれんな」


「まぁ、今は他所のことばかりも考えていられない、ここの戦場に話を戻すか」


 おやっさんはそう言って、自然な動作で火の点いていないタバコを口元まで持っていく。

 そして吸おうとした寸前で思い出して、しゅんとした。

 腕を下げたが、そのまま未練がましく指先でタバコをいじくっている。

 あと一本くらい吸わせてあげればいいのに、と思ったが、机の上に吸い殻満載の灰皿を二つも見つけて僕は同情するのをやめた。


「砦の完成は遅れている」


 おやっさんはタバコをいじりながら話し始めた。


「『魔法無き戦争』では、拠点造営がかなり重要度の高い大仕事になった。魔法による破壊力が無くなったわけだから、砦の耐久力は決して無視できない要因になったわけだ」


「その代わりに、魔法による陣地作成が不可能となったから、砦の完成を急ぐためには、戦闘兵も普請に駆り出さねばならない有様だ。だがまぁ、誰も彼も土木作業なんて慣れていないわけだし、以前は土魔法を使う土法工兵の仕事だったから、それを戦闘兵にやらせればどうしたって士気は落ちる」


「非戦闘員の作業者たちも、ここが最前線で既に戦闘が始まっているとなれば、やはり尻込みもする」


「だから、俺たち傭兵にお鉢が回ってくる。砦が完成するまでの間、そしてさらに完成したあとも、しばらくは正規軍の疲労回復のために、拠点も兵隊も全部傭兵たちでしっかり守り切ってやる必要がある、というわけだ」


「それにしても、まぁ、さすがは『兵法先生』といったところだよ。あの人は、『魔導消失』よりも前に傭兵を引退したんだがなぁ」


「つまり、あの先生は『魔法無き戦争』を知らない。そのはずなのに、拠点造営がどれほど重要で難解になったかをちゃんと理解してる。ここまでは本当に見事な手腕を発揮しているよ」


 おやっさんは、いじくり続けていたタバコを机の地図の上に放り投げて、ふーっと息をついた。


「あとは、まぁ、懸念も無いことはないが、こんなものかな」


「礼を言う、勉強になった」


 僕の、『若き木狩りの戦士』の言葉は、やっぱり短い。


「いや、礼を言いたいのはこちらのほうさ、イルイール王国での戦のときから、君ら二人には頼りっぱなしだ」


「だから、俺にできることがあれば、何でも相談してほしい。君らの使命は理解しているつもりだ」


「食事が美味い、ひとまずはそれで充分だ」


『若き木狩りの戦士』は、そう応える。

 今の僕には、そんなふうにしか言えない。


「あぁ、まぁ、好きなだけ食ってくれ」


 おやっさんは笑いながら立ち上がって、僕と『古き森の姫巫女』の二人分のご飯が載ったお盆を持ってきてくれた。

 僕も立ち上がり、左腕一本でそれを受け取る。

 若い傭兵が、大天幕の出入口を広げてくれた。


「もったいねぇから転んでこぼすんじゃねぇぞ」


「あぁ」


 僕は短く応え、ランプの灯りの中から、夜の闇へと出て行った。

 篝火がパチパチと弾けている。

 どこからか、傭兵たちの粗野で大きな笑い声が聞こえてくる。

 僕は姫巫女が眠る僕らの天幕へと急ぐ。

 早く帰ろう。

 そうしないと、やっぱり頭の中に浮かんできてしまうから。

 思いたくもないのに、そう思ってしまうから。



 こんなところで、僕はいったい何をやっているんだろう。



 また、巻き込んでいる。


 おやっさんには、僕らの事情は既に打ち明けてしまっていた。


 それなのに、僕はこの先のことを決めきれずにいた。


 巻き込んでしまった木狩りの一族は滅んだ。


 古き森の民も滅ぼされた。


 イルイール王国の人たちも、バルゴンディアの王子も、みんな死んでしまった。


 だからきっと、このままここにいれば、この傭兵団も……。


 一人でいると必ずこんなふうに考える。


 本当はもう、とっくに心が折れている。


 だからもう、一人ではいられない。



 こんな世界で、こんな僕に、いったい何ができるというのだろう………。

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